怒るのではなく…

5月10日の塾報告をさせていただきます。

今回の塾は、前半に、オフラインでやり、後半ではzoomを使ってオンラインでのハイブリット式での塾でした。前半後半ともに、とても楽しい話でしたが、今回の報告では、前半の話をメインで書かせていただこうかと思います。

早速ですが、今日の内容に入っていきたいと思います。今回の塾では、初めに、報告者である横田の方から話のテーマを出させていただきました。自分が出したテーマは「子どもとの距離感」ついてです。現在自分は3、4、5歳児クラスを担当させていただいています。そして、昨年度は2歳児クラスを担当していました。当たり前ではありますが、担当するクラスといいますか、子ども達が変われば、援助の仕方も距離感も変わります。3、4、5歳児クラスで、このくらいはできるかなと思いつつも、余計な手を出してしまうこともあります。子ども同士が喧嘩をして、他の子が「先生、〇〇ちゃん達が喧嘩してるよ」と聞くと、「どうしたの?」と首をつっこんでしまったり、逆に、突っ込まなかったりすると、先輩の先生から「あそこは、ちゃんと関わってあげてないと。見守るの‘守る‘の部分ができないでしょ」と教えていただいたりします。

自分は、6年目になりますが、いつになっても、この距離感は難しいなと思い、他の塾生はどう考えて保育しているのか、悩んでいることはないのか聞いてみました。

太田先生

手を出しすぎたりすると、子ども達の成長の機会を奪ってしまうと思うと、やっぱりどうしたらいいか悩む部分はありますね。。。

伊藤先生

子ども達にあまり強く言えないくて、、、。他の先生達は言う時は言うし、メリハリがあるというか。まだ、厳しく言えないですね。

→本多先生:でも新人先生たちは知らないから言えないよね。逆に、新人の先生は、子ども達を受け止めてあげる存在であることも大切だと思う!

さの先生

もう、怒ってないですよ。まずは信頼関係だと思うので。接しないとどう言う子なのかもわからないので、まずは、話を聞くようにして、子どものことを見極めるように心がけています。怒るのは、本多先生や他の先生がやってくださっているのでwww

中村先生

自分去年わらすで、子ども達が先生を選んでいることがあった。きっと、これは怒られるんだろうなという時は、自分のところに来ていましたね。でも子ども達に「怒らない先生」と勘違いされるわけにはいかないので、他の先生達がどんな伝え方をしているのか、見るようにしていました。

塾長

研究で「赤ちゃんがはって行ってカドを曲がった時に、どのくらいで心配になって見にいくか」というものがあり、男性は、女性の3倍長く見に行かないという結果があるそうで、しかし今は、男性の方が早くいくようになってきている。男性と女性がいうわけではないが、感覚は違っているそうです。

塾長は、人に怪我をさせたり、怪我をする時以外は怒こる必要はないと思うそうです。人の命が一番大切なので、そこは理由もなく止めないといけないですが、片付けをしないや、ごろごろしているくらいで、怒る必要もないと思う。また怪我をさせないまでも、人の邪魔をしたり、迷惑をかけたりしますよね。私(塾長)はあまり職員を怒らないんですが、嫌なことをされた時は、すごく嫌な顔をするようにしています。先生たちも、怒るのではなく、露骨に嫌な顔をすればいいと思う。怒られるのも、遊びの一つになってしまうこともあるので、、、。恐怖与えるのはもっとおかしいし。

他にも怒るのではなく、環境を整えるのも大切。

例えば、子どもが、熱湯の入ったヤカンを触ろうとしていた時に、もちろん注意しますが、それは、子どもにではなく、置いていた大人に対してです。子どもは、置いてあったら触ってしまうし、「ダメでしょ!」ってよく言うが、ダメなのは、置いた大人でしょ。注意するくらいなら、そうならないような環境にしておくべきだと思う。怒って注意しても、子どもの成長に繋がらないよね。怒っているのは、大人が悪いのに、子どもが悪いように転換しているように感じてしまう。もちろん、怪我しようとか、危険な場面とか、言い聞かせなければならないことも多々あるとは思うけど、それは教えてあげればいいだけで、怒ることでもない。例えば、机から飛び降りている子がいて、もちろん注意しますが、まあ、そういうことも面白いよねと共感してあげることも大切。そして、今度、飛び降りられるところを作ってあげるねといって、飛び降りられる環境を用意してあげればいい話で、子どもの行動は、次、何を用意したらいいのかを示しているとおっしゃっていました。

本当にその通りですね。怒られた子どももですが、怒る大人もいい気持ちはしませんよね。くらい気持ちでの保育は正直、楽しいものではありませんし、楽しくなければいい保育もできない気がします。子どもたちの欲求を満たせる環境を作ることの大切さを感じました。

怒らないためにも、こんな事例もあったそうです。

片付けの時にどうしても、やらない子どもがいたりしますよね。以前、小松崎先生がやっていたそうですが、お片付けの箱に、しまうものの形の穴が空いた蓋をしてみたそうです。すると、お片付けが型落としのような遊びに変わり、進んでやるようになったみたいです。そういうのをすると、怒る必要がなくなるよねとも話されていました。保育で、叱らないではないですが、どうやったら楽しくできるかを考えるのも大切ですね。

