研究紹介

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 私たちは、子ども達に日々の遊びを通して、様々な事を学んで欲しいと思っています。ここでは、塾生が考えた手作り玩具や、見学先で学んだ玩具を参考にアレンジした玩具などをを紹介する場です。
良かったら参考にしていただけたらと思います

文字・数・科学・食育

ドイツ報告2014-13

2019/8/13

子どものロッカーに何か貼ってあります。

「つくりとちゅう」「おうちにもうてかえるもの」

下の段の子も

2014年7月6日『ドイツ報告2014-13』の中でこう書かれています。

「小さな研究者たち」という取り組みをしている園で、科学実験を体験してみて、こんなことを感じました。科学というより、研究という分野は、驚き、好奇心、工夫、観察、創造という内容を包括したものであるとしたなら、幼児教育そのものかもしれないということを感じました。それは、この園の様々なところに置かれている「モノ」という環境からも感じることができました。それは、保護者達が作ってくれたというハウス・フェア・フォルシャー(研究者たちの家)の内部を見たとき、研究ということの確信が持てました。
 例えば、私たちが用意する制作ゾーンでは、「発明品を制作する」と考えれば、科学ゾーンになるのです。

子どもたちなりの工夫が生まれるのも、ゾーンという環境の力だと思いました。

(報告 加藤)

自己評価2020

ご存知の方も多いと思います。「自己評価」です。

今年も例年のように年長さんが給食の後片付けを行い、全てが終わった後に先生から

「何を頑張りましたか?」と聞かれ、自分が頑張った項目を伝えると、

それに応じたシールをもらうことができ、それを自分専用のシール台帳に貼っていきます。

 

この取り組みを始めて、もう8年くらいになるかと思います。

それまでに色々なドラマがありました・・・。

 

子ども達の中には、どうしてもシールを多く集めたいという思いがあり、

友達が貼ってあるのをバレないように剥がして、自分の所に貼ってしまう子がいました。

それに対して、他の子どもが言った言葉が印象に残っています。

 

「俺たちは別にシールのためにやってないし!」

 

そもそもなぜ掃除をするのか??

私は、それを子ども達には日頃から伝えているつもりでした。

シールをもらうためではなくて、汚れている部屋で食事はしたくないから

掃除をする。そのプロセスの中で自分が頑張ったものを教えて欲しいですと・・・。

その男の子が言った一言で、私の伝えたかった思いが実った瞬間でした・・・。

 

去年の出来事です。

シールだと剥がれて落ちてしまうので、ペンで塗ることにしました。

最初は順調にそれぞれが塗っていましたが、半年過ぎると明らかに、

ずば抜けて多い子どもが現れました。

それと同時に「今日は塗りたくない・・・」という子ども現れたのです。

よくよく話を聞いてみると、どうやらずば抜けて塗っている子に、

自分の所に塗って欲しいと言われたそうです。

それがだんだん嫌になってきた「塗りたくない」と言ったそうです。

このエピソードのオチはまた別の機会に・・・。

 

さて今年はどうしようか?と年長の担任と相談した結果、

今年はこの形式に!

3つのグループごとにファイルを用意しました

一人1ページ表と裏があり、シールを貼っていきます

 

今年も始まったばかりで、年長の子ども達も憧れの雑巾掛けに、いつもテンションマックスで取り組んでくれています。

さて、今年はどんなドラマが待っているのか・・・楽しみです!!

