大阪
先日、塾長の大阪出張に同行させてもらいました。
その際に訪れたのが、ある幼稚園と保育園です。その幼稚園、保育園は以前新宿せいが保育園で働いておられ、臥竜塾の大先輩でもある邨橋先生が副園長先生をされているご実家の園です。
現在、邨橋先生は幼稚園の方の副園長先生ということなのですが、その幼稚園の環境を見学させていただきました。
(正式には幼保連携型子ども園になります)
まず、幼稚園でありながらオープンスペースで、子どもたちが3.4.5歳の異年齢で過ごしているということに驚きました。まだまだ課題はたくさんあるということを言われていましたが、このように実際に実践しておられるということがすごいことだなと感じました。
いくつか写真を撮らせていただいたので、写真で環境の紹介をしたいと思います。
水耕栽培ができるケースが3つ置かれていました。邨橋先生も「これ、結構いいんだよね」と気に入られているようでした。
そして、立派な日本庭園がありました!この日本庭園は2階から1階に降りる階段からも見ることができますし、子どもたちがお昼寝をしていたところからも見ることができたり、相談室からも見ることができます。この日本庭園が様々な場所から自然と目に入ってきます。日本庭園を見ることで自然と落ち着く効果もあるのではないかと感じました。
少し前に増築されたということもあり、環境の随所に遊び心やこだわりがありました。天井にはこのような頑丈なものが。ここにハンモックやブランコをくくりつけて遊べるようになっているそうです。
トイレもとても清潔感のある空間でした。たくさん並べられた観葉植物も素敵ですね。また、ガラス張りになっていることで、外側からもこの観葉植物が目に入るので、外も中も気持ち良くなりますね。
戸も活動によってガラスの部分にできたり、閉じたりもできます。
このようなスペースもワクワクしますね。
また、乳児クラスも見学させていただきました。ロフトがあったり、ままごとができるゾーンがあったりと心地よさそうな空間が広がっていました。乳児の先生の中には邨橋先生の奥様であり、以前新宿せいがで働かれていた先生もおられます。とても印象的だったのが、子どもたちがとても落ち着いているということでした。他の子が手を洗っているのを後ろで待っている子や、着替えを終えた子がテーブルで絵本を見ながら待っている様子など、子どもたちが自分で行動している姿を感じました。
たくさんのメダカがいました!生き物が好きな子にはたまらないですね!
台風の時に倒れてしまった木も有効活用されているそうです。子どもたちはここで列車ごっこをよくしているそうです!
そして、一番テンションが上がったのが、園庭の環境です!
築山といった体を動かして遊ぶ環境があったり、木々が沢山あり、緑もあり、影もある環境でした。何より興奮したのがこのビオトープです!川魚、小川、ため池、用水路好きの私にとってはワクワクするような環境でした。ビオトープの中には沢山のメダカが泳いでいましたし、知らず知らずのうちにタニシやヤゴといった生き物も見られるようになったそうです。まさに生態系を感じることのできる環境でした。また、地中にためている雨水をポンプで引き上げ、ビオトープの中へそそぐここともできるのです。これは楽しそうですよね!雨水なので、雨が降っていない時期は水が出てきませんが、そんなことも感じて欲しいと邨橋先生も言われていました。
亀が暮らしているこの環境も子どもたちがいつでも見ることができそうで、いいなと思いました。
簡単な報告ではありますが、
ご実家に戻られ、見守る保育を広めよう、実践しようとされている邨橋先生の姿勢からたくさんの力をいただいた今回の出張でした。
報告者 森口達也
今年度の成長展、テーマは〝自制心〟。そんなことを思いながら写真を撮り集めています。
「我慢できている姿ばかりじゃなく、今はまだ我慢できない姿を追っていくことで、成長展の時にその子の成長を見せられるのでは。」
係での話し合いを受けて、様々な場面でカメラを向けています。
すると先日、ホールで運動あそびをした際にこんな姿と出会いました。
注目はこの一番左端の緑のズボンの男の子。
ボルダリングのスペースに順番を待つ為に並んで、もうかれこれ5分程経っています。
左の子とお喋りをしながら待っています。
こんな感じで、何人の子が遊んでいる姿を見送ってきたことでしょう。
赤い服の子が終わればいよいよその子の番です!
