ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE FINAL

保育園の騒音問題。これは最近、世間でもとても注目されていることのように思います。

東京都では、〝遮音壁〟を園舎に導入するにあたり、補助金が出されるそうです。

藤森先生は「それはおかしいのでは。」と仰られました。確かに、遮音壁は声が外に漏れることを防ぐでしょう。しかし、問題はそのことではなく、「子どもたちが騒音の中で過ごしていること、それが問題なのではないか。」という、藤森先生の仰る通り、子どもたちの日々の生活を問題にするという視点が欠けているように思えてきます。日本の保育園によく見られる吹き抜けのない天井、フローリングの床、と、音がダイレクトに反響してしまう環境が余計に子どもたちの声のボリュームを上げさせている要因となっているのかもしれませんね。実際、「建物の構造の理由で子どもが静かなこともある。」ということで、例えば新宿せいが保育園で用いられている床材は〝リノリウム〟という音の吸収率の高い床材を用いています。また、日本伝統の〝畳〟も反響しない床材の最たるものということで、こういった床材へ目を向け、環境を再構築することが、壁を厚くすることよりも騒音問題を考える上でとても大切なことのように思えます。

藤森先生は続けます。

「共に考え、深め続けることをしている時。こうしたらいいんじゃない?と子どもたち同士、友達同士で話している時に聞く力は育まれます。」

そして、

「話す力は提案する力です。」

前に立って話す先生の話を黙って聞くことが〝聞く力〟ではなく、自分の考えや思い、自己を主張することを大勢の前で恥ずかしがらずにできることが〝話す力〟でもない。遊びの中で生まれる相手の提案に〝耳を傾けること〟、そしてその提案することそれ自体が〝話す力〟であるという解釈はとても新鮮で、とても心に落ち着く内容を伴っています。

「新宿せいが保育園の子どもたちはとてもいい会話をしています。いい会話は騒音になりません。」

「騒音とは、大声を出すこと、奇声をあげること。」

こう続けられた後、最期に藤森先生はこう結ばれます。

「騒音問題の解決は質の良い会話をすることです。」

現在、毎週木曜日、週に1日を〝研究日〟として設け、山下先生や西村先生、森口先生を中心に子どもたちの姿を追っています。

実際に子どもたちはどれくらいの距離離れた子にどれくらいの声の大きさで話し掛けているのでしょうか。また、どのゾーンが一番会話がなくて、どのゾーンが一番大きな声が出るものなのでしょうか。ゾーンを設定する上でとても重要な内容について、データが集められています。

そして、ゾーン毎に繰り広げられている子どもたちの会話はどのようなものなのでしょうか。子どもたちの〝会話の質の高さ〟そのデータもまた、同時に集められています。

藤森先生は仰ります。「こうやればいいんだ、という目処がついたらGT園にそのやり方を伝えていきたい。」

〝見守る保育〟が、子どもたちを愛する保育者のすぐ側へ、すぐ手元へと落とし込まれ、誰しもが実践できるものへと練り上げられていくその道中に藤森先生はおられる、ということを改めて感じ、この度の講演は幕を閉じました。

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先生の講演を聞きながらとったメモを元に、その内容を咀嚼した上で報告をあげていこうと思い付いたはいいものの、とても時間がかかってしまいました。「100ページ以上のスライドの中からほんの15ページ」程の内容と藤森先生は仰っていましたが、時間にして2時間、本当に心打たれる内容でした。

とても勉強になりました。有難うございました。また藤森先生のお話をこうして聴ける日を心から楽しみにしています。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 9

〝質の高い保育〟とは。その答えの前に、質の高い保育がなぜ子どもたちにとって必要なのでしょうか。厚生労働省が提示している『保育をめぐる現状』の中の『海外の調査研究』における『保育・幼児教育の効果に関する海外の調査2』の中にはこのように書かれています。

(太字をクリックすると厚生労働省が提示している『保育をめぐる現状』の全文を読むことができます。)

1)保育の質の高さ(特に、保育者の言葉がけなどプロセス面)が、乳幼児の知的能力や 言語発達と関連。

・3歳になるまでに質の高い保育を受けた子どもは、そうでない子どもと比べて、3歳にな るまでの期間を通してやや高い知的能力と言語発達が見られた

・特に保育者の言葉の使い方(質問、応答性、その他の言葉がけ)が重要

・3歳になるまでに質の高い保育を受けた子どもは、そうでない子どもと比べて、4歳半の時 の言語能力や数字の理解といった標準テストの成績も良かった

※ただし、いずれも家庭や両親についての要因の方が、保育の質よりも子どもの発達に影響。

※この調査における「保育」とは、母親以外のものによって、業として行われるものをいう。

2)保育者(教師)と子どもとの良好な関係(3歳時点)が、小学3年時の学業成績に影響。

・特に、母親とのアタッチメントが不安定である場合、保育者(教師)と良好な関係をもつ経験による効果が大きい。

(読み易さに配慮し、各文章の文末にある(NICHD, 1999; NICHD, 2000)などの箇所を省略しています。)

