やってみよう

藤森先生の言葉に「大人が挑戦して、失敗する姿を子どもに見せることも大切」というものがあります。
そして、VUCAという予測不能な社会へ対応するための学習として、AAR(見通し、行動、ふりかえり)という方法が効果的であるということが言われます。

そんなこともあって、1月の誕生会ではまたも「科学実験」を行いました。
今回は、1円玉実験をやってみました。
コップの中に水をいれ、その中に1円玉を浮かばせます。1円玉が水の上に浮いているだけでもうなんだか不思議なのですが、そこに洗剤を一滴たらすと、浮いていた1円玉が「すん!ひらひら〜」と水の底へ沈んでいきます。
理屈的には表面張力とか、界面活性剤とかあるみたいなのですが、それはいいとして、今回のそんな実験をやってみようとなりました。
でも、それだけでは、おもしろくないな〜となり、話していく中で、
大きな水槽の中に水を入れて、そこに大量の1円玉を浮かして、洗剤をたらすとどうなるんだろうとなりました。
これはやってみたらおもしろいのではないかと思い、実際に、大人であらかじめ実験せずに、そのワクワク、好奇心みたいなものも子どもたちと一緒に共有したいなと思い、実際に誕生会当日に、子どもたちに提案して、ぶっつけてやってみることにしました。

すると、とっても驚いたのですが、一滴洗剤をたらすと、多くの一円玉が順に動きだし、水槽の端の方に動き出しました、そして、端にたどり着くと次々に水の底に沈みはじめたのです!このような現象になるとは思ってもいなかったので、大人も子どもも驚きました。
一つの楽しい実験が生まれた瞬間でした。
何が起こるかわかりませんが、こうやったらどうなるだろうということを実際にやってみる、行動してみる、そして、失敗したらまた修正して次に活かす。そのためにはまずやってみないことにははじまりませんね。実際にやってみたことで生まれた現象は、私の中でSTEM保育での方向性もはっきり見えたような気がして、とても嬉しくなりました。

その後、この実験を年長さんと「まなびのじかん」でやることになるのですが、子どもたちが自分たちでいろいろ試行錯誤している姿が見られました。1時間半もこの実験をやっている姿にも驚かされました。

本当に、やってみないとわかりませんね。「身体で脳をコントロールする」なんてことが言われます。やる気や意欲が起きるのを待っていても起こらないそうです。実際に動いていくことで、少しずつそのような意識が高まってくるそうです。なんだか、この感覚ってわかりますね。まさに身体で脳をコントロールするですね。それが人間の本質にあっているからこそ、AARという学びが効果的であるということも納得ですね。

報告者 森口達也

学びの時間〜ペットボトルとひかり〜

先日行った学びの日の実験の内容を紹介したいと思います。
この日は別の実験をする予定で準備をしていました。しかし、朝、階段を登っていると
ちょうどいい太陽の光が差し込んでいることに気がつきました。
これで何かできるかもしれないと思って、ペットボトルを太陽光にかざすと
光がペットボトルにあたり屈折し、輪っかのような形が壁にうつりました(
うまく表現できなくて申し訳ありません)。
その現象がなんだかおもしろく、「よし今日の実験はこれにしよう」ということにして、
子どもたちと実験をはじめることにしました。


実験をはじめる前、どれくらい子どもたちが楽しんでくれるかなと少し不安があったのですが、結果的に50分近くこの実験を楽しみました。
ここまで盛り上がると思っておらず、改めて子どもたちの凄さに驚かされたのと、
指導計画ってなんなのだろうと考えさせられました。
こんな子どもたちの姿なんて計画できないというか。
やはりやってみないと何もわかりませんね。藤森先生も指導計画ではなく、援助計画であるべきというお話をされますね。

OECDが出したエデュケーション2030の中で、変革を起こす資質・能力を獲得するためにはAAR(見通し、行動、振り返り)という連続した学習過程を通して身につけていくことが重要であると示されました。ある程度見通しを持ったら、まずやってみる、そして、そこで間違えがあればその都度修正していくということをまさに子どもたちはいつもやっているということをこの実験の姿からも感じました。
そして、そんな子どもたちの姿を育むためにも大人の見守る姿勢が大切で、その姿勢が子どもの主体性を守っていくのだと感じました。
改めて見守るというのは教育の本質的な態度であると感じます。ただ、見ているだけなんてそんなことは全くありません!!しれば知るほど、その奥深さに驚きます。