ところが赤い服の子が長い長い!(笑)
足を曲げて体をクネクネさせています。
ちょっとぼーっとしてみたり、
足を伸ばしてみたり、
足をあぐらのようにしてみたり、
鼻をかいてみたり、
足をバタバタさせてみたり、
(お、そろそろかな?)
終了!
急ぐ彼!
そして待望のボルダリング!
写真の情報を見ると、カメラを向けてから遊ぶまでの間、約8分。
その前から並んでいたので、10分は優に超えるのではないかと思います。
11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2016年7月5日『自己防御のレッスン』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)
〝司会者は辛抱強く、クッキーを食べたくて仕方ないクッキーモンスターに再びルールを説明します。「もし僕が戻ってくるまでクッキーを食べないで待っていたら、2枚もらえるんだよ!」クッキーモンスターは、ほんの一瞬、それは良い考えだと思います。「それなら待つよ」司会者は、がんばってと声を掛けます。ところが、クッキーモンスターの頭にはすぐにホットな考えが浮かび、「あっ、何言ってんだ、待てないよ!今食べる!」と言って、クッキーに向かって突進します。すると突然“ウェイティング・ゲーム・シンガーズが現われ、「待てば必ず良いことがある」と歌いながら、クッキーモンスターの行く手を遮ります。
ウェイティング・ゲーム・シンガーズが、何かを待つのがとてもつらいときには、歌うのが良い手だと諭すので、クッキーモンスターは試してみます。ところが、待てないし、待ちたくもないと思います。「まあ、いいや、食べちゃおう!」しかし、シンガーズがまたしても割って入ります。「別の手が必要だね。覚えている?待てば必ず良いことがある。そう、待てば必ず良いことがある」。
クッキーモンスターは、クッキーが額縁の中にあるふりをすることを学びます。頭の中に描いている額縁を指で形作り、本物の額縁を引っ張り出し、クッキーを額縁に入れ、両手の親指をくるくる回したり鼻歌を歌ったりするのですが、すぐまた誘惑に駆られます。それでも救いの手をさしのべ続けてもらい、新しい戦略を一つ一つ学び、自らもいくつか発見し始めて、自分でも驚きます。「別の方法が必要なんだ。あっ!そうだ!このおもちゃで遊んでクッキーのことを忘れよう」。犬のぬいぐるみを持ち出して、一人で歌いながらそのぬいぐるみで遊び出します。それにも飽きると、新しい方法を編み出して我慢し続けるのです。
「おいしいクッキーがすごく臭い魚ということにしよう」。台の上のクッキーは魚に変わり、彼はいかにも臭いという感じであたりの空気を払いながら待ちます。ずいぶん長い間、おおいに苦労し、我慢強さを増した彼は、ウェイティング・ゲームの勝者となるのです。そして、ウェイティング・ゲーム・シンガーズに交じって勝ち誇ったように歌います。「待てば必ず良いことがある」。〟
ウェイティング・ゲーム・シンガーズの登場がなくてもこれだけの時間を待つことができたのは、「楽しいボルダリングが待っている!」という期待感と、日々の生活の中で彼の中に育まれた自己を制御する為の方法、我慢をする為の気の逸らし方などの方法が機能したことによるでしょう。
これは、今回のような日々の生活の折々で、また、例えば給食の〝いただきます〟の挨拶を皆で一緒にすることなど、保育の意図された環境の中で育まれている、と言えるように思います。
「待てば必ず良いことがある」。彼はセサミストリートのウェイティング・ゲームを実際に見たわけではないでしょうが、このような力というのは、育まれるべき環境の中にいることで自然と育まれていくものなのですね。
そして、このような姿を追っていくことで、例えば今後同じような場面が生まれた際に、どのような対応が生まれるのか、待てる時間の長さに変化はあるものなのか、など見えてくるものがあるようにも思います。
毎日の保育が、子ども達の姿を見守っていくことが改めて楽しみになるような、この度の出来事でした。
(報告者 加藤恭平)
今年は0歳児クラスに初めて担当になり、毎日必死で働いております。
はやり0歳ということで細かい部分も多く覚えることも多いですが、毎日刺激を受け、楽しく過ごさせてもらっています。
そして、今年初めて離乳食をあげることができました。小さい口を開けて一生懸命食べる姿は本当に可愛く、愛おしくなります。