本多先生:本当にこんなの楽しそうですよね!って気軽に言い合える環境も大切ですよね。

以前はお集まりになかなか来ないことがあって、その時は、椅子のどこかに、紙をはって、ラッキーボーイ、ラッキーガール的なものをつくったりもしたそうです。

すごいですね。確かにそんな楽しみがあったら座りたくなりますよね。そう言った発想、とても大切ですよね。

そんな話を終え、前半の塾が終了し、後半はzoomを繋ぎ、外部臥竜塾の先生方も参加され塾は進みました。それぞれの悩みや面白かった話を聞きながら、賑やかな雰囲気のまま、塾は進みました。園庭に亀がいたという話や、コロナによって変わった子どもの姿など、とても勉強になる内容でした。楽しい時間はあっというまですね。

素直に、「はっ」とさせられる話ばかりで、明日からの保育がとても楽しみなった、そんな内容の塾でした。

報告者 横田 龍樹

4月27日〜愛着と九州〜

4月27日の塾報告をいたします。

この日はまず園長先生から「愛着」についての話をしてもらいました。

どういう経緯で乳児担当性という考えが生まれるに至ったのかも詳しく聞かせてもらいました。それはボウルビィの愛着理論がもとになっているのですが、しかしこの理論は両親のいない孤児院で育てられた子どもの高い死亡率と発育の遅れから生まれた理論であり、これを保育に当てはめるのはどうなのだろうかという話は改めて、納得させられるものです。

人類はこれまでの歴史を通して、親と子どもだけで過ごしてきた時期はないと園長先生は解説します。か弱い存在であったホモ・サピエンスは毎年子どもを出産することで、種を繋いできた。そして、そのために子ども同士が集められ、共同保育をされることで、次の子の出産を可能にしてきた。その共同保育の中で、子どもたちは他者と触れ合うことが自然であり、様々な能力を育んできた。

また、私たちが守らなければいけない保育指針の中には「愛着」という言葉はひとつ記載されていないこと、「特定の人」という言葉はあるが、これはちゃんと解釈していかなければいけないこと。

改めて、園長先生があらゆることを総合的に見、現実の子どもから保育を構築してきたということを感じる時間になりました。

さて、次はzoomをつなげて外部塾生との交流の時間となりました。

まずは長崎県の西村くんからの出張報告です。

4月にあった長崎県見守る保育研究会主催の理論武装の会では西村くんが藤森先生と共に助手として、出張に同行しました!

長崎の見守る保育研究会の園の園長先生たちと藤森先生は臥竜塾よりさらに上の「見竜塾」という会をもっておられ、今回は久々にその見竜塾が行われたという報告がありました。みなさん、集まるのも久々で、近況報告が主になっていたそうですが、やはり、みんなで集まって話をするというのはいいですよね。

私も何度か見竜塾に参加させてもらったことがありますが、旅館の一室にみなさんが集まる、あの雰囲気、とても好きです笑。

藤森先生の研修の内容についてもsociety5.0時代に必要な力はまさに見守る保育藤森メソッドで大切にしてきた子どもたちの姿であることなどに始まり、そんなことから思うは、ずっと藤森先生が話してきたことをやっと現実的な取り組みとして考えがまとまってきたり、多くの人が気づきはじめたというそんな印象を受けるなということでした。

西村くんとしても、今回は移動の時間が多くあったこともあり、最近考えていること、悩んでいること、近況などの多くを藤森先生に話すことができて、とても充実した時間で、楽しかったという話がありました!

そして、長崎から先生と西村くんは鹿児島県に移動します。

鹿児島県でも、「保育を磨こう会2022」ということで、

鹿児島GTのみなさん、150名が集まっての研修会が行われました。私、森口もこの鹿児島から先生、西村くんと合流し、研修に参加させてもらいました。

感染対策をしっかりし、誰がどこの席に座っているからも把握し、万が一の時の対応もされ、大きな会場の中で、今回の研修会を実行された鹿児島の先生方の行動力の凄さを改めて感じました。

やはり藤森先生の話をライブで聞くということの大切さを改めて感じました。

同じ話であっても、耳からの感覚と、ライブでの体全体、五感を通して話を聞くのでは入ってくる言葉、関連する思考というのが全然違ってくるように思います。

報告は私の鹿児島報告にうつりましたが、私が特に印象的だったのが、その日の宿についてでした。

詳しくは控えさせていただきますが、某旅行サイトでの評価が4.9という宿ということもあり、どんなところなのだろうかと思っていたのですが、ナビが示すのは、どう見ても民泊施設。車内の誰もが、ここではないと思い、再度ナビを頼りに進むのですが、やはりそれでもナビが案内するのは民泊施設。

結果的に、ご飯も美味しく、温泉も素晴らしかったので、よかったのです笑。

見た目で判断してはいけませんね笑。

報告者 森口達也