子どもたちの姿に戻っていきます。
ある子から「水を入れてみたい」という提案がありました。実験では大人も一緒に楽しむことを大切にしています。私がみんなに教えている立場ではないということを意識しています。なので、子どもたちからの提案は基本、どんどん「よしやってみよう!」というようにしていますし、一緒になって驚き、感動したいなと思っています。また、なんとなく結果がわかっている時でも「やってみよう!」なんて言うのですが、おもしろいことに、自分が想像していない展開になることも多く、大人の考えていることなんて本当に大したことないというか、枠からはみ出せないなと思ってしまいます。

またある子は「石鹸を入れたらどうなるかな?」と言って、ペットボトルに水と石鹸を入れて光に当てていました。一瞬「え?石鹸か〜」なんて思ったのですが、水よりも屈折が弱くなるのでしょうか、また違った反射が見られ、不思議がっていました。やはり大人(私)の思っていることなんて大したことなかったです笑。

画用紙は私が用意したのですが、その上でコロコロ転がしてずっと変化を楽しんでいる子もいましたし、絵本ゾーンに水の入ったペットボトルを持っていき、それを通して絵本をみると文字が大きくなることを見つけた子もいました。


そこからはまたおもしろくて、いろいろなものを見てはその不思議さに驚いていました。水の入ったペットボトル立てて、後ろから鉛筆をみると鉛筆が曲がっていることを発見したり。
こんな感じて、どんどん子どもの発想が広がりあっという間に時間がたっていました。この学びの時間は、ある程度時間が長くあるので、子どもたっぷり実験をすることができるのがいいなと思っています。飽きるまでできます笑。

 

そして、子どもによってこういう体験が好きなこと、そうでない子がいるということも感じます。藤森先生がいつも言われますが、まさに教育というのはそれぞれが持っているものを引き出す、伸ばすものだなと感じます。
その可能性を様々な体験を用意していくことで引き出していくことが私たちの役割でもあるなと改めて感じました。

そのほかの実験もまた紹介していけたらと思っております。

報告者 森口達也

学びの日

新宿せいが子ども園では毎週火曜日が「お手伝い保育」の日になっています。
ちっち組(0歳児)、ぐんぐん組(1歳児)、にこにこ組(2歳児)、すくすく(一時保育)、職員室にそれぞれ年長さんたちが分かれて各クラスで日中を過ごすという日になります。

そんなお手伝い保育の日の配属クラス(クラスというのも変ですが)に、今年度から「学びグループ」というのが追加され、私がその担当をさせてもらっています。

この学びグループは何をするかというと、まずは科学実験を行います。そして、その後に、全国の年長さんとオンラインで交流をします。
科学についても園での取り組みをさらに充実させたいと思っているので、とてもいいきっかけになっていますし、子どもの発想から思っても見なかった方向に実験が進むこともあってとてもおもしろいです。

オンラインでの交流はzoomを使って行われます。近くにいる人と交流するには会いにいくということが一番だと思いますし、私たちもzoomが使いたいからこのような交流をしているわけではありません。「zoomを使うことで、普段会えない人と繋がることができるよね」という園長先生のアイデアもあり、この取り組みが生まれました。
そして、この交流で大切にしているのが、子ども同士の交流です。大人と子どもではなく、子どもと子ども。これは藤森メソッドでも大切にしている考え方の一つですね。

これまで長崎、熊本、大阪のみなさんと複数回に渡って交流してきました。来週は宮崎の園さんとの交流が予定されています。そして、再来週はシンガポール笑。

少しお手伝いという目的からは離れるのですが、いい意味でも設定保育にもなっているのかなと思います。実験での子どもの様子、オンラインでの子どもたちの交流の様子で興味深い姿がいくつかあったので、少しずつこれから紹介していきたいと思います。

まずは、プロローグでした!笑

森口達也

 

乳児からの科学

ぐんぐん組(1歳児クラス)の子たちとの生活が始まりました。

西日の入る時間に

床はこんな感じです

透けて見える世界はどんなでしょう

2015年2月10日『乳児からの科学』の中でこう書かれています。

子ども向け絵本やおもちゃにも、想定される子どもの年齢が書かれてあることがあります。外国のおもちゃにも書かれてあることが多いのですが、その多くは、「3~99years」と広い幅で書かれてあります。しかし、絵本には書かれてあることはありません。それは、それぞれの年齢に、それぞれの楽しみ方があるからです。科学においても同じようなことが言えます。「Science Experiences for the Childhood Years」という本の中には、こんなことが書かれてあります。