そんな中でご飯が出てきても口を開け、ただ食べるだけという子がいました。他の子は自分で食べようとしてみたり、食べたいという意欲から手でつかんでみたりする子がいますがそうではありませんでした。
手を出すことはありません。笑
どうしたら自分で食べてみようという意欲が出るかなと思い、ご飯を前にしてしばらく様子を見ていると、キョロキョロとお友だちを見るようになります。
社会性を学ぶかのようにお友だちが食べているところをじっくりと見始めました。
なるほど言わんばかりに見ています。笑
子どもにしてみたらどうしてこの人はご飯をくれないんだと思っていたかもしれないですね。
次の日は、興味が出てきたのかご飯を触り始めました。隣で美味しそうに食べる友だちを見て自分も食べたいという意識が湧いてきたのでしょうか。
その日は少し触る程度で終わりましたが次の日も少し様子を見ていると手に付いたものを口に運ぶようになってきました。
スティックを持つようになります。
そして、何日かすると自分で意欲的に食べるようになっていました。
意欲的に食べるようになっていました。
こうした流れを見るとお友だちの影響は0歳から存在することはもちろん、子どもの力を引き出す保育者の見守りの大切さというのにも気づかされます。「0歳だからという思い込みというのはなくすこと。赤ちゃんの面倒をよく見てあげるのは大切なことですが、赤ちゃん自身の力を信じ、成長の邪魔をしないということはもっと大切です。環境と相互作用して育っていくのは大人ではなく赤ちゃん自身です。」と塾長の出している『保育としての「食育」』という本に書かれています。
自分の子も早く集団に入れ、色々と刺激を受けてもらいたいと感じました。
(報告者 本多悠里)
新宿せいが保育園で働きだしてから約4ヶ月が経ちました。私は今年は職員室フリーという担当で、職員室で仕事をしたり、来客、見学者の方の対応をしたり、クラスのヘルプに入ったりという仕事をしています。そんな中で先日、わらす(345歳児)の部屋のヘルプに入る機会がありました。いつものように子どもたちはそれぞれのゾーンで遊んでいたのですが、ふとしたことに気がつきました。それは、子どもたちが遊んでいるどの場面でも複数の子どもたちが関わって遊んでいるということでした。その後を観察しても、ある子が何かのおもちゃやボードゲームを持って机に座るとどこからともなく自然と子どもたちがやってきて、何人かの集団になり一つの遊びを楽しんでいる姿がありました。集団を大切にする見守る保育の園では当たり前の光景なのかもしれませんが、何だかそのことを改めて感じて、すごいな!と思いました。この子どもたちの姿は012歳児の頃からの集団を大切にする保育の積み重ねによるものですね。
そんな中でもちょっと一人で遊びたい子ももちろんいます。誰しも一人で遊びたいことはありますね。きっとこの子の周りに他の子がいないのは、写真の子の気持ちを感じ取っているからなのかもしれません。写真の子は今は一人で集中してこのパズルを完成させたいんだと感じ取っているからこそ、あえて近づいていないのかなと見ていて感じました。それもまた子ども同士が関わっているということでもありますね。
塾長のブログや少し前の園だよりでの塾長の巻頭言の中で、幸せは人との関係性の中にあるというようなことを言っておられました。誰かと関わることは当然ストレスも生みます。しかし、人と関わることはその何倍も楽しいことであり、嬉しいことで、そしてそれが幸せにつながっていくんですね。
報告者 森口達也
お椀が7個、お皿が7枚。
配膳の時の写真なのですが、とても感動したので報告します。
新宿せいが保育園では配膳も異年齢のグループで行っています。2Fと3Fに分かれて食べ、お当番になったグループはお当番をした階で食べます。
以前、流れるままに配膳をしていたら、お当番さんのお皿やお椀が足りなくなってしまったことがありました。
なので基本は、先にお当番さんのものは確保しておき、配膳を始める、といった段取りになっています。
その日は配膳を始めようと思った矢先、もう既にこうして確保してあったのです。
忘れやすい僕なので(笑)とても助かりました。
職員にお礼を言うと、「私じゃないですね〜。誰でしょうね。」とのこと。
するとその会話を聞いて、「やっておいたよ〜。」と声をかけてくれたのはすいすい組(5歳児クラス)のこの日のお当番の女の子でした。
