勉強の意義

遅くなりましたが、3月18日の臥竜塾の報告をします。

卒園式も終え、移行の週に入りました!

コロナで振り回される日々が続いてますが、全国的にも、小中高は自治体によりけりだとは思いますが、臨時休校が続いていますね、そのなかでも保育園、学童は別。ニュースでも休校する事で感染リスクがなくなるが学童保育に集まる人も多くなる事で感染拡大抑制になっているのかというような疑問がメディアでも多々取り上げられている今日この頃です。

私自身も正直うん?と思うとこもありました(笑)保育園は社会インフラだから仕方ないのかな?など、ちょっとまてよ学校もそうではないかみたいなことも思いつつ、保育園の社会的使命ですね(笑)

そんなこんなでも無事、新宿せいがこども園も卒園式を迎える事が出来た事に私自身嬉しく思いました。

保護者の方にも、この大変な時期に卒園式をしてくれた事に、園への感謝の言葉も頂きました。卒園式後の祝う会でも、渡部先生が作って頂きましたくれたオリジナルソングに涙を流して聞き入っていた保護者をみると私もグっとくるとこがありました。せいがバンド最高でした!!ありがとうございます。そしてメンバーの先生方おつかれさまでした。

前置き長くなりました。さて3/18日の塾報告させてもらいます。今日のメニューはマグロの漬け丼でした。個人的に用事がなって遅くの合流になり、作っている先生方の写真があまりない事、ご了承ください。

ひたひたにしみ込むマグロ君 
職人技のように、うすくマグロをさばく柿崎先生

今日は、世界文化社の宮城さんも参加されました。

貫禄ある宮城さん!

さて、塾の内容ですが、宮城さんの大学の話になり先輩には、新宿せいがの事務のスペシャリスト、あや先生がいたとの事でした。学生時代も優秀だった先生。その中でこんな話がありました。優秀なのになんで、事務をしているんだろうね?

もったいないよねという話題になり、僕もホントもったいないなと思いましたが、その時にふとおもったのが、勉強する意義ってなんだろうという事でした。

世の中には、ホワイトカラー、ブルーカラーという表現がありますが、これは主に会社員に使われる事が多いですが、知っている方も多いと思いますが、簡単に説明させて頂くと。

ホワイトカラーは知的な面を必要とする労働者を指し、生産性に直接は関係のない職種。 ブルーカラーは、これとは対極の意味合いで生産工程や、現場作業、体を使った仕事が多い職種を指すと定義されているわけですが、頭脳職、現場職ともいわれているそうですね。

すいすい担任、加藤先生お疲れさまでした!
笑う山下先生!神妙な面持ちの本多先生(笑)

ホワイトカラーの方は、やはり大卒が多いそうですが、その中でも優秀な大学を卒業したものがなれる業種だと。でも優秀な大学を卒業しても、大企業に入りたいと思わない人間もいるそのエピソードを紹介したいと思います…

これは僕の同級生なのですが、東工大を卒業して、ショップ店員をしている子もいます。

なんで?と聞いた事があるのですが、逆になんで?と言われました。その子は、別にいい企業にいきたいから大学にはいったわけではないと。私は、ポカーンとしてしまいましたが、その子とお酒を結構酌み交わすのですが、そこから僕の勉強という概念が変わりました。

その子から教えてもらったのは、勉強していい大学いったら、確かにいい企業に入れたりするだろう、学歴フィルターもある。その考えがそもそもの間違いだと、お前はそういう色眼鏡でしかものを見ることができないのかと怒られました。勉強する意義について熱く語りましたが、その子に勉強したら「人生の選択肢が増えるんやと」教えてもらいました。

例えば、一万もっている人で、9900円の物を買う人もいれば500円ぐらいの物を買う人もいるんやと、でも、1000円しかもっていない人が2000円の買い物するのは無理やろと、だから2000円、5000円の物を買うには勉強しないといけないんだよなという内容でした。

この話の落ちは、ある人から引用したそうですが(笑)

ホントそうだなと塾で話している時に思った出来事でした。

AIの時代がきたらどうなるのでしょうか?