1)ではプロセス面、取り組みの途中の重要性が説かれています。

「散歩もいく途中の声かけが大切です。」と藤森先生は仰いました。途中にある景色、風景、出来事を子どもたちと共に楽しむ。それと同じように、何かに取り組むにしても、「結果よりも取り組んできた過程を褒めること。」もし結果がだめだったらだめなのか。それは言うまでもないことで、「出来栄えではなく、過程を褒めることが大切です。」と藤森先生は続けられました。

出来栄えではなく、過程を褒めること。そこに保育者の〝言葉がけの大切さ〟というものが改めて見出されるように思います。

更に、2)について。初めて目にする方にはかなり衝撃的な内容だと思うのですが、「もう親のせいにはできませんね。母親とのアタッチメントが不安定である子程、保育者が可愛がってあげなくてはいけないということです。」と、とても印象的な言葉で藤森先生は説明をされていました。

質の高い保育の必要性。最早異論を唱える余地が見当たりません。

さて、それでは〝質の高い保育〟とは。その答えとなる、『保育・幼児教育の効果に関する海外の調査4』に触れたいと思います。

1)すぐれているプリスクールの特徴を分析した結果、共通点が確認された。特に、保育者と子どもたちとのかかわりに関する共通点は、以下の二点。

1保育者の子どもたちへのかかわりが、温かく、応答的であること

2「ともに考え、深め続けること(Sustained Shared Thinking)」と呼ばれるかかわりを含む、保育者と子どもたちの質の良いかかわり。

2)他にも、すぐれているプリスクールほど、子ども主導の遊びや活動、子どもが中心で教師がつなぎ発展させる遊びや活動が多いという特徴。

(読み易さに配慮し、※←などの注意書き含む一部を省略しています。)

「応答的とは、子どもがこっちに言ってくることに答えてあげることです。」と藤森先生。何ともシンプルで分かり易い表現ですね。それが対象が赤ちゃんであれば、「赤ちゃんの反応に合わせて、反応してあげることです。」例えばお腹が空いた時、オムツを替えてほしい時、その時に反応してあげること、ということです。「それが自発性につながります。」自分から発信したものを周囲の大人が感知してあげること。その中で自発性が育まれていくということを学び、改めて〝応答的〟であることの大切さがわかります。そして、それは職員間、人間関係についても同じことで「リーダーは応答的であること。新人と共に考え、深め続けることが大切です。」と藤森先生は言及されていました。

また、〝スマートフォンやお便り帳がこれを阻害しているのではないか〟という話もあり、とても興味深く思いました。赤ちゃんは大人の〝視線〟がわかります。外でスマートフォンに目を向けながら子どもに対応している親を目にすることがありますが、子どもはそれを応答的と感じることができません。また、お迎えの際に何よりも先にお便り帳を読んだり、会話ができるようになってからも子どもに話しかけることもせずにお便り帳からその日の様子を知ろうとする親もいるようで、〝質の高い保育〟をこうして真剣に考えた時、保育の先進国のように国の定めとしてお便り帳がなくなれば、とどうしてもそのように思ってしまうことは仕方がないことのように思えました。

そして、藤森先生が「これが私たちの目指す保育です。」と仰られた〝2) 子ども主導の遊びや活動、子どもが中心で教師がつなぎ発展させる遊びや活動が多い〟は、見逃すことができません。自分たちの創り出す環境がこのようになっているだろうか、改めて省みる機会を与えていただいたようでもありました。

講演もいよいよ後半に差し掛かかります。最後に藤森先生は〝保育園の騒音問題〟について触れられます。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 8

「〝知ること〟や〝やること〟を挙げることよりも、〝知ろうとすること〟〝やろうとすること〟という学習態度、学習意欲へのアプローチが大切である」

それは、ノーベル経済学賞(2000年)の受賞者、ジェームズ・ヘックマン教授が〝ペリー就学前計画〟を基に研究されています。

このことは12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2014年1月26日『非認知能力』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