前回の報告で紹介させていただきました、11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2013年11月28日『社会の一員』。結びにこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)
〝教育とは、文化を伝達するだけのものではなく、もう一つの大切な論点があるとデューイは考えます。それは、子どもたちに社会をつくり直していく能力を身につけさせることだとしています。既存の文化を伝えるとともに、新しい文化を創り出していける力、その新しい文化を創り出して、その新しい文化によって社会をつくり直していく能力を身につけさせることが重要であるとしたのです。これは、とても新しい考え方です。また、その力をつけるための教育も変わってくるはずです。日本の教育の目的である、社会の形成者としての資質は、その一員として、社会の中で「共生」する力と、社会に「貢献」する力が必要になるのです。
それは、社会を存続させる際に大切な活動が教育の中で、「更新(リニューアル)」ということを重要視しました。その新しい文化を創り出す能力が「成長」の証です。社会を取り巻く環境や状況は変わっていきます。しかし、環境や状況が変わっても社会が滅びずに連続していくためには、単に文化を伝えるのではなく、文化を新しく創造していく、あるいは更新していくということが重要なテーマとなると考えたのです。
このことをデューイは、『民主主義と教育』の中で述べています。すなわち、教育の大切な役割は、「大人が子どもに文化を伝達し、子どもを社会の一員とする。」「子どもに新しい文化を創造する能力を身につけさせる」「変動する環境に適応できる力を教育によって育てる。」としたのです。〟
大げさかもわかりませんが、上記の〝子どもに新しい文化を創造する能力〟という部分、まさに当てはまるように思いました。本来お当番の仕事ではないことを自分で想像し、創造しています。
〝共生と貢献〟。こうして子ども達に貢献してもらいながら、大人が助けられ、そして助けてもらった恩を子ども達に返す。それはまさに共生であり、子ども達は共に社会を築かんとする共同体、仲間なのだということを改めて感じた出来事でした。
(報告者 加藤恭平)
6月1日から、らんらん組(4歳児クラス)に新入園児として1人、お友達が増えました。
この日は6月2日。
入園2日目にしてお当番が回ってきました。大人でもドキドキしそうなタイミングですが(笑)やり方を教わって一生懸命に取り組むこの子です。
「あ、僕はもう少し多くがいいなぁ」
「お見本くらいにしてもらえる?」
容赦ないですね(笑)
「…いっぱいですか?ちょっとですか?」「ちょっとでお願いします。」
優しい眼差しと、その子が緊張しないような言い方で手元を見つめる青い服の男の子のは、すいすい組(5歳児クラス)のお兄さんです。
11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2013年11月28日『社会の一員』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)
〝以前、新教育運動におけるイエナプラン校の提案の中で、学校を一つの社会として見るために、異年齢で構成することが当然であると考えていることを紹介しました。デューイも学校を「典型的な仕事によって学校を小型の共同体、胎芽的な社会とする」と述べています。その時の社会とは、「共通の進路にしたがい、共通の精神と共通の目的に関わって働いているがゆえに、結合されている一定の人々からなるもの」であると定義しています。それは、子どもが共通の目標に向かって、協同で活動を行い、主体的に参加するという民主主義の社会です。日本における教育基本法の教育の目的で「平和で民主的な社会」を作るためには、民主的な学校でなければならず、それは、将来、社会の一員になるための準備でもあるのです。デューイにとって、そのような活動が行われている場が「社会」であり「共同体」であるということで、学校そのものを小型の「社会」、子どもの生活の場としての「共同体」にしていくことが大切だと主張しました。〟