園長先生もよくAIの話をされますが、代替する新しい職種も出てくるだろうと、ホワイトカラーの職種もAIに奪わるといろんなコラムを読むと書いてありますが、蓋を開けてみないとわからないですよね(笑) 何年後にそういう時代になるのかわかりませんが、楽しみでもあります。

報告者  川邉


潜竜から・・・

3月26日の塾報告をさせていただきます。

まずはじめに食事のメニューからですが、前日が送別会でした。

新宿せいが子ども園の送別会では退職される先生が食べたい物を用意するのが、

恒例になっております。

ちなみに今年の退職者は3名おりまして、

一人はパエリア、二人目は豚の角煮、そして3人目が豚肉料理ということで、

保健の先生が「豚ロースのネギ味噌マヨ焼き」という、いかにもご飯にピッタリな物を考えてくれました。

というわけで、お肉料理ばかりということで、お肉がメインにならない物で考えた結果、「麻婆豆腐丼」にしました。

そして買い物にいつものスーパーに行くと、何やら入り口に行列が・・・

なんと入場規制がかかっていたのです!!これには流石に驚きましたし、並んで入ったところで、おそらく何も無いということで、別のスーパーに・・・。

そこは普通に入ることができました。

麻婆豆腐の豆腐を探しに行くと、まさかの展開です!

豆腐が一つも無いという状況!さらには生肉、生魚も全くなく、さらにはインスタント麺もほとんどないという状況!

ご存知の通り、ニュースでも騒がれておりますが、新型コロナの影響なのか分かりませんが、何もないという異様な光景でした・・・。

野菜はたくさんあったので、野菜を使った料理ということで、

塾長が「麻婆茄子にしよう!」と提案してくださったので、メニュー変更です。

この報告を書いたのは3月29日に書きましたが、

小池都知事から土日は自粛するようにと言われたのをきっかけに、さらに買いだめしている人が多かったのではないでしょうか?

ただ不思議なのは、土日は天気も悪く、日曜日は雪が降ったので、

外出する人も必然的にいなかったかもしれませんね。

さて肝心な塾の報告をしますね!!

今回は家庭の事情で参加者が少なく本多先生、柿崎先生、川辺先生、高橋先生と私と塾長を含めた6名でした。

その6名で塾長の今後の目標を話してくださいました。

今後、中国で見守る保育が広まり、塾長だけでなく塾生にも中国で話してもらうことで、活躍の場を色々なところに広げたいという話しから、

塾生がもっと保育に色々なアイディアを出し、それを活かすということです。

具体的には実践もそうですが、手作りおもちゃだったり、見守る保育を実践するにあたっての、具体的な環境です。

例にあがったのはボードゲームです。

よく塾長が講演でも話されますが、日本のボードゲームとドイツのボードゲームの違いです。

日本はどうしても将棋のように相手を打ち負かすのがルールのボードゲームに比べて、ドイツは数人と協力しないとクリアできないボードゲームが主流と話されているように、みんなで話し合って協力しながらゴールできるオリジナルなボードゲームを考えたり、子どもが自立できるような環境を考えて、作ってみたり・・・。