〝この研究は、幼児教育をおこなった子どもと何もしなかった子どもを追跡調査し、40歳の時点で比較したところ、高校卒業率、平均所得、生活保護受給率、逮捕者率などに差が現れたという研究で、1960年代からアメリカで実施された「ペリー就学前計画(Perry Preschool Project)」といわれる比較実験です。それが、ヘッドスタート計画の発端になったのですが、これを基にヘックマン教授が、さらに研究をしたのです。それは、少ない国家予算の中で、何を優先させることが将来その予算のかけた見返りが大きいかということの研究なのです。

ジェームズ・ヘックマン教授らは、公共投資の観点から幼少期の教育の重要性を説いた論文を発表し、近年日本の教育関係者の間でも話題となりました。この調査では、対象となった子ども達が成長して40歳に達した最近まで定期的に調査が実施され、比較分析の結果がまとめられているのですが、就学前教育を受けた人達(以下「実験群」)は、受けなかった人達(以下「対照群」)に比べて、高校卒業資格をもつ人の割合が20%高く、5回以上の逮捕歴をもつ人の割合が19%低かったとされています。また、月収2000ドルを超える人の割合は実験群が対照群の約4倍、マイホームを購入した人の割合も約3倍であった、との結果が出ています。

 その研究から、違うことも見えてきました。それは、IQ(知能指数)を長期的に高めることに、就学前教育による特段の効果は認められない、との報告がされていることです。つまり、たとえ乳幼児期などの早い段階から教科学習を開始したとしても、長期的にIQを向上させるという面では効果が薄いということがわかったのです。では、就学前教育・幼児教育の効果が最も顕著にあらわれたのは、一体どのような分野だったのでしょうか?

 ヘックマン教授らの論文によると、就学前の教育を受けた子ども達が最も伸びたもの、それは、学習意欲をはじめ、誘惑に勝つ自制心や難解な課題にぶつかった際の粘り強さなどの「非認知能力」であった、とされています。論文では、これら非認知的な能力の方が、実際の社会生活では重要とされることが多く、信頼される人間性こそ、雇用者が最も評価する点であり、粘り強さや信頼性、首尾一貫性は、その後の成績を予測する上で最も重要な因子である、と指摘されています。

 多くの場合、社会において重要視されるのは、学力や専門性よりも、考え方が一貫している、誠意がある、信頼できるなどの人間性だと考えられます。これらのような非認知的な能力の基礎を身に付けることが、基本的な人格の形成につながっていき、より良い人間性の土台を築くことになるわけです。〟

このことから、IQを向上させる教育、即ち、知識や技能を習得させる(認知的な)保育、教育は、将来への効果が極めて薄いということがわかります。藤森先生の小学校教諭時代の話もあり、とても納得がいきましたが、例えば、知識を習得させることに力を入れている園から来た子が1年生の頃に成績がトップだったとしても、ある日から、その子が園で習ってこなかった段階へ勉強は進んでいきます。そこで結局は認知的な教育の中にいた子よりも、〝知りたがる意欲の高いこの方が伸びる〟という結論になるのは、最早言うまでもないことのようにも思えてきます。

その〝知りたがる意欲〟こそが、保育の中で育むべきものであるということを指針に明記すべきであるというのは、最近の研究を踏まえたとても現実的な主張であることが納得できるように思います。

知りたがる意欲。そして、誘惑に勝つ自制心。難解な課題にぶつかった歳の粘り強さ。その力が子どもたちの将来を明るく、豊かなものにするのです。

それも、厚生労働省が提示している『保育をめぐる現状』の中の『海外の調査研究』における『保育・幼児教育の効果に関する海外の調査1』のグラフを見ていただけるとわかると思いますが、1歳半頃をピークにその後は下降しています。 (太字をクリックすると厚生労働省が提示している『保育をめぐる現状』の全文を読むことができます。)

先日の報告の中で「3歳、4歳から我慢を覚えさせようとすることは無理に近い。1歳から1歳半、この時期にどうやって我慢の力を身につけさせるかが保育の課題です。」と藤森先生の言葉を書きましたが、その回答となるのがこれです。

この大切な時期に、自制心を育む保育をすること、質の高い保育を子どもたちに提供することがとても大切なことであることが頷けます。

それでは質の高い保育とは。現場の視点で捉え直された具体的な内容を基に藤森先生の講演は続きます。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 7

「指針は10年毎に変わるのに、保育はなぜ変わらないのか。」

藤森先生は問いかけるように、続けられました。

来る平成30年の改定で、保育所保育指針は〝教育〟が重視されるようになります。子どもたちが知識、技能を習得する為の〝基礎〟を保育者が取り組むようになっていきます。

しかし、そもそもなぜ保育所保育指針の改定をするのでしょうか。それは過去の保育を踏襲し続ける現在の保育に更なる改善を加えるべく、また、現状の保育に甘んじることなく、より時代に合わせた保育を国全体として高い水準で一律化できるようにすることが、改定の目的の大きな部分を占めるように思います。現在で言えば、例えば一人っ子家庭に見る兄弟姉妹の体験が家庭で行われなくなっている、という問題があります。