 「2歳児でも、単純で感覚的な活動であれば、楽しんで行うことができます。うちわで扇いだり、風ぐるまを回したり、風の強い日には吹き流しをそよがすことで、空気が動いているのが感じられます。石の手触りや重さを感じたり、氷を触った後に溶けた水にも触らせてみましょう。金魚をよく見て同じように動いてみたり、畑でなっている果物や野菜をとって食べてみてもよいでしょう。大きな音や静かな音を聴いたり、色つきセロファンを通して、周りを全く違う色で眺めることもできます。」

 確かに、2歳児でもそのように科学の体験ができるでしょうね。そう考えると、もしかしたら、0歳児でもできるかもしれません。それは、特に認知的なものを学習するということではなく、不思議さを感じることが科学であるとしたら、他の年齢よりも乳児の方がより感じるのかもしれません。最近の研究で、乳児から量や長さ、数の概念ができるということがありますが、私は、赤ちゃんでも物事の道理がわかっている気がします。

ちっち組(0歳児クラス)の時のことを思い出します。

楽しい時間を子どもたちと、先生方と共有していきたいと思います。

(報告 加藤)

『共同ではなく協働』2

 

第二弾

第二弾

箱の中に

箱の中に

プレゼントを入れて

プレゼントを入れて

ペアでチャレンジ。

ヒントに、足し算、引き算、掛け算、割り算などを用いて、0が答えになる計算問題の書かれた用紙を手渡しました。

道具は何を使ってもOK

道具は何を使ってもOK

全ペア一巡して、

電卓を使うことに辿り着きました

電卓を使うことに辿り着きました

それぞれに知恵を出し合いながら、少しずつ開錠へ近付いています。

ブログ『臥竜塾』2015年5月25日『共同ではなく協働』の中でこう書かれています。

「協働」という言葉は、比較的新しい言葉のようです。協働の概念を最初に発案したのは、アメリカのインディアナ大学の政治学教授ヴィンセント・オストロムだといわれています。彼の著作の中で、「Coproduction」という造語が用いられています。「共同の、共通の…」という意味の「Co」に、「Production(生産、産出、成果)」を結びつけて作り出されました。1977年のことでした。これを訳すときに、「協働」と訳したのです。この「協働」は古くから日本社会において使われてきた概念ではありませんが、おおむね、次のような定義がされています。

まず、「目標の共有化」が必要です。そして、その目標に向かって、協働する各主体はお互いに自主・自律性を確保し、他の主体から支配されないことが必要になります。また、目標が効率・効果的に達成されるために、各主体は能力や資源を互いに補完し、相乗効果をはかる必要があります。ですから、関わる主体は成果に対してもそれ相応の責任をとらなければなりません。このようにそれぞれが主体であり、その能力や資源を補完し合うためには、考え方や取り組み方が異なっても、その異なる点をお互いが尊重していくことが大切です。そうすれば、共有目標の達成も効率的・効果的となるのです。

そこで、協働とは、「様々な主体が、主体的、自発的に、共通の活動領域において、相互の立場や特性を認識・尊重しながら共通の目的を達成するために協力することを言う」と定義されてもいいかもしれません。

もう一巡しようか、ペアを変えようか、人数を3人に増やそうか、何かヒントを出そうか、子どもたちと話し合いながら進めています。

(報告者 加藤恭平)

『共同ではなく協働』

 

100円ショップで購入

100円ショップで購入

自転車の鍵です。

それを二人一組になって、開けてもらいます。

鍵開けチャレンジ

鍵開けチャレンジ

力付くで開けようとする子、近くにいた先生の電話番号や誕生日で開けようとする子、10分間のチャレンジタイムの中に様々な工夫が見られました。

ミソはここ

ミソはここ

3組目に取り組んだペアが番号の存在に気付きますが、その番号を

出っ張りに合わせることに中々辿り着けず

出っ張りに合わせることに中々辿り着けず

情報が下りて下りて、9組目で開錠。子どもたちから歓声が湧きました。

ブログ『臥竜塾』2015年5月25日『共同ではなく協働』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)