少しづつ自分たちが塾長から学んできたことを具現化し少しづつ実行する時期が近づいてきているのかもしれませんね。

※今回のテーマの潜龍について・・・

そんな夢のような話しから年度末ということで、子どもの話になりました。

塾長が教員時代のエピソードで、とても乱暴な男の子がいたそうです。

その子は教室の前から後ろの自分の席に行くまで、机の上に置いてあるクラスメートの筆箱やノートを片っ端から落として教室の後ろの自分の席まで行くという子でした。

そんなこともあり、塾長はなんとかその子を態度や性格を変えようと思い、

保護者の方に相談したところ、親は自分の子供に限ってそんなことは・・・

となかなか取り合ってもらえず、解決できないまま月日が経ち・・・

数年後、久しぶりに当時の生徒に会う機会があり、乱暴だった彼が、あれからどういう進路に行ったのか気になり聞いたところ、

都内の有名な大学に進学したと聞いたそうです。それを聞いて塾長が思ったことは

「保育士は万能ではない、見守る保育をしたから全ての子どもが良くなるとは限らない」

と感じたそうです。確かにそれは私も思います。

見守る保育はこれからの社会に絶対に必要な保育だと思います。

じゃあ、それを実践したから全ての子どもが絶対に良くなるというのは・・・難しいと思います。

ただ我々、認可保育園はパブリックな仕事だからこそ、

リスクは少ない方を優先するべきだと思いますし、

補助金で運営している以上、指針に沿った保育を展開する必要があります。

実際に塾長のここ数年の講演を聞いている方は実感していると思いますが、

今まで塾長が話してきたことが科学的に実証されてきていますし、

だからこそシンガポール、中国、韓国とアジアを中心に広がってきているのだと思います。

今日から新年度が始まりました。年長児は小学校に進学します。

最後の最後まで新宿せいが子ども園で過ごせて楽しかった!!と思えるように、

私ができることを子ども達と過ごして実感させてあげたらと思いました。(報告者 山下祐)

象徴機能 4

『字』についても塾長から話がありました。

(漢字を)書く(ことを教える)ためには字画が少ない字から教えますが、読みを教えるには具体的なものから教えたほうがいいかもしれない。

私が絵画指導をやった時に、前の子の目を見させて、『目』の写生をさせた。最初は点とか(子どもたちは)やるのだけど、よく見ると、まなこがあるじゃない。それ(出来上がった絵)を縦にすると『目』で、漢字を表してるじゃない。
よく見て書く(ことを積み重ねていく)と、物を表す漢字が読めるようになるよ。
そうすると、全然(何の漢字かを)言わないで、『耳』と『鼻』を書くと、殆ど(の子が)読める。
鼻(という字)は下(の部分)が鼻水垂らしたみたいに見えるんだろうね。

更に塾長から、

字画が少なくて、ものの形を言えるものということでは、『曜日』、月、火、水、木、金、土、日、などが入りやすい。

あと顔の部分、ね。

なるほど、わいらんすい(3・4・5歳児クラス)では朝の会で今日の日にちと曜日を確認するのですが、その曜日の部分が漢字である理由は、このような所にあったのですね。

だからこそ、三重苦を背負ったヘレン・ケラーの凄みを感じます。象徴機能の獲得に不可欠ではないかと一般に思われるような視覚のない中で、字を獲得していくということは、並大抵のことではありませんね。

観賞終了

学び深き時間をありがとうございました。

最後に、宮城さんから

世界文化社に所属する宮城さん。これから塾長の教えをより広域へ展開していく為にアイデアを貰えたら、とのことで、塾生一同頭を絞りました。

このような機会が増えることはもちろん塾生の学びにもなりますし、また塾生が届かない視点を、様々な先生方、先輩方から学ぶ機会にもなるように感じられました。

塾後、塾長宅のドアを開けると、外は春の匂いがしました。新しい季節、新しい風が吹いています。

(報告 加藤)

象徴機能 3

ヘレン・ケラー

赤ん坊の頃に熱を伴う病気にかかった後、視力と聴力を失い、話せない状態となる。顔の表情で大雑把な喜怒哀楽は表現できるが、具体的な細かいことまでは表現できない。また、甘やかされて育ったため、要求が通らないと相手を叩いたり周りにある物を壊すなど時折かんしゃくを起こす。人形遊びが大好き。(wikipedia)

塾長は言います。

目も見えず、耳も聞こえず、話すこともできない。そうすると象徴機能が発達しないから、いくら手話で『水』と教えてもそれが何を意味するか、がわからない。思い浮かべようにも見たことがないし、聞いたこともないから、だから最初まるで動物を育てるかのように育てられる。その人が世界的な有名な人になるんだよね。

