しんどい

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そろそろ私の保育園でも発表会があります。それぞれのクラス、特に幼児のクラスは練習をすることも多くなってきました。前回のブログでもあったように実に予行を見ていても、それぞれのクラスの色が出ていますし、それぞれのクラスの課題や良い点などもたくさん見えてきました。

 

そんな中、発表会の様子であることに気づきました。それは舞台の上や出番を待っているときにもかかわらず座り込んでしまう子どもたちが多いのがとても気になりました。そこでその子どもたちにインタビューをすると、面白い共通点が出てきました。ある子どもは「立つと足が痛くなる」、そして別の子は「立つのがしんどい」。そうです。子どもたちは「立つ」のがしんどかったのです。確かに考えてみると座り込んでしまう子どもたちはフラフラして立ち歩いているか、座り込んで膝で滑って遊んでいます。普段の遊びを見ていても、部屋遊びでは寝転がったり、座り込んでいる様子が多いです。立っているのがしんどい様子が普段の様子からも見て取れました。

なぜ、そうなるのか、職員の先生がたと話していると、つい、立っているとけんかが起こるので日頃から座らせて話しをすることが多いといっています。

たしかに、こういったことは日常でよくあることです。もちろん、取り組みが楽しければ座り込むこともないのでしょうが、ある男の子は「劇は面白いんだけど、しんどくなっちゃう。」という子もいました。

私の今いる地域の大阪は電車がある程度充実していてもまだまだ車中心の土地で、歩いてどこかにいくというよりも、すぐ車に乗って移動することがとても多いです。また、「立つのがしんどい」という子どもほど、やはり散歩に行っても「しんどい」という子どもたちでした。「聞く」ということに体力も、もしかしたら因果関係があるのかもしれません。

今、園に来ている体育の先生に子どもたちの「体力」に変化はありますかと聞いたところ「確かに最近の子どもたちから(疲れた・しんどい)という言葉を聞くことが多くなってきていますね。今まではそれほどなかったのですが・・・」というような言葉をもらいました。

調べていくと、当然今の子どもたちの体力は昔に比べれば、どんどん低下していると聞きます。では、今の子どもたちはどのように体力に変化が出ているのかを調べるために文部省のHPを見ていると、どうやら子どもたちの体力の低下が見えてきたのは昭和60年頃かららしいのです。また、その調べ方は昭和39年から始まった「スポーツテスト」です。日本では昭和36年に戦後の復興と東京オリンピック招致が決定したことにより、スポーツの関心の高まりからできた「スポーツ振興法」ができました。そして、その流れの中に運動能力テスト、体力診断テストからなる「スポーツテスト」が始まったのです。その中で、スポーツテストの項目は何度が改訂されているそうです。また、このスポーツ振興法の中で「スポーツ振興基本計画」というものがあり、生涯スポーツ、競技スポーツの振興と共に、これらと連携しての学校体育・スポーツの振興が施策の三本柱として盛り込まれています。その中で「児童生徒の運動に親しむ資質・能力や体力を培う学校体育の充実」が掲げられ、その到達目標に「たくましく生きるための体力の向上を目指し、児童生徒の体力の低下傾向を上昇傾向に転じるために、児童生徒が進んで運動できるようにする」と明記されています。

「たくましく生きる」というのが一つのキーワードであるように思います。また、「児童生徒の運動に親しむ」というのも今の日本の様子ですね。しかし、そもそも「運動」とはなにをもって「運動」というのでしょうか。日本の「運動」のとらえ方というとやはり「走る」「跳ぶ」「投げる」といったように広いフィールドで力いっぱい走り回っている様子を運動と捉えることが多いように思います。実際、私の保育園でも園庭にでて、鬼ごっこやボール遊びをしています。しかし、以前、ドイツの遊具メーカー Aibeの方の研修を受けたときにまた、違う視点で運動機能や運動遊びを捉えていました。そのときのAibeの方と藤森先生の話を基にもう少しこの「運動」という部分を掘り下げてみたいと思います

(投稿者 邨橋智樹)

しんどい」への2件のフィードバック

  1. 私も含めてなのですが、最近「面倒くさい」という言葉を言う人が多いのかなと思うことがあります。昔を知らないのでなんとも言えないのですが、年配の方と作業をしていると(田植えなど)その方達から「面倒くさい」という言葉を聞いたことがほとんどないことに気がつきました。黙々と仕事をされる姿に何十歳も若い私が圧倒されてしまいます。かつては生活をすることが手間がかかることの連続だったのかと思うと、動くことが当たり前だったのかもしれません。もしかすると現代はどれだけ動くことを少なくするのかということが隠れたキーワードのようなものになっているのかもしれません。動かないことが前提だと動くことは面倒ですし、しんどいことでもあるのかもしれません。子ども達もそんな影響を少なからず感じているのかもしれませんね。伝統的なものはもしかするとちょっと手間のかかることでもあるのかもしれません。そんなことを子ども達と少しでも体験できることができたらなといいなと思うことも増えてきました。
    2014年も終わりですね。ここでこうしてコメントを通じて、いろいろと考えるきっかけをいただいていることに喜びを感じます。また、来年もよろしくお願いします。

  2.  立ったり歩いたりという基本的なことも、時代と共に変わってくるものであることを感じます。新幹線のあまりの速さと快適さに驚いた正月でしたが、何十年も昔は電車すらなかった、車もなかったという時代があったことを思うと、世の中本当に便利になったと思います。昔は食べないことで病気になることもありましたが、今は食べれば食べるほど肥満や生活習慣病につながっていきます。むしろ食べない方が健康には良いと言う人もいる程で、時代が変わるとこうも変わるものがあるのだと思うところです。
     その時代に合わせて、その時代に活きる保育を考えていく必要があります。古き良きもの、新しい概念、様々なことが目の前の子ども達に最善の環境として用意されることが求められるように感じました。

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