「それならば〝子どもには異年齢の体験が必要である〟ということをしっかり書いてほしい。」と藤森先生は仰います。指針に書かれている内容が解釈する側の裁量に任せようとする部分が強く、その辺りの部分が独自性という言葉や、応用という言葉に有耶無耶になっているような感を抱いてしまっても無理はないように思えてきます。そして、それは他の部分にも垣間見える部分がないとは言い切れないようで、例えば〝知ること〟や〝やること〟を挙げることよりも、〝知ろうとすること〟〝やろうとすること〟という学習態度、学習意欲へのアプローチが大切であるということを明記してほしい、と藤森先生は仰います。

なぜなら、〝知ること〟〝やること〟を重視した従来の書き方のままでは、子どもに教えよう、教え込もうとする園が増えるだろう、という懸念が拭いきれないからです。また、〝異年齢の体験は必要である〟という明記がなければ、年齢別で保育をする園が何かの行事の時に縦割りでの環境を整える、その回数を増やすことだけでいいという、結局は現状のスタイルを維持するのみに終始してしまうのではないか、という懸念も湧いてきます。このままで不味いのは、子ども集団の大切さや、例えば〝マシュマロ課題〟などの現代の最先端の研究結果からくる〝EQ〟の大切さや〝自制心〟を育むことの大切さよりも、結局のところ現状の保育を変えずに知識、技能の習得を先行させようとする保育を助長させる結果へと導きかねません。

さて、そのEQや自制心の大切さというものに、藤森先生は言及されます。次の内容に触れることで、「〝知ること〟や〝やること〟を挙げることよりも、〝知ろうとすること〟〝やろうとすること〟という学習態度、学習意欲へのアプローチが大切である」ということを明記してほしいという意図がおわかりいただけると思います。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 6

「〝我慢〟と〝耐える〟は違います。」

藤森先生は仰いました。

そして、ただ〝耐える〟のではない、自分の感情をコントロールして〝我慢〟をする力、〝自制心〟を、子どもたちは保育園という環境下でどのようにして身につけていくのでしょうか。遊びに熱中している子どもがその遊びをやめなければならない機会の到来(例えば給食の配膳の時間が来た時、朝の会、帰りの会の時間が来た時)に対して、その盛り上がったホットな心をどのようにして自分でクールに導いていくのでしょうか。そのような方法をどのようにして学んでいるのでしょうか。

現在、毎週木曜日、週に1日を〝研究日〟として設け、山下先生や西村先生、森口先生を中心に子どもたちの姿を追っています。

さて話題は、保育所保育指針の改定へと進んでいきます。

その導入に、藤森先生はこのように仰っていました。

「発達障害は〝悪化もしないけど回復もしない〟と過去に言われていました。」

最近の研究では、発達障害は後天的な要素が多分にあり、脳の可塑性によりそれは〝回復できる〟とされています。後天的ではない元々の脳の障害とされる事例は、現在は全体の0.6%程とのこと。つまり、対人コミュニケーション能力や社会性、想像力に障害があるアスペルガー症候群やADHD(注意欠陥・多動性障害)などの発達障害は治る、と現在の研究は示しているということです。

「このことはとても重要です。」

それは、つまりそのまま、保育の重要性を示しています。

保育を考える上で、『保育所保育指針』が重要であることは言うまでもなく、平成20年の改定は大きな出来事でした。告示化されていた『幼稚園教育要領』を参考にして作られた『保育所保育指針』は、それ以前はいわゆる〝ガイドライン〟であったものの、平成20年の改定時に〝告示化〟され、保育者資格も国家資格となり、指針に書かれている内容は法律として守らなければならない事項になりました。時代によって変化する保育に対応すべく、10年毎の改定が定められていて、現在、平成30年の改定へ向けて作業は進行中です。今年度は改正案ができ、周知期間として各地で研修が行われるなどし、施行へと至ります。

今回の改定で大きく変わるところは、『保育所保育指針』第二章『子どもの発達』における『発達過程』の部分が削除され、卒園するまでに育ってほしい、望ましい姿だけがそこに書かれ、『発達過程』は補足程度のものになる、ということです。

『保育所保育指針』 (太字をクリックすると保育所保育指針の全文を読むことができます。)