そして、彼女に象徴機能を身につけさせたのが家庭教師のサリバン先生。

子どもの頃は、これを見ても意味がわからなかったけど、ね

と塾長。そして、

象徴機能が育たないってことは、逆に象徴機能を育てる為には色んなことを見たり聞いたりしないとその機能って発達しないってことだよね

幼少期における象徴機能の発達についての塾長の見解ながら、成人してからの成長にも当てはまるように思えてきます。百聞は一見にしかずのように、想像をしたり、人の気持ちを考えたり、思いやることや、言動に配慮をすることなど、人生の経験値がそれを可能にさせるものなのかもわからないと思えてきます。

また、森口先生は、

ちっち(0歳児クラスの子どもたち)でも(象徴機能を働かせたやりとりを)やってると思う

と言います。互いに、言葉にならない言葉のようなものを交わしながら、落とし所を見つけてやりとりをするような姿は確かに想像することができます。

今年のテーマである、象徴機能。これから日々の学びの中で、より深めていきたいですね。

更に夜は深まります。

(報告 加藤)

象徴機能 2

象徴機能とは、『今そこにないものを呼び起こす働き』のことを指す機能で、そこにないものを呼び起こす働きをする。つまり、意味するものと、意味されるものとを区別して使うことが可能になるということ。

塾長は続けます。

今そこに知覚しているものを手がかりにして、そこにないものを思い浮かべて、それに反応することが可能になる、ということ。

話は、具体的になっていきます。

1歳半から2歳にかけて象徴機能が現れ始める。今、目の前にない物事についても頭で思い浮かべて、実際に行動してみなくてもその様子を頭で思い描くようになる。つまり、具体的な知覚体験を基に、自分なりのイメージを構成し、それを利用して、時、場所をかえて自分なりのやり方で活動するようになる。

初期の活動として、遅延模倣。

例えばある子どもが「ガーン」「ゴーン」と言いながら、長方形の箱を動かして、時々箱を止めて、自分の体の動きも止めて「プシュー」と言った。というのは、電車に乗った時のイメージを基に後日、『模倣を後になって(家の中で)その特徴を再現している』、電車ごっこというかね。この模倣行為には『箱を電車に見立てる活動』『箱や体を動かしたり止めたりして電車に乗っているフリをする活動』が含まれている。ここでの箱や子どもdの音声、仕草は、電車という指示対象を意味するもので、すなわち象徴、音声言語に限らず、言葉の発達そのものには象徴機能の発達が前提である。ということは、象徴機能の最初は音声言語。今ないものを言葉で言うことでそのものを指すことをする。例えば、うさぎと言うとうさぎをイメージするような。

3歳くらいになると、今度子どもはフリや見立てを複雑に組み合わせて、虚構の世界を作り上げるようになる。絵本を何冊も抱えて持ってきて、大勢を集めながら一冊ずつ開いては、「うんうんうん」「〜でした。おーしまい。」などの様子を観察することができる。この場合子どもはまだ字が読めていないのに、いかにも読んでいるかのように見せている。それは単なるモデルの模写ではなく、自分のイメージや知識に基づいてして演技をしているのだ。

やがて子どもは遊びの中で役割を意識し、それにふさわしい動作を思い描き、状況を設定することによってごっこ遊びが展開されるようになる。

以上のようにして象徴機能が発生する。

それではこの機能が十分に形成されていない子どもにはどのような問題点が発生するだろうか。

塾長は続けます。

象徴機能とは、今そこに知覚しているものを手がかりにして、そこにないものを思い浮かべてそれに反応するということが可能になるということだから、象徴機能の獲得が困難な子どもは、やっていることの意味がわからない、意味が見えにくいのである。本来ならば多機能、いろいろなところの発達と共に人とのコミニュケーションが意味をもって受け止められていくのだが、それができていないと、大人のやっていることの意味が見えにくい。また、自分のもっている力が意味をもって中々使えないのである。家の遊びでも生活でも中々広がっていかない。象徴機能に弱さがあると中々言葉が出てこない、或いは言葉があってもそれが意味あるものとして使えず、ただやっているだけになってしまう。