配膳という仕事に貢献することで、多くの子ども達と関わりを持つことができ、また、配膳に並ぶことでその子と関わることができます。この子のお当番での働きは〝共通の精神と共通の目的に関わって働いている〟ということであり、〝共通の精神と共通の目的〟とは即ち園の理念〝共生と貢献〟であると言えます。この子達はその目標に向かって、主体的に社会を形成している、と言うことができるように思います。
また、このようにも書かれています。
〝日本の教育の目的である、社会の形成者としての資質は、その一員として、社会の中で「共生」する力と、社会に「貢献」する力が必要になるのです。〟
給食の配膳一つにしてもこの理念が行き渡り、そして、これから社会を形成していく未来そのものの子ども達に、この力がこうして育まれているということに改めて気付かされたような思いがしました。
7月に入り、今ではすっかりお当番にも慣れたこの子です。お当番デビュー日の写真をたまたま見返し、こうして互いに育み合いながら、子ども達は日々成長をしているのだということを実感として改めて感じたこの度の出来事でした。
(報告者 加藤恭平)
「見守れませーん!(笑)」
面白いでしょう?(笑)我らが誇るベテラン保育者のある日の言葉です。
伝承あそびゾーンにあるお手玉を所構わず投げてあそんでいたわいわい組(3歳児クラス)の男の子です。
11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2014年9月18日『楽観主義を使う場合』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)
〝私は、「見守る保育」で、見守っていていい場合と、行けない場合を思い浮かべ、共通なものを見出します。例えば、「リスクの大きいことに直面した場合や、将来の見通しが不確かな時は、見守ることは避けた方がいい」と思います。例えば、子どもが、遮断機が降りているにもかかわらず踏切を渡ろうとする、信号が赤であるのに大きな道路を渡ろうとするときは、すかさず大声で制止しなければなりません。また、一時保育の子で、その子の発達や姿を理解していないときには見守ることは危険です。
また、「子どもたちには想像もつかないような先のことを考えたり、将来について助言をしたりするときには、最初は見守っていない方がいい」と思います。それは、子ども本人の力の限界を超えているからです。また、「子どもに共感していることを示したい場合は、最初は見守っていず、信頼関係が出来上がってから、見守ってあげる方がいいかもしれない」と思います。全く、楽観主義のときと同じですね。やはり、保育の中で、子どもとの関係の中で、どんな状況にでもやみくもに見守っていればいいというものではないのです。柔軟な見守る姿勢を学んでいこうということを提案しているのです。〟
わいわい組(3歳児クラス)の子にとってまだまだあそびのルールが浸透、確立されていなかった4、5月。このようなことが多くありました。それもユーモアに変えつつ、見守れる子へと促していく先生です。
「こうやるものだよねー?」
声を聞きつけて駆け寄ってきたすいすい組(5歳児クラス)の子達。もちろんルールがわかっています。
「とりあえず一個にしてみようよ。」
「それで、投げたらキャッチ。投げたらキャッチ。」
「そうそう。そういうこと!」
先生の真似をしてやってみています。
「あとは、こういうのもいいかも。いくよー。」
先生の手にあったお手玉を、
青い服の子へポンっ。
「やってみて。」
黄色い服の子もポンっ。
ポンっ。
「じゃ次ふたりでやってみたら?」
ポンっ。
キャッチ。
こんな風に促した数分後。
「投げたらキャッチ。投げたらキャッチ。」
と楽しみつつ、
頭の上に乗せてみたり(笑)
あそびの中に先生が入る前のような所構わず投げる、というようなことはしなくなっていました。
放任の中で子どもは育たちません。時にあそびの中に入り、提案していく。そして子ども達の様子を見てスッと抜けて、ある距離でまた見守っていく。その繰り返しの中で、見守れる環境というのが順々に出来上がっていくのだということを改めて感じたこの度の出来事でした。
(報告者 加藤恭平)
「今日はですね。給食の紹介をロボットにしてもらおうと思います。」
おもむろに始まりました。
これから登場する柿崎先生扮する〝カキーボ〟の紹介をしています。(写真右、西村先生はBGMをスタンバイ!笑)
山下先生が仕事がしやすいようにベテランの先生が給食を持ちます。素晴らしいチームワーク!