確かに、発達過程が法律で決まっていたことにより、その過程を踏襲することに重きが置かれてしまうきらいがあったように、今更ながら感じられます。

例えば、五領域の中の一つ『表現』には〝感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い、創造性を豊かにする。〟と書かれています。それを踏襲するように、遠足のあとにその思い出の絵を子どもたちに一斉に描かせたり、としている園も未だにあります。

例えば、粘土にしてもそうで、作品をつくるという意味では『表現』の範囲に入るかもわかりませんが、粘土で遊びながらそこには子ども同士の関わりがあり、会話があり、とすれば、五領域の『人間関係』や『言葉』もその遊びの中に含まれているということになります。

つまり、五領域とは、その領域ごとに活動を分けて考えたり、また、発達過程とはその発達を遂げる為に何かを教え込んだりするものではなく、あくまで子どもの成長を見守る上での保育の〝切り口〟である、ということがわかります。

とても勉強になります。指針の改定について、講演は続きます。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 5

「信用できない大人の元で育てられると我慢ができない。」

親の支配的な態度での子育て、気分で愛したり愛さなかったりするような親の元で育つ子どもは先が読めないために今を選んでしまう、と藤森先生は仰いました。

例えば会社の社長が信用できない人だとします。その人に、目の前に今月分のお給料を出され、「来月まで待てたら3倍あげるよ」と言われても、信用できないので目の前のお給料を貰って帰ると思います。

信用できない→先が読めない→見通しが持てない→我慢ができない

このサイクルの中に日々晒された子どもに我慢をする力が育まれないのは、当然のことのようにも思えてきます。

また、〝支配的な態度での子育て〟にはこういった弊害があることも、12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2016年10月7日『「自分」と「他人」』の中に紹介されています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

〝最近、自分と他人との境界(自我境界)がよくわからないと感じている人が多いと言われています。その境界がはっきりしていないと、自分と他人の立場や気持ちを混同したり、事実と自分の気持ちを混同(混同思考)しやすくなると言われています。発達障害の子の特徴として、他の人との境界線がわかりにくい」という事も言われることがあります。しかし、一般的に幼い子供は人格形成が未熟なため、自分と他人との境目がはっきりわからないという状態がよく観察されますが、次第に人格が成熟し、自分自身というものをはっきりと自覚できるようになるといわれます。

しかし、成人してもそうした未成熟な人格構造が残ってしまうことがあります。現在、原因のひとつとして考えられるのは、親が支配的だったり、逆に過保護だったりした場合だと言われています。親が支配的な態度をすることによって、また、過保護に育ててしまうことで、子どもは、自分自身の気持ちや意見を持ち、主張する機会が奪われてしまいます。その結果、自分自身がどのようなものかよくわからないまま大人になってしまったのです。すなわち、「主体性が奪われた結果」です。〟

さらに『臥竜塾』ブログ2016年3月30日『イフ・ゼン』の中には、

〝子どもたちの選択と、自由意志があるという感覚を後押しすることで、自主性を奨励した母親の子どもは、のちにマシュマロ実験で、成功するのに必要な種類の認知的スキルや、注意コントロールスキルが最も優れていることが判りました。これは、母親の認知的能力と学歴の差を考慮に入れたときにさえ、当てはまったのです。そのことは、幼児を過剰にコントロールする親は、子どもが自制のスキルを発達させるのを妨げる危険を冒しているのであり、一方、問題解決を試みる際の自主性を支え、奨励する親は、子どもが保育園から帰ってきて、どうやってマシュマロを2個手に入れたかを嬉々として聞かせてくれる可能性を、おそらく最大化しているだろうとミシェルは分析します。〟

とも書かれており、〝子どもたちの選択と、自由意志があるという感覚を後押しすること〟の重要性を改めて感じます。

それでは、どのようにして〝我慢〟〝自制心〟その力を育んでいくことができるのでしょうか。

それでは、どのようにして〝我慢〟〝自制心〟その力を育んでいくことができるのでしょうか。

藤森先生は、三つの方法を示して下さいました。

①家庭で栽培をしてみる

→食育三本柱。〝栽培〟種を植え、その育ちを楽しみにしながら親子で共にそれを待つ。収穫し、〝調理〟をし、そして〝共食〟共に食べる。韓国の保育園へ訪れた際に〝樽柿〟があり、干してあう柿一つ一つに名前が書いてあった。皆で食べるまでに、〝もう少し待っていたら甘くなるよ〟というような言葉がきっとあるだろう。料理で言えば、例えばご飯を炊くということもそうで、〝もう少ししたら炊けるよ〟という、〝楽しみにしながら待つ〟という体験は、子どもの心に自制心を育む。