言葉が中々出てこないということは、自我の育ちとも大きく関連していて、行動面では大人の意図を受け止めての行動とはなりにくい為、どうしても欲求に支配された行動となりやすく、また、自分のやりたいことを相手に上手く説明できないために、パニックに陥りやすくなる。

そこで塾長から映画『ヘレンケラー』の提案が

60年近く前の映画から、最新の知見を得る夜となります。

(報告 加藤)

象徴機能 1

春も近付く臥竜塾。今夜のメニューは、

みんな大好きチャンピオンカレー
みんな大好き柿崎先生がコトコト温めて下さって
みんな大好き川邊先生はアスパラの下ごしらえを
今日の特別なトッピング
持ってきて下さったのは宮城さん

ウィットに富んでいますね。

塾長は龍のお皿で
ほうれん草も添えられて

高橋先生の手によってよそられていきます。

更に鳥の唐揚げ、その上からルーをかければ完成

今日は塾頭山下先生からのホタルイカも

豪勢な夕ご飯となりました。とても美味しかったです。

ご馳走様でした。

この日は、それぞれの好きな食べ物の話から。

それぞれに大臣という役割を持つ塾生ですが、改めて大臣の定義を確認。

三食食べたい程に大好きな食べ物

宮城さんは、お刺身、とのことで、今度はそれに因んだ夕ご飯になりそうですね。

因みに高橋先生はキムチ、納豆。確かによく食べています。体にいいものを選ばれるところはやはり高橋先生ですね。

会話は弾み、いよいよ本題へ。次年度のテーマでもある『象徴機能』について、学び深い夜となりました。

(報告 加藤)

コロナ

新型コロナウィルスに関する動向が気になる今日この頃ですが皆様手洗いうがいは忘れずに行っているでしょうか。外から帰ったときや子供の排泄を手伝った後などはいつも以上に念入りに手を洗ってしまいますね。

正直騒ぎすぎではないかと思うこともありますが、ならずにすむなら病気にはなりたくないものです。

未知というのはなんであっても怖いもので我々がコロナを怖がる思考と子供達がお化けや鬼を怖がる思考というのは同じなんでしょうね。

ちなみにコロナウィルスは拡大すると冠状の突起がいくつも表面についていることからこう呼ばれているそうで学術的な名称は未だに正式にはついていないそうです。

それでは3/4の塾報告です。

今日はなんと様々な事情が重なり塾生5人+塾長というなんとも珍しい塾になりました。この臥龍塾がはじまった当初の人数がこの人数だそうで開塾からずっとこの臥龍塾を支えてきてくださった諸先輩方は昔を思い出して盛り上がっていました。

メニューは加藤先生考案のカップ麺です。(加藤先生は事情により不参加です)

スーパーで塾生がカップ麺をあーでもないこーでもないと選んでいる姿は面白くまた珍しく、なんだか笑ってしまいます。

6人しかいないのにカップ麺は8個ありますね。

誰が何を選んだか是非予想みてください。

食事を終え一段落ついたら食の起源の最終話を見ようということになりました。

私は前回の報告でも食の起源についての報告をしたのを思い出し、そういった縁なのかと思った次第です。

最終話はズバリ「美食」についてです。

自然界に生きる動物達は生命活動を維持するために食事を行いますが、人間だけは味を楽しむ、という生きることとは別の意味を食事に持たせます。

果たしてそれはなぜなのか、どういった進化を遂げたからなのかこの最終話で明らかになりました。

まず1つ目のキーワードは苦味です。そもそも苦いものには毒があることが多く、生き物は苦味を感じると吐き出すように本能に刷り込まれていたそうです。しかし氷河期の訪れで苦いものしか食べるものがなくなった時、苦味のある食材に栄養のあるものを見つけ、それをより多くとるために苦いものを美味と感じるように進化していったそうです。