「きょうどう」するというと、漢字に書くときに迷うことがあります。それは、「協働」と書くべきか、「共同」と書くべきか、「協同」「共働」などどれを使うかを迷います。わたしたちはかなりいい加減に使うことが多いのですが、実は、どの漢字を使うかは、かなり深い意味があるようです。たとえば、「共同」と使う場合は、その字のごとく、「共に同じ目的」「共に同じ条件」など、「複数の人や団体が、同じ目的のために一緒に事を行ったり、同じ条件・資格でかかわったりすること。」に使います。「―で経営する」「―で利用する」「三社が―する事業」それは、「協同」に同じとあります。と言うことは、「共」か「協」の違いよりも、「同」か「働」の違いになるようです。

 と言うわけで、「協働」とは、「複数の主体が、何らかの目標を共有し、ともに力を合わせて活動することをいう」とあるように、「ともに活動する」ということが込められています。そして、このときの「ともに」には、深い意味があります。単純に「共同して」というように力を合わせるということだけでなく、目的意識を共有し共通の目標に向かって達成に力を尽くすことや、お互いが対等の立場でそれぞれの特性を活かすことが重要なようです。

可愛いと思うのは、得た情報を漏らさなければまた自分たちの順番が回ってくるのに、まだ取り組んでいないペアに全ての情報を伝えてしまうところです。

そんなズル賢さのような発想など到底湧くわけもないかのように、協働して得る楽しさや、友だちの成功を喜べる子どもたちの純粋な心を、改めて素敵だなと思います。

(報告者 加藤恭平)

Time of light episode 3『夕涼み会3』より

写真 部屋の隅にある光を発見。

部屋の隅にある光を発見。

 

この光どこからきているのでしょう。

この光どこからきているのでしょう。

 

あんなに遠くからきていました。

あんなに遠くからきていました。

その正体は、

「Sun catcher」

「Sun catcher」

しかもこれは、1歳児クラスの先生の手作りです。

ビーズを100円ショップで購入、お家にあったというその他の装飾と合わせても1つの金額はお店で購入する比ではないとのことで、それについても驚きました。

その名の通り、光を吸収し、複雑な反射を見せてくれます。

その名の通り、光を吸収し、複雑な反射を見せてくれます。

 

興味津々。

興味津々。

窓際にかかっていたその光が0歳児クラスのところまで届いていたのですね。

お借りして園庭へ。

お借りして園庭へ。

 

0歳児クラスの子も好反応。

0歳児クラスの子も好反応。

本当にきれいです。

13年目に入られました塾長藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2012年10月3日『夕涼み会3』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

「園でよく感じるのは、保育者は、いろいろな物をつくる能力とノウハウとセンスをたくさん持っていることです。個々場所の装飾など、センス良く、素敵につくることもできます。それなのに、どうしてか『保育室とは』、『子どもとは』ということにすりこみがあるようです。とても素敵なものが作れるのに、どうしても子どもだましのようなものが子どもにとって合っていると思い込んでいることがあります。」

現在の塾長の連載を読んでいると、脳のもつ働きから見る赤ちゃんの凄さ、子どもの素晴らしさに改めて気付かされる思いがしてきますね。

子どもだましでない、本物の美しさに大人も子どもも心が惹かれるのですね。

子どもだましでない、本物の美しさに大人も子どもも心が惹かれるのですね。

(報告者 加藤恭平)

Time of light episode 2『教育の意味』より

この日もやってきました「光の時間」。

早速貼ってみました。

早速貼ってみました。

 

興味を持ってくれた様子です。

興味を持ってくれた様子です。

 

更にもう一色。

更にもう一色。

 

足に当たる色を不思議そうに見てくれています。

足に当たる色を不思議そうに見てくれています。

 

最終的に4色に。

最終的に4色に。

 

「ほら、先生の手見てごらん。」

「ほら、先生の手見てごらん。」

 クラスの先生の促しに、興味深そうに反応する子どもたちです。

12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2017年5月13日『教育の意味』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

「彼(ダンバー氏)は、ニュートンの有名な言葉を引用しています。『教育があるからこそ、私たちは過去という名の巨人の肩にのれるのだ。知識、特に科学的な知識は過去からの積み上げにほかならない』とダンバーは言うのです。このような見解に対して、私たちはよく誤解をすることがあります。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込むことが重要ですが、それをより効果的なものにするために、また、その機能をより発揮することができるようになるために、段階が必要になります。突然、何かを教えるとか、覚えさせるとか、できるようにさせるということではなく、まず、知の世界を掘り下げ、探求しようとする態度を養わなければなりません。そのためには、知の世界の不思議さ、楽しさ、それを探求しようとする好奇心などが必要になってくるのです。」