②気を逸らす術を伝える

→セサミストリートのクッキーモンスター、ウェイティングゲームの話が挙げられていました。(『臥竜塾』ブログ2016年7月4日『クッキーモンスター』『臥竜塾』ブログ2016年7月5日『自己制御のレッスン』の中で紹介されています。)

〝気を逸らす〟目の前の報酬、欲の対象に捉われないよう、他のことを考えるよう促す。例えば給食時、全員で〝いただきます〟をするまで絵本を読んで待つ、などのことはとても効果的である。このようなことを積み重ねていくことで、最後には自分で我慢する方法、気を逸らす方法を身につけることができる。

③物でつる

→〝我慢できたらこれをあげるよ〟など。

③は実に意外でしたが、最近の研究ではこれも自制心を育む上で有用な手立てなのだそうです。

具体例を通して、実際に取り組める段階にまで落とし込まれた内容で、とても勉強になります。〝「100ページ以上のスライドの中からほんの15ページ」〟の折り返し地点にそろそろ到達できそうです。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 4

「お母さんと二人きりでの子育てでは、〝我慢〟という力がつきづらいのです。」

この言葉の結論に至る前に、先ず、我慢、自制心について。12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2015年3月7日『意志の弱さ』ではこのように書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

〝自制心は人生を送る上でとても大切な力です。それは、自分自身で目標を達成するためには欠かせません。しかし、自制心は、自分自身のために必要だけでなく、社会を形成するためにも必要な力です。各人が、それぞれ好きなことだけを行なっていたら社会は成り立ちません。ミシェルは、「自制心は長期的な目標を首尾良く追求するには欠かせない。また、思いやりに満ち、互いに支え合う関係を築くのに必要とされる克己心や共感を育むのにも必須だ。自制心があれば、幼い頃に困難に陥ったり、学校を中退したり、物事の成り立ちに無頓着になったり、大嫌いな仕事から抜け出せなくなったりするのを避ける助けになる。」と言っています。〟

自制心、という力がとても大切なものであることがわかります。

そして、藤森先生は最近テレビを賑わした話題の人達、麻薬や犯罪に走ってしまった人達を例に挙げ、このように仰っていました。

「我慢できない脳の特徴は〝見通しを立てることができない〟こと。」

「3歳、4歳から我慢を覚えさせようとすることは無理に近い。1歳から1歳半、この時期にどうやって我慢の力を身につけさせるかが保育の課題です。」

ここで、最近話題のマシュマロ課題について触れられます。

(マシュマロ課題の概要についてはこちら。『臥竜塾』ブログ2016年3月17日『実験結果』の中で紹介されています。

〝マシュマロを一つ置いておき、食べないで待っていれば、あとでもう一つあげるといい、もしどうしても食べたければ、ベルを鳴らせばいいよと言って部屋を出たときにどのような行動をするかを観察したのがマシュマロ実験とか、マシュマロ・テストとか呼ばれるもので、ミシェルらが行ないました。これは、主に欲求を満たすこと(欲求充足)を、先に延ばすことが出来るかということをテストしたもので、自己抑制力とか誘惑に打ち勝つ力だとか、我慢をする力だとか、意志の強さなどに関係してくるものです。〟)

しかし、〝我慢ができる子〟と〝できない子〟。その分かれ道をつくるものとは一体何なのでしょうか。そして、我慢できる子へと育てていくにはどのような方法があるのでしょうか。

「信用できない大人の元で育てられると我慢ができない。」

〝我慢〟という言葉をキーワードに、講演は展開されていきます。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 3

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

前回の報告では乳児保育の大切さについて、オランウータンやゴリラの離乳時期と人間の離乳時期を比較し、そこから見出すことのできる乳児保育の大切さについてまでを書きました。

今回はその続きです。

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「赤ちゃんは生まれながらにして半分くらい言語的スキルが育っている」と藤森先生。

それは胎内でお母さんの声を聞いているからだと考えられます。最近の研究では、お母さんの話している言語と同じ言語を話す人を赤ちゃんは好むということがわかっています。

このことは、『臥竜塾』ブログ2016年10月13日『人種の偏見』の中にも書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

〝生まれたばかりの赤ちゃんも、日常耳にしている言語を認識できると言われています。そして、話者が赤の他人でも、その言語を別の言語より好むこともわかっています。研究者たちは、赤ちゃんがおしゃぶりを吸って選好を示す方法を利用して、ロシア人の赤ちゃんはロシア語、フランス人の赤ちゃんはフランス語、アメリカ人の赤ちゃんは英語を好むことを明らかにしました。生後わずか数分でも、同じ現象が見られるそうです。おそらく赤ちゃんは、母親の胎内で耳にするくぐもった音に、次第になじんでいたであろうと考えられています。〟