次に2つ目のキーワードはにおいです。人のにおいを感じるセンサーは味を感じるセンサーの10倍あるそうで鼻から感じるにおい以上に口の中にたまった風味をより強く感じることで美味と感じるそうです。幼いときはよく苦手なものがあるなら鼻をつまんで食べろ!といわれましたが、つまんで食べても飲み込んだ後の後味のような風味からどうやっても逃げられなかったのはにおいを感じるセンサーのせいだったんですね。

そして最も大切な3つ目のキーワードが共感力です。人は誰かが美味しそうに食べていると自分も食べたくなるそうで、チンパンジーを使った実験では一匹ではほとんど食べなかった苦い薬を塗ったリンゴを仲間が食べているのを見続けたところ食べ始めた、という驚きの結果が出たのです。これは園でもよく見る光景で、これみよがしに給食を美味しい美味しい、といいながら食べると子供たちの箸の進みもよくなるのをいつも感じていました。みんなで食べると美味しいね!という言葉は科学的に根拠のある台詞なんですね。

食というのは人にとってなくてはならないもので人が何よりも拘りをもって進化させてきたものの1つです。そしてそんな食の進化の中にあったのが人と人との関わりでした。大学時代に受講した余暇に関する授業でも、初対面の人と仲良くなるための最も効率のいい方法は共に食事をすることだと教わりました。近年個食や孤食が問題になっているからこそ、食やそれ以外の進化の中に、確かに、そして根強く存在する人との関わりということを今一度よく考え、実践していかなければならないのでしょう。

次回は塾生みんなで集まれることを祈り締めとしていただきます。

(報告者 髙橋)

最初と最後は同じで

2月12日の塾報告をさせてもらいます。今回の塾でしばらくの間、身を鶴見の方へ移す方がいらっしゃいます。その方は若いながらも、藤森先生の助手を務め、リーダーシップも存分に発揮し、新宿せいが子ども園では多彩な才能(運動会の体操では自ら選曲、編曲、ダンスの振り付けを考え、貢献してくれたり、雑巾掛けのワールドカップを開催してくれたり、お泊まり会ではお茶を教えてくれたり…etc)を発揮し、なくてはならない存在へと成長を遂げ、また塾生をしっかりと支えてくれる頼もしい存在でした。ただ、似顔絵を書いてもらうとなぜは少しだけ、あごが強調される可愛い方です。

新幹線の中でこの格好をするメンタルの強さ…尊敬します。
塾旅行の際は必ず被ってきてくれていました。この格好で街を練り歩き、何人彼を振り返っていたであろうか。このメンタル…リスペクトします。

西村氏

鶴見にあるお寺に修行に入られます。出てきたときの変化はより頼もしくなっていることでしょう。頑張ってきて下さい。

今回のメニューですが、西村氏が学生の頃初めて塾に参加した時に食べたというレバニラがリクエストに上がり決まりました。そして、以前塾頭がメニューを決めた時のメニューが大変お気に召したようでそちらもオーダー頂きました。

こんなに大きなレバーを塾頭が捌きます。
たっぷり。
「スープは俺に任せて下さい!」と西村氏
(前回はまったスープを自ら再現)
手前は塾頭がレバニラをのもやしを炒めます。
この作業が塾では大事なんです…
料理を作り終わったら終わりではございません。
すぐさま使った食器を洗っておくことで余計な洗い物を減らす、これは料理の基本?ではないであろうか。こういった小さいことも塾で経験します。よりスムーズに…見通しを持って。
できたのがこちらです。
レバニラもスープ(もはやスープではなくおかずです)
最後にスープにご飯をコメを入れると絶品でした。

是非みなさんも作ってみて下さい笑  ←ここをクリック!笑

一方、食事中には少しだけ振り返りを…
初めてきた時、どんなことした?という質問から

「塾生の自己紹介があってその時にカッキーさんに阿部慎之助に似てません?」
と話したこと笑

そして塾で食事が終わってから食器を洗っている時におふざけがすぎた塾生に対して塾長に何してるの早く来なさいと愛のムチをいただいていたという思い出話でした。今も何も変わってないことに恥じらいを感じる塾生でありました笑