「それでは登場です!」
BGMに合わせ、ゲートが開かれました!
!
!!
!!!
自然と子ども達が道を開けます!笑
全体像です(笑)
カキーボは、
- 歩くことができない
- ロボットなのにメニューを覚えられない為、一つ一つ手に書いてあるメモを読む
- 子ども達が興奮して距離を詰めてくると手の平をかざして「危ない。」と声をかける(笑)
他にもあったように思いますが(笑)子ども達にも職員にも大ウケのこのロボットはこの後の誕生会で何度も出演を果たすことになります。
11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2012年6月4日『誕生会の出し物』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)
〝誕生日会のメイン内容も、年度によって様々です。(中略)私の園では、各クラスに男性職員がいますので、私から見るとかなりふざけたような内容の時もありますが、子どもたちは大喜びです。逆に、まったく乗らないときもあります。子どもたちは正直です。しかし、月に1回は、園全員で集まって一緒に歌を歌ったり、踊ったりする機会も大切です。これは、まさに大きな異年齢児保育の日なのです。〟
これだけ大笑いできる企画ができるのも、やはりそれを温かく見守る職員の存在があってのこと。大人が楽しむことで、子ども達も自然と楽しくなるようです。カキーボが去ってもその熱は収まらない様子で、年齢など関係なく、友だち同士でその興奮を伝え合う子ども達の姿が印象的でした。
大いに盛り上がり、会は終了。
毎月行われる行事、誕生会。『臥竜塾』ブログ2014年1月22日『特別な日』にあるように、
〝保育指針にも書いてありますが、生活リズムは、情緒の安定につながるのです。しかし、江戸時代では、なかなか波乱万丈ということは起きません。そこで、人為的に「ハレ」(平家物語に見えるように「諸行無常」ということが、良いときには戒めとして、悪いときには期待としてその時を受け止めました。それは、時として暮らしにメリハリをつけ、生活の支えともなりました。それを、「ケ」と「ハレ」としたのです。その代表が、まず食事だったのでしょう。ですから、「ケ」の食事が朝餉、昼餉、夕餉であり、「ハレ」の日の食事は、神聖な食べ物である餅や赤飯を食べたり、お酒を飲んで祝ったりして、特別な日であることを示しました。)を作り出す必要があったのです。それが祭り、能狂言、正月などの行事です。それが年中行事であり、こういった「ハレ」の日には農民も毎日の農耕を忘れ、思いっきり楽しみました。日常、変わらずにおこなっている農作業の合間にも、「あと何日で祭りがある」とか言って、退屈な労働にも耐えることができたのです。「ケ」の中に「ハレ」の要素を取り入れて、人間は生きてきたのです。〟
これからも、子ども達にとっても、大人にとっても、期待感溢れる、楽しくてわくわくするような〝ハレ〟の日のような行事であってほしいと、心から思いました。
(報告者 加藤恭平)
「今回の給食のテーマは精進料理です。」
精進料理とは魚や肉などを使わない料理です、と説明があった後、後ろのスライドにその料理達が映し出されました。
「例えばこんな料理、」
「こんな料理、」
「これとか、」
「これもそうですね。」
「ツッコムところだよ!(笑)」と見ていた職員から声が(笑)
「肉使ってるじゃん!(笑)」と子ども達からようやくツッコミが入り、本題へ。
「このような料理のことを言いますね。」
これは西村先生のご実家のお寺の映像で、
先日帰省した時に動画を撮ってきてくれたのでした。