大それたことをやっているつもりは毛頭ありません。特に乳児における科学というのはこういった初歩的なアプローチを切り口にしていいものなのだという安心感の中で、楽しく取り組めるとても面白いものですね。学生時代に苦手だった科学というものが、子どもたちの反応と共に、少しずつその言葉のもつ緊張味が解け、意味合いが柔らかいものへと変化していくような、そんな心境の変化を実感しています。

次はどんなことを仕掛けてみようか、ととても楽しみになります。

(報告者 加藤恭平)

Time of light episode 1

15時を少し過ぎた頃。

ちっち組(0歳児クラス)の部屋のある場所に、『光』がやってきます。

ちっち組(0歳児クラス)の部屋のある場所に、『光』がやってきます。

 

西陽が射し込むのですね。

西陽が射し込むのですね。

クラスの先生が『光の時間』と名付けてくれました。この光を利用して遊んでいます。

中に水の入ったペットボトルの小さな玩具。

中に水の入ったペットボトルの小さな玩具。

 

置いて、鏡を使って、

置いて、鏡を使って、

 

眩しい…♪

眩しい…♪

 

「よっこらしょっと、」

「よっこらしょっと、」

 

「この眩しいのは何だろう…?」

「この眩しいのは何だろう…?」

この子の心の声はこんな感じでしょうか。

わいらんすい(3・4・5歳児クラス)にあった玩具。

わいらんすい(3・4・5歳児クラス)にあった玩具。

中の液体がゆっくりと下に落ちていく玩具です。

興味深々の子どもたち。

興味深々の子どもたち。

 

短くない時間、じーっと見つめていました。

短くない時間、じーっと見つめていました。

 

こちらは通称「トンボの目」の玩具。

こちらは通称「トンボの目」の玩具。

 

光にかざすとこんな感じになります。

光にかざすとこんな感じになります。

少し離してみると

いい感じですね。

いい感じですね。

 

写真右上の子、その光の先端を触っています。

写真右上の子、その光の先端を触っています。

何とも可愛いですね。

12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2015年2月10日『乳児からの科学』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

「子ども向け絵本やおもちゃにも、想定される子どもの年齢が書かれてあることがあります。外国のおもちゃにも書かれてあることが多いのですが、その多くは、「3~99years」と広い幅で書かれてあります。しかし、絵本には書かれてあることはありません。それは、それぞれの年齢に、それぞれの楽しみ方があるからです。科学においても同じようなことが言えます。「Science Experiences for the Childhood Years」という本の中には、こんなことが書かれてあります。

「2歳児でも、単純で感覚的な活動であれば、楽しんで行うことができます。うちわで扇いだり、風ぐるまを回したり、風の強い日には吹き流しをそよがすことで、空気が動いているのが感じられます。石の手触りや重さを感じたり、氷を触った後に溶けた水にも触らせてみましょう。金魚をよく見て同じように動いてみたり、畑でなっている果物や野菜をとって食べてみてもよいでしょう。大きな音や静かな音を聴いたり、色つきセロファンを通して、周りを全く違う色で眺めることもできます。」

確かに、2歳児でもそのように科学の体験ができるでしょうね。そう考えると、もしかしたら、0歳児でもできるかもしれません。それは、特に認知的なものを学習するということではなく、不思議さを感じることが科学であるとしたら、他の年齢よりも乳児の方がより感じるのかもしれません。最近の研究で、乳児から量や長さ、数の概念ができるということがありますが、私は、赤ちゃんでも物事の道理がわかっている気がします。」

本当にそうだと思います。

さて面白いので、この光を利用して次は色のついたセロファンを試してみることにしました。

そして、こんな調子で、色々と試すことができるのもクラスの先生方の理解と協力があるからです。射し込むこの光は、クラスの先生方の放つ光が結晶となって生み出されているもののように思えてきました。

(報告者 加藤恭平)

日本科学未来館 その②

未来館報告のその2になります。
今回、とても印象に残ったのが「未来逆算思考」をテーマにした展示でした。
どういった展示だったのかというと、このように説明してありました。

