前回の報告に続き新しい環境を紹介させていただきます。 「メリハリ」ということですが・・・。
メリハリと聞くと、どんな印象を持たれているでしょうか?? 私も子ども達と掃除をすると時に使う言葉ですが、 年長さんになると、どうしても小学校への移行を考えると思います。
私は担任をした事なんてもちろんないので、大きな事を言えませんが、 小学校に行くと時間割があり、それ通りに授業が進みます。
その合間に休み時間があり、トイレに行ったり、友達と話したり、遊んだり・・・と自由に過ごします。 しかし授業が始まると、勝手にトイレには行けないですし、大きな声で話すと先生に怒られます…。
という風に半日の学校生活の間に集中する時間、そうでない時間とはっきりと分かれているので、 少しづつメリハリを持って欲しいと思い、私なりに接しています。
ここまでは保育者としての関わり方ですが、今年の新しい取り組みとして、 環境から子ども達にメリハリを伝える事を実践してみようと計画しています。。。
その一つに報告から少しずつ出ていますが、和室の活用です。
和室の活用方法として計画しているのは、タイトルに書いたように「生活のメリハリ」です。
定員が増えることで子ども達のテンションも上がります。もちろん子どもは元気に生活するのが一番かもしれませんが、時には自分のエネルギーを体内に押し込める時間も必要だと塾長は言います。
そこで和室で給食を食べる事にしました。その場合、雰囲気も大切なので重箱のお弁当箱に給食を詰めて、そして卓袱台で食べます。
とは言っても最初は子ども達も新しい環境に嬉しくてワイワイ食べるでしょうね(笑)しかし、普段と雰囲気が違い、そして食器も違うとなると、子ども自身も少しずつ気づき始めてくれるのではないかな?と期待します。
さて話は変わりますが、先日その和室で「お茶会」を開催しました!
塾長の娘さんが昔からお茶を習っていて、その腕前は人に指導できるほどとのこと…。
その娘さんが教わっていたお茶の先生とお弟子さんにお出でいただき、職員向けにお茶会をしてくれました! 実は数年前にも1度開催したことがあり、今回で2回目です。
もちろん、前回教わった作法は忘れていたので、一からご指導を、いただきました。
先生曰く、お茶の作法はまずは相手に敬意を表することが大切ですと言われました。そうすると自然と作法ができますと…。
確かに一つ一つの動作が理にかなっており、無駄な動きがありません。 だから難しいのかもしれませんね、ついお茶会というと変に緊張してしまい、それが無駄な動きをさせてしまっているのかもしれません。
保育も同じかもしれません。もちろん子どもの育ち、環境、関わりかた、見守る保育を実践する時に考える事がたくさんありますが、
逆に考えすぎると視野が狭くなり、本質が見えにくくなると思います。 そんな時は自然体になった、純粋に子どもの事を考えると見えてくるのではないでしょうか…。
最後はちょっと関係のない内容になってしまいましたね(笑)それでは失礼します。(報告者山下)
メリハリをもつということは、けじめをつけるということにも似ているのかもしれません。よく小学校の頃には「けじめをつける」ということが目標になったりもしましたが、イマイチどんな意味なのかピンときていない感じで過ごしていたように思います。そんなメリハリを体験を通して感じてもらおうというのはいいですね。そのような思いを持って、子どもたちに活動を提案するというのも私自身、しっかりやっていきたいなと思っています。そんな中でも、「逆に考えすぎると視野が狭くなり、本質が見えにくくなると思います。 そんな時は自然体になった、純粋に子どもの事を考えると見えてくるのではないでしょうか…」という山下さんの言葉にはとても説得力があります。思いをもって、考えながら保育をしていくことはもちろんですが、あまり堅くなり過ぎずに、余白や余裕を楽しみ姿勢もまた大切なのかもしれませんね。
お茶会、とても勉強になるいい時間を過ごさせていただきました。お茶の先生のお話が面白く、正座の足の痛みも忘れて(笑)聞き入ってしまいました。
お茶の先生の話の中で、「私は、子ども達に『君たちは〝歩く心〟なのよと伝えている』と仰っていました。何千人にご指導をされてきた経験から、お茶の部屋に入ってきた瞬間、会った瞬間の表情や雰囲気から、その人の機嫌や人柄などがわかるそうです。また、海外から参加されるお客様も多く、お茶の精神に流れる〝心〟が理解されないと判断した場合には、お茶を振る舞わない場合もあるとのことでした。英語に造形の深い中山副園長先生からの発案で海外からの方にはこれから〝walking heart 〟と伝えていく、と盛り上がり(?笑)まし た。
お茶の精神を取り入れて、深みのある人間へとまた一歩成長していきたいですね。給食を食べられる日が楽しみです!