(山下)

冷却するこつ

2016年3月15日『冷却するこつ』の中でこう書かれています。

よく、保育で「心情・意欲・態度」ということが言われます。保育所保育指針には、「子どもの発達は、子どもがそれまでの体験を基にして、環境に働きかけ、環境との相互作用を通して、豊かな心情、意欲及び態度を身に付け、新たな能力を獲得していく過程である。」と書かれてあります。発達というのは、豊かな心情、意欲、態度をみにつけることで、新たな能力を獲得していく過程であると定義しています。また、幼稚園教育要領には、「ねらいは, 幼稚園修了までに育つことが期待される生きる力の基礎となる心情, 意欲, 態度などであり,」と書かれています。これによると、ねらいを達成するために指導する事項が保育の内容であるとしています。

そこで、園現場では、子どもたちに自ら取り組むための心情、意欲、態度をどのように身につけるか、活動するかを考えます。また、子どもたちが、活動の中でいかに意欲を持ち、進んで行ない、その活動に熱中するかを計画します。

2019/7/25 配膳の前の時間

望遠鏡を作った、と見せにきてくれました。

こちらも

トイレットペーパーの芯とカラーセロハンの組み合わせですね。

「私もできたよ」

紙を組み合わせて大きな迷路を作ったようです。

製作ゾーンという環境が子どもたちの自ら取り組むための心情、意欲、態度を促していることが伺えます。このゾーンの充実を考えることは、指針に書かれている保育をすることと同意義であり、改めてこの保育が指針に沿った保育であることを感じます。

ブログには続きがあります。

しかし、園では、1日中子どもが意欲を持って、熱中できるわけではありません。なぜなら、どうしても昼食を時間が来たら食べなければなりませんし、ある時間になると片付けなければならない場面が出てきます。しかし、子どもたちはその活動に熱中すればするほど、その活動を中断しようとはしませんし、片付けようとはしません。では、心情を生み、意欲を育て、物事に取組む態度を付けることはできても、それをどのように止めさせればいいのかは、保育指針にも、教育要領にも書いてありません。ホットな刺激をクールダウンさせる必要があるのです。そのときのヒントが、マシュマロ実験の考察にはある気がします。

ミシェルは、マシュマロ実験を行なってみて、頭の中でどう刺激を表象するかを変えられれば、自制心を発揮し、私たちの行動をコントロールするまでになったホットな刺激の犠牲者という立場を脱せると確信したようです。彼は、ホットで魅力的な刺激を一変させ、認知的な再評価によって刺激の影響を「冷却」することができると言うのです。少なくとも、時折、特定の条件下では、そのこつは、条件を整えることになると考えます。歯を食いしばり、スパルタ式の難行苦行に耐えて自らを鍛え上げ、痛みをこらえる必要はありませんが、強い動機付けと最善の意図だけでは足りないと考えています。

必要な力は、前頭前皮質にあり、この皮質を活性化させれば、評価の仕方を変えて、ホットで魅力的な刺激を「冷却」する、ほとんど無尽蔵の方法を実現可能にしてくれます。前頭葉がまだ発達していない未就学児たちでさえ、おおいに創造力を活用し、素晴らしいお手本を見せてくれたのです。彼らは、自分が直面した誘惑を「ただの写真」に変え、頭の中で額縁に収めたのです。自作の歌を歌ったり、足の指で遊んだりして、自らの気をそらすことで、誘惑から自分の注意を完全によそに向けたのです。

ランチの配膳前、片付けの時間を合図する鐘が鳴ると、子どもたちがよく自分たちで造ったものを見せにきてくれると思っていました。

それはある意味では冷却するこつだったのかもわかりません。子どもたちにとって保育者とは、まさに人的環境であるのですね。

(報告 加藤)

父親保育2

2019/6/8 父親保育にて

拾った草花を貼り付けていきます

いいアイデアですね

絵を加える子も

2012年5月29日『父親保育2』の中でこう書かれています。

父親保育での計画は、父親たちの発想と、広い視野からと、遊び心など男性ならではのもので感心することも多いのです

新しいアイデアは、自分の枠組みの外にあるといつも感じます。

(報告 加藤)

行動

配膳の時間、いつもなら頼まれるエプロンの紐を今日は中々頼まれないなと思っていると、

2019/6/7 なるほど

声を掛け合いながら自分たちでやっていました

2018年7月11日『行動』の中でこう書かれています。

「幼児教育の基本は、環境を通して行うもの」であることも平成元年に幼稚園教育要領で示されたのですが、なかなか現代にそれが実現されていないのは、具体的な方法がわからないことが多いからでしょう。それは、過去から常に課題だったのでしょう。以前のブログでも書きましたが、日本でも実際の行動に移さなければ意味がないということから陽明学における知行合一という考え方があります。それは、「知識と行動はもともと一つである」ということです。どんなに尊いといわれている教えであっても、それを納得し、実際に行動に移して初めて意味あるものだということです。