「あー!保育園にあるやつー!」
「こんな感じで、皆で集まって、」
「お経を聞いたりします。」
実際に西村先生がお経をあげてくださいましたが、やはり見事。
自然と手を合わせる子も。
そこで行われる修行というのは壮絶なものだそうで、例えば肉、魚を一切食べない生活一つを例にして話されていましたが、何日もの間そういったものを食さないとほっぺを押しても戻らなかったり、怪我をしても感覚がなく、痛みを感じなくなるのだそうです。
「〝いただきます〟というのは、命をいただくということ。」
あなたの命を私の命にかえさせていただきますということなんだよ、と西村先生。子ども達も真剣な表情で聞いていました。
11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2010年1月7日『登山』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。ぜひ読まれてください。)
〝ここ(「世鏡抄」)には、教育上、最も重要である期間は、赤ちゃんから七歳までの期間であると言っています。今、OECDが提案していることに、最も重要な機関が0歳児から8歳までであるというものがありますが、この世鏡抄でも、ほとんど同じことを言っています。(中略)子どもの成長過程において四恩の道(一切衆生の恩、父母の恩、国主の恩、そして仏・法・僧三宝の恩)をしっかり教え、命の大切さ、他人への貢献を教えるのが専門性であると言っています。(「世鏡抄」。作者、成立年代は不明。室町時代頃か。国人領主層の子弟を七歳から十三歳まで教育していた真言宗系の寺院でまとめられたもの。諸説あり。)〟
新宿せいが保育園の保育理念は〝共生と貢献〟。共に生きるものを大切にし、そのものによって生かされているということを、こういう機会を通して、改めて子ども達の心の中に浸透していくのでしょうね。
そして、誕生会特別メニューの紹介です。
そして、いよいよあのロボットが登場します…!
(報告者 加藤恭平)
さて質問タイムが続きます。
すると、こんな質問が出ました。
「好きなお友達は誰ですか?」
「んー難しいな!」「究極の質問だなこれは!」と塾頭。
塾頭の優しさを感じますね。
「◯◯ちゃんです。」
言われた子は嬉しいもので、ただ、言われるかな、と期待していた子にとってはちょっぴり寂しいこの質問。この後この質問が続くのですが、最後の子からこんな答えがありました。
「好きなお友達はみんなです。」
流石すいすいさん(5歳児クラス)ですね。職員からも拍手が出ていました。
みんなで藤森先生作詞作曲〝おたんじょうびのうた〟を歌い、
いよいよ〝出し物〟です♪
今回はプロジェクターを使った出し物のようですね。
期待が高まります。
新宿せいが保育園は、昨年度からテーマとして〝伝統〟を引き継いでいます。
今回は西村先生が工夫を凝らし、〝伝統の食事〟ということで〝精進料理〟について話をしていただきました。
「それでは始めますね。」
11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2012年6月3日『誕生会』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)
〝インタビューの後は、おたのしみタイムです。この内容はやはり係が決めますので、年度によって違います。私は、内容についてはあまり口出しをせず、職員のアイデアを尊重しますので、ずいぶんとさまざまな企画を体験しました。〟
命の大切さについて。西村先生は話を始めました。
(報告者 加藤恭平)