母親の胎内にいる時から耳馴染んできた言語。「なので、”母語”とか〝母国語〟と言います。」言葉の由来に納得してしまいます。

「というわけで、もし子どもに英語を話させたいと思ったら、胎内に赤ちゃんがいる時からお母さんが英語を話してください。」補足のように話されていましたが、このこともとても頷けますね。

さて、ここからとても興味深い展開へと発展していきます。

「ここに担当制のおかしさがあるような気がします。一人で見るということは人類の歴史としておかしいのではないでしょうか。」

『臥竜塾』ブログ2015年6月2日『子育てに関して』の中にはこう書かれています。

〝子育てに関して、ヒトと大型類人猿との間に驚くべき違いがあることがわかっています。それは、ヒト以外の大型類人猿では、子育てのほぼ100%を母親が担っています。ヒトでは、伝統的社会から現代社会に至るまで、平均値は50%にしか担っていないのです。協力的繁殖のシナリオでは、母親以外の養育者は、しばしば能動的な食物供給や基本的な世話といった向社会的行動に従事します。(中略)

サラ・ハーディは、さまざまな研究結果に基づいて、ヒトは共同保育者として進化し、基本的に他者の援助無しでは子育てすることができないと主張します。母親以外の誰か(例えば父、祖父母、母親の兄や姉)、あるいは遺伝的に無関係な人(例えば乳母や看護婦、育児グループなど)による子育てであり、母親が自分自身の必要を満たすために子どもから一時的に離れることを許容するかもしれないとして、働く女性を容認しています。

 これらの仮説が、組み合わされているかもしれませんが、ここで重要なのは、「類人猿から一線を画したヒト進化には、経験の情動的、動機的側面も含め、なんらかの最初期段階が存在し、それこそが協働行為や志向性の共有を可能にする複雑な技術や動機付けが選択されうるような新たな適応的スペースにヒトを押し上げた」と言うことなのです。

 これは、私の仮説ですが、最近、協働で活動する事が困難であったり、食物をフェアに分配しようとせずに独占しようとしたり、社会的行動をとることが少なくなっていたというような最近の変化は、もしかしたら、この最初期段階での経験なり、その過程を経ることが少なくなってきたことが影響しているのではないかと思います。たとえば、子育てを母親だけに背負わせるということは、ヒトに特異的な向社会な動機を持ちにくくするということにならないかもしれません。

子育てを社会的な営みとしてとらえることが、もしかしたら、少子化を防ぐ有効な手立てになるかもしれません。〟

〝母親に似たような人〟ということで担当制の利点を考えた時、それは赤ちゃんが胎内にいた時に用いていた言語と同じ言語を話す人という点では、母親に似た存在というのは必要でしょう。日本語を話す母親の元に生まれた赤ちゃんは日本語を話す大人を好むからです。ですがそれだけの理由で、担当制を推進する理由になるのでしょうか。

〝子育てを社会的な営みとしてとらえる〟改めてその大切さに気付かされる思いがします。

そして、藤森先生はその後、このように続けられました。

「お母さんと二人きりでの子育てでは、〝我慢〟という力がつきづらいのです。」

我慢、自制心。現代の保育の最先端の課題へと展開されていきます。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 2

「私はよく講演でこのように言います。〝私の声は眠くなります。職員会議では職員がよく寝ています(笑)〟」

お寿司を食べ、お腹がいっぱいになり、暖かな部屋で始まったこの日の園内研修最後のプログラム〝藤森先生による講演〟。

笑い声が部屋に起きます。いつもの職員会議の時のような和やかな雰囲気で講演はスタートされました。

笑い声が部屋に起きます。いつもの職員会議の時のような和やかな雰囲気で講演はスタートされました。

 

テーマは〝乳幼児保育〟です。

テーマは〝乳幼児保育〟です。

特に最近の講演内容の中心とされている乳児保育についてお話は展開されていきました。

12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2012年3月13日『産後』の中にこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

〝集団における子育てと母親だけに依存しない子育てのおかげで、離乳を1年未満に終え、次の子を産む準備に取り掛かれるのです。母親一人で子育てをするチンパンジーは、離乳は4歳なのです。しかし、チンパンジーは生きているあいだはずっと出産をします。それに対して、人間は出産期は短いために、集団での子育てをすることによって離乳を早め、それが人間を多産にしたといわれています。〟