それ以来、そのページを印刷して壁に貼って、その横に紐を結んで遊ぶ玩具を貼って、と環境を用意しました。

子どもたちの姿から環境が広がっていく、ということを実感します。

(報告 加藤)

葉の効用

2019/4/26 大型連休の影響で、子どもの日祭りはこの日に

菖蒲を浮かべた足湯に浸かっています

皆とても喜んでいました。

2007年5月5日『葉の効用』の中でこう書かれています。

柏餅を食べるときに、とてもよいにおいがします。緑にあふれた森林に入って行くと爽やかな空気が広がり、かすかな香りがします。この香りの正体は、フイトンチッドです。これは主に樹木が作り出して発散する揮発性物質で、主な成分はテルペン類です。このテルペン類を人間が浴びることを森林浴と言います。「病を得たら森へ行け」と言う言葉があるように、フィトンチッドは、人体に対しては有益で私たちの生活に「生活の知恵」として広く有用されています。柏餅や柿の葉寿司はフィトンチッドの抗菌作用や防腐効果を利用したものです。また、同様に、五月の節句の菖蒲湯はフィトンチッドの疲労回復と精神を安らかにする効果を生かしたものです。

行事を大切にすることは季節を大切にすることだと思いました。

(報告 加藤)

人形考2

2019/4/24 散歩先で大雨に

そんな中でも子どもたちは遊びを見つけます

落ちてくる水も子どもたちにとっては遊べる環境の一つなのですね。

降り止んだので遊びを再開

集めて、ままごと遊びにしているこれは

どんぐりの木、コナラの雄花です。

子どもたちを見習って、

作ってみました

2013年5月31日『人形考2』の中でこう書かれています。

自然にあるものは、子供たちは何でも遊びにします。「つくしの節のところにははかまがついている。そのある節をぬきはなして、もう一度さしこむと、どこで切れているかわからぬものである。そのきれたところをいいあてるあそびは、つくしつみに行った子たちが申し合わせたように行うあそびだ。」そのほか、ほうずきなど植物を使う遊びの中から、木や草にも深い愛情を持たせる動機になっていると宮本さんは言います。

子どもは、なんでも遊びの対象にします。植物だけでなく、小さな虫などは、子どもにとっては、楽しい遊び相手である者が多かったようです。カブト虫に糸をかけ、牛に見立てて耕作のまねごとをしたり、太郎蜘蛛にけんかをさせたり、せみとりなど遊びは多く、遊んだあとは、たいてい野に放ってくるのが普通だったようです。それは、「いじめたり殺したりするとたたりがあるとか、不幸なことがおこるとか信じられていた。」からのようです。それにしても、「これらの遊びが、子供たちに深い観察眼を与えたことは大きかった。」と宮本さんは書いています。

これらの遊びは、子どもたちにとっての大いなる学習であったことが、大人になって初めてわかります。

子どもたちの何かになっていたなら、嬉しいですね。

(報告 加藤)

乳児からの科学

ぐんぐん組(1歳児クラス)の子たちとの生活が始まりました。

西日の入る時間に

床はこんな感じです

透けて見える世界はどんなでしょう

2015年2月10日『乳児からの科学』の中でこう書かれています。

子ども向け絵本やおもちゃにも、想定される子どもの年齢が書かれてあることがあります。外国のおもちゃにも書かれてあることが多いのですが、その多くは、「3~99years」と広い幅で書かれてあります。しかし、絵本には書かれてあることはありません。それは、それぞれの年齢に、それぞれの楽しみ方があるからです。科学においても同じようなことが言えます。「Science Experiences for the Childhood Years」という本の中には、こんなことが書かれてあります。