写真 2017-03-12 13 16 43

「50年後に暮らす子孫たちに、どんな地球を贈ることができるのか、ゲーム形式でアクティブに体験する展示です。私たちが暮らす豊かな地球を次世代に受け継いでいくために、なにをしたらよいのでしょうか?さまざまな課題を乗り越えながら、自分が選んだ理想の地球をゴールまで届ける体験を通して、理想の地球を実現していくために必要な科学技術やライフスタイルを考えてみましょう。理想の未来を描き、そこから逆算することで、私たちが今からするべきことが見えてきます」

写真 2017-03-12 13 18 28

また、さらにこのような説明がありました。
『未来を思考する方法は2つあります。ひとつは、現在の延長線上に未来を描く思考。これを「積み上げ思考(フォアキャスティング)」と言います。もうひとつは、理想の未来を思い描き、そこから現在にさかのぼる思考法。これを「未来逆算思考(バックキャスティング)」と言います。未来の問題に向き合うには、2つの思考法をうまく使い分けることが大切です』とありました。

積み上げ思考には「現状を分析し、目の前の課題を解決してゆく、ただし、必ずしも理想の未来に向かうとは限らない」とありました。
また、未来逆算思考には「理想の未来から逆算し、今からすべき発想する。現在を未来をつなぐ道筋を描くことができる」とありました。

この未来逆算思考のことを知ると、塾長の話とつながるなと思えてきました。
最近、塾長は「自制心(我慢する力)」の大切さについて話をされます。また、成長展でも発表がありましたが、園の今年度の研究テーマも「自制心」でした。
塾長は最近の若者の事件からこの自制心の足りさなを感じておられます。欲求を我慢する力がないからこそ、目の前の欲求に負けてしまい事件を起こしてしまう人が多くなっているという現状があります。

しかし、いくら我慢する力が大切であるからといって、「だから子どもには我慢させることが大切だと」大人が子どもに我慢を強いてしまうのは違いますね。大人と子どもの関係では我慢する力はつかないと塾長は言われます。そのためには子ども集団の力が必要になってくると塾長は考えておられます。
そして、具体的に自制心を高めるために必要な力として、
・先を見通す力
・信頼できる大人がいること
・気をそらすこと
が大切であると言われています。と、詳しい話は塾長のお話をぜひ聞いてください!
そんな自制心をつけるために大切な「先を見通す力」と未来逆算思考の「理想の未来から逆算し、今からすべき発想する。現在を未来をつなぐ道筋を描くことができる」ということは同じことではないかと感じました。

理想の未来を描くことで、今自分が何をすべきなのか考えるというのはまさに自制、我慢することにつながるのではないでしょうか。
目の前の欲求に負けてしまうと、先の未来でツケが回ってくることになります。私が幾度となく挑戦しているダイエットがいい例かもしれません。
美味しいケーキが食べたいという欲求、今日だけはいいかという欲求に負けるということが積み重なることで、先の未来でツケが回ってきます。
私を含めてですが、現代はこの自制心、未来逆算思考の欠如が問題なのかもしれません。ちょうど塾長のブログで現在、温暖化や自然保護の内容が話題になっています。その内容を読むと温暖化や環境悪化も先の未来のことは考えずに、今だけの欲求で過ごしてしまっている人類の生活の結果でそうなってしまっているということを感じます。

私自身も正直、この先を見通す力、自制することがまだまだできていないと感じることがあります。どうしても目の前の欲求に負けてしまうことがあります。塾長を見ていると先のことを考え、今どういう手を打つべきかという姿勢であらゆることに取り組んでおられることを感じます。目の前の欲求に負けてしまうのは、はっきりと目指すべき未来が描けていないのかもしれません。この報告を書きながら、改めてその部分をしっかり意識して、成長していきたいなと思いました。
子どもたちだけではなく、大人に対しても先を見るきっかけを与えてくれているこの企画展は素晴らしいなと思いました。

写真 2017-03-12 13 17 56

あたなはどんな未来の地球を子孫に残したいですかということを分かりやすく表示しています。このような展示があると子どもたちでも先の地球のことを想像しやすいですね。

 

日本科学未来館ということで、未来のことを意識させてくれる展示がいくつもありました。未来のために今何をすべきかというのは子どもだけではなく、大人も大切にしなければいけないことですね。塾長と一緒にいなければきっと私はこのことに気がつけていなかったと思います。本当にたくさんの学びのきっかけを与えてもらっていることに改めて感謝の思いを抱きました。

報告者 森口達也