そんな思い出話をしながらもしっかりと保育の話で盛り上がるのが塾のいいところであります。

今、見守る保育が世界に広まりを見せ、様々なところで子どもの主体性を大切にする保育があげられています。その中で子ども集団の話とゾーンの話が上がり、
「納豆理論」のできた話、「ゾーン」ついてを塾長から伺えました。

「納豆理論」
納豆のように一粒一粒が大事にされてそのままの形が残ることがこれからの集団のあり方だと言われていた。しかし本来は納豆というのはそれぞれの粒が残ることではない。ミュンヘンの保育大会に行った時にインクルージョンというテーマで行った時閉会式でイギリスの教授と次の時代はどういう時代でしょうかねといったら「コーヒージョンじゃないですかね」と言っていた。そのコーヒージョンといのを調べてみたら、『粘着』という意味だった。それから自分なりに考えた結果、粘着といえば「納豆」だろうと思いついた。それはインクルージョンというのは個々を認めようという考えであるけれど次の時代は粘着ということはそれぞれが糸を引いてつなぎ合って行くこと、今までは個であったけれどそれがつなぎ合って行くことが次の課題であろうということ。「納豆理論」というのは一粒づつが残るだけではなくて糸を引いてそれがつかず離れずして、それをようくかき混ぜれば、糸がいっぱい引いて、旨味をます。だから、集団というのがそうやって生まれることでだんだん味わいが出てくるという意味で「納豆」と言っている。

↑クリックすると臥竜塾ブログへと進みます。

ゾーンについて
ゾーンというのも使い始めているところが出てきているがコーナーの代わりに使っているが私の場合はゾーン体験をそこでしていくという意味がある。
ゾーンとフロー ゾーン ←改めて読むと勉強になります。 

そんなお話を伺えました。

締めのコーヒーはいつも西村氏が入れてくいれます。
「最後最後って言うけれど最後じゃないしねー」と森口氏の言葉はまさにそうですね。
いつも通りの塾で次にまた参加してくれることでしょう。
少しだけお祝いを笑
最後には今月2歳児クラスの発表者である森口氏のプレをみんなで見ました。
さすが森口氏ですね。私も勉強したいと思います。
コーヒーをいただきながら見させて頂きました。
2月の臥竜塾セミナーよろしくお願いいたします。

報告者 本多悠里

2019年臥竜塾覚年会 2

恒例の一人一言。

加藤から

「すいすい組(5歳児クラス)の担任を、チームの先生方のお陰で本当に楽しくやらせてもらえました。子どもたちが子どもたちらしくいられたのは、いつだって足りない所を補ってくれたチームの先生方のお陰です。感謝の気持ちでいっぱいです。」

高橋先生

「一年目で、塾長の側にいられたことがとても大きかった」

「自分を自由にさせてくれる今のクラスの先生方のお陰で、自分のしたことの良し悪しを感じることができる」
「子どもを信じるということは、何をしたら信じるということなのだろう、とても考えさせられた」
「信じられるからこそ一歩引いて見守ることができる」
「塾長が仰っていた『子どもは面倒くさがらない』という言葉、子どもを信じないで手を出すと面倒くさい、という意味でなく大人を頼ってしまう」
「そういうことを実感した一年だった」

塾長より

臥竜塾ブログのコメントを丁寧にやっている。そのコメントから成長を感じる。欠点だと思うところを自分で気付くことができると、教わって変える、教えて変えるよりも、自分で変わることができる。

柿崎先生

「昨年2月から調理の献立を立て始めて1年、やり方がわかってきた、業務内容を考えて立てられるようになったかな、新しいことを始めた年だった」
「塾長が『少数精鋭の方がご飯が美味しい』と言ってくれる。行事食など、毎回必死ではあるが、しかしそれは調理の表現の場と考えている」