 「2歳児でも、単純で感覚的な活動であれば、楽しんで行うことができます。うちわで扇いだり、風ぐるまを回したり、風の強い日には吹き流しをそよがすことで、空気が動いているのが感じられます。石の手触りや重さを感じたり、氷を触った後に溶けた水にも触らせてみましょう。金魚をよく見て同じように動いてみたり、畑でなっている果物や野菜をとって食べてみてもよいでしょう。大きな音や静かな音を聴いたり、色つきセロファンを通して、周りを全く違う色で眺めることもできます。」

 確かに、2歳児でもそのように科学の体験ができるでしょうね。そう考えると、もしかしたら、0歳児でもできるかもしれません。それは、特に認知的なものを学習するということではなく、不思議さを感じることが科学であるとしたら、他の年齢よりも乳児の方がより感じるのかもしれません。最近の研究で、乳児から量や長さ、数の概念ができるということがありますが、私は、赤ちゃんでも物事の道理がわかっている気がします。

ちっち組(0歳児クラス)の時のことを思い出します。

楽しい時間を子どもたちと、先生方と共有していきたいと思います。

(報告 加藤)

歩き始め

散歩先でも子どもの様子です。

ちょうど歩き始めくらいの子なのですが、時折、尻もちを吐きながらも、何度も立って、歩いてということを繰り返していました。

まさに歩くことそのものを楽しんでいるような姿でした。

子どもが主体的に活動することができれば、発達を保障することができるというのは藤森先生がいつも話されることです。

なぜなら子どもは自分の発達にあった遊びを自ら選ぶことができますし、自分の成長に必要な環境を選ぶことができるからです。

また「赤ちゃんでも選択することはできる」と藤森先生は言われます。

それは赤ちゃんでも自分の発達にあった遊びをしっかり選んでいるということです。

この後、この歩き始めたばかりの子が、少し登りになっているスロープを何度も何度も歩いている姿を見て、

そのことを思い出しました。

子どもというのは本当に、自分の発達に必要な活動や環境を自ら選び、そして尚且つそれを楽しんですることができるというのはすごい力だなと感動しました。

僕も何かをする時に、こんな風に楽しんでやっていきたいなと思います。

 

報告者 森口達也

日本の花

4月最初の週、春を感じようということで散歩へ出ました。

座り込んで夢中になっています

集めているのは桜の花びら

「いっぱい集めて満開にするんだ」

花びらのこういった楽しみ方もいいものですね。また、夏には夏の花で、秋には秋の、冬には冬の楽しみへと拡がっていきそうです。

ブログ『臥竜塾』2015年11月1日3『日本の花』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)

「花を愛する心は日本人の国民性である。世界中で、日本におけるほど花を愛する心が一般化している国はないというほうが適切かもしれない。また、絵を描こうとする場合にもっとも一般的な画題の一つは花ということになる。そして、装飾芸術としては、その自然のままの、あるいは伝統的な形態からして、つねに、主要な動機付けとして選ばれる。」私たちは、欧米の人たちのほうが花好きだと思っています。プレゼントして花束を贈り、家の中には花が飾られています。花に囲まれて生活していると思っています。しかし、それはもしかしたら上流家庭の話で、すべての層の人たちの間でも、明治当初の日本では花に囲まれて生活しているように思えたのでしょう。それは、モースによると、日本人が手になる簡易な手作り品である、刺繍、陶器、漆器、壁紙、扇、またその金属ないし青銅製品においても花が描かれ、また造形の対象となっているというのです。

 「社会生活においても、これらの花をあしらった物品が絶えず顔を出す。誕生から死ぬまで、花は、なんらかのかたちで日本人の日常生活に関わりを持っている。日本人は、死ぬと、そののち何年ものあいだ、墓前に新鮮な花を供えてもらえる。」このように日本人は、花に囲まれて生活をしているというのです。

満開になったよ

美しいアイデアに囲まれながら、季節を満喫していける幸せを子どもたちと感じていました。

(報告 加藤)

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