オランウータンは7歳まで、ゴリラに至っては3歳と比較的短いのですが、それはオスが子育てに参加をするからだそうです。ゴリラの背中が白くなって声が低くなるのは、赤ちゃんの気をひく為という説もあるということですから面白いですね。

〝人類は、オランウータンのように離乳を遅くさせ、出産を待っていたら、一生のうち、2人も産めない計算になってしまいます。それでは繁栄していけないので、人類は毎年子どもが生まれるように5ヶ月で離乳を開始し始めます。その為に人類はまず家族を始めとする〝族〟という単位の集団をつくり、やがて村中で面倒をみるようにしました。〟

このことは『臥竜塾』ブログ2013年8月23日『出産2』の中でもこのように紹介されています。

〝出産について私がよく講演で話すのですが、人類は直立で立つことによって大きな脳を獲得することができた半面、産道が狭く、楕円形になったために出産に人の手を借りなくてはならなくなったということから、人類は一人では生きていくことができない宿命を背負ったと思っています。

写真後ろのグラフをご覧いただいたことのある方はおわかりになられると思うのですが、脳のEQ(Emotional Controlの略、感情をコントロールする力)が育つ時期、赤ちゃんにとっては脳が大きくなるこの時期、が大体、次の子が生まれてくる時期にあたります。だから我慢を覚えることができ、そしてここで感情をコントロールする力、我慢する力が育まれなくてはこのあとはとても無理であるということを藤森先生は強調されていました。

1歳〜1歳半でそれはピークに達します。乳児保育の大切さはここにあり、つまり〝0歳児クラスの保育〟が重要であり、脳を大きくして、受け入れ体制を広げてあげることが重要であると言えます。

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このような形で、藤森先生のブログを引用しつつ、先生の講演を聞きながらとったメモを元に、その内容を咀嚼した上で報告をあげていこうと思いながら、書くことに至るまでにとても時間がかかってしまいました。「100ページ以上のスライドの中からほんの15ページ」程の内容と藤森先生は仰っていましたが、時間にして2時間、本当に心打たれる内容で、生臥竜塾ブログを読んで下さっている皆様に少しでもその内容が伝わればと思い、最後まで書き上げていきたいと思います。

今年も一年ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

(報告者 加藤恭平)

ちょっと変わった職員が報告する勉強会~園内研修編4~ EPISODE 1

先日、年内最後の園内研修が行われました。

今回のプログラムはこちらです。

1.クリスマス直前!ディズニーランド&シー講座

2.藤森先生による講演

研修が始まる前に個人的にとても感動したことがありました。4F会議室で行おうと企画していましたが、来客の方がお見えになられ、セッティングすることも出来ないままに開始時間は迫っている、といった状況になりました。

すると、「3Fはどうですか?」と、ある先生からアドバイスをいただきました。

その機転にも個人的にとても驚いたのですが、それからの準備の早いこと!その手際の良さに二重の感動を覚えました。

 

そして、あっという間にセッティングが完了し、園内研修がスタート!

そして、あっという間にセッティングが完了し、園内研修がスタート!

 

当初予定していた時間と変わらないスタートが切れたのも、また、いつも予定通りに始めらるのも、サポートしてくれる先生方のお陰であることに改めて気付く思いがしました。いつも本当にありがとうございます。

プログラム1.〝クリスマス直前!ディズニーランド&シー講座〟

第1章〝私とディズニー〟から始まる、ディズニーにとっても詳しい先生によるお話を聞きながら、皆でお寿司を囲みました。

第1章〝私とディズニー〟から始まる、ディズニーにとっても詳しい先生によるお話を聞きながら、皆でお寿司を囲みました。

 その先生から許可をいただき、その際に使用したレジュメを公開します!

レジュメ1

レジュメ1

 

レジュメ2

レジュメ2

前日打ち合わせではあまりにも膨大な情報量に圧倒されてしまいました(笑)その中からピックアップされた選りすぐりのクリスマス情報となっています。ご一読下さい♪

ディズニーランドの開園日と藤森先生のお誕生日が同日4月15日であることにいつも勝手に縁を感じてしまいます。子ども達を、そして子ども達を想う大人への想い。それは、新宿せいが保育園もディズニーも共通のものかもわからないと思った、この度の講座でした。

さて、その間に、臥竜塾生柿崎先生、西村先生が4Fをセッティングして下さいました。この間の準備の早さにも、本当に感動してしまいます。余裕でお寿司を頬張るお二人。本当に感謝です。

この後は4Fで藤森先生のお話を聞きます。次回の報告で、詳しくお伝えしていきます。

(写真提供:金塚由衣先生 報告者:加藤恭平)