「場合によっては15時に昼食を取ることも。『やっと座れたね』チームの皆で言い合いながら、でもそこには達成感がある。皆で一丸となってやれている感じが楽しい」
「パートの先生が年内最後の仕事納めの日、0・1歳時クラスの子たちがハイテーブルの下で遊んでいる姿を見て『今はああやって皆で遊ぶことが楽しいのかな』と言ったことを受けて、『ある保育の考え方では3歳からしか関わらないと言われている』と伝えた。『家庭でしか見ていない姿だからかもしれないね』というパートの先生の返答を聞いて、現場でしか見られない姿が見られる環境に自分がいるということを改めて感じた。塾セミナー等で発信していくことの大切さを改めて感じた」

塾長より

多い人数で普通にやっていると減らすことはできないが、少ない人数でちゃんとできて、しかも余計美味しいならそこに人をプラスすると、余計なことが出来るようになる。人数に甘んじるのではなくて、工夫をしていくことが大切。

森口先生

「塾生として話をする機会が沢山あった」

「それは僕の好きなこと。それを塾長が道筋をつくってくれていた。前々の年からこういう道筋を作ってくれていたことを感じる一年だった」

「人前で話せば話すほど学ばなければならないこと、理解していないことが沢山あることを感じた」

「来年も皆で一緒に学べると思うと心強い」
「今年度ちっち組(0歳児クラス)を担当した。大人数で働くことの楽しさ、難しさを感じる一年だった」

「仕事がうまくいった時の喜びは大きく、凄い充実感を味わった」

「『人と人との関係で人は幸せになる』という塾長の言葉を改めて実感した」

「ちっち組(0歳児クラス)の先生方があれだけ子どもたちを丁寧に見ているとは想像を超えていた。自分の子どもを見る目や距離感も変わらないと、と感じた」

塾長より

森口先生は自分で考えるという面が強く、少し離れるとズレていくことがあるような気がして、なるべく話しかけるようにしている。

でも、役割が見つかってよかったね。

本多先生

「この3年間、職員室フリー、すくすく組(一時保育)と、二人チーム保育をやってきた」

「共に働くパートナーの大切さを実感した」

「同時に行事の際の大道具や裏方に回る仕事、用務に近い働きを沢山経験することができた」

「クラスをどう支えるか、その醍醐味を3年間味わえたことはとても大きかった」
「すくすく組(一時保育) は楽しい、子どもの可能性を引き出してすぐに保護者に伝えることができる。見守る保育Fujimori methodを伝えられる場でもあり、地域のコミニュティの一つであることを感じる。子どもってやっぱり凄いな、と改めて感じることができた」
「来年はもっとせいがに貢献したい」

森口先生より

「本多先生は一つ上にいった。ステージが上にいった。」

塾長より

じゃ、コメントはそれで。

(笑)

次は、横田先生、西村先生、山下先生です。

(報告 加藤)

2019年臥竜塾覚年会

新しい年になり、あっという間に2ヶ月が経ってしまいました。

遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。

遅れに遅れてしまった昨年の臥竜塾覚年会の報告です。

東京タワー

今回は、昨年同様「焼肉チャンピオン」の東京プリンスホテル店へ。昨年、塾長と行けなかったあの場所へもう一度塾長と行きたい、という塾生の願いが叶いました。

ビルに映る東京タワー

美しい景色に心躍らせながら、

到着
乾杯は森口先生

「えー、話は長くなりますが(笑)」と切り出された挨拶に、

真剣な表情で聞き入る
西村先生

「しっかりと学び、目的を持って見守る保育 Fujimori methodを発信していける存在へと、塾生一同、これからも精進していきましょう」

有難い言葉で、会が始まりました。

先生から韓国出張の
お土産「爪切り」

嬉しいお土産をいつも有難うございます。

美味しいお食事
美味しい梅酒で
ほろ酔いの森口先生
ほろ酔いの森口先生
森口先生
森口先生
名物「ざぶすき」
締めは三種類の中から

とても美味しいお料理の数々でした。

そして、恒例の一人一言。塾長からコメントもいただきながら、一年を省みるとても良い機会をいただきました。

(報告 加藤)