地域のお祭りに今いる幼稚園のパネルを貼る機会をいただきました。そこには幼稚園の紹介を載せることが主な目的なのですが、180㎝×90㎝と非常に大きなパネルを二枚ももらえるということで、園の先生と協力して、幼稚園の紹介・様子を一枚。発達や育ちが見えるパネルをもう一枚作ることにしました。
今回その主題にしたのが「自由画」です。自由にものを描くなかで発達が見えてくるのではないかとふと思いました。自由画はどの年代も遊びの中ですることですし、だからこそ、その差が見えてくるのを新宿せいが保育園にいたときに知っていたので、題材を自由画に決めました。また、これらの取り組みを提案したのは幼稚園の先生方に1才・2才の発達を見てもらい、ちょっとでも意識をもってもらえたらということもありました。
作る中で、やはり痛感したことが、発達はどの子どもたちも必ず通る道だということが見て取れました。各才児ごとにその発達を保育所保育指針や見守るなどを通して、説明しているとそれに即した絵がほとんどでした。子どもたちの発達のつながりを説明していくといろんなことが見えてきます。
今の園はある意味で、「自由すぎる」と言われることがあるそうです。しかし、遊びの中に育ちはあるということをもっと保護者や地域にアピールしていくことが必要なのではないかということを一つ課題に挙げました。どこにいっても保育を説明していく中で、「自由に遊ばすだけでなにを学んでいるんだ」と言われることがあります。しかし、それには遊びに意図をもたせる環境がないだけであって、意図のある環境やねらいがあるからこそ、「遊びは学び」に繋がるのだと思います。
今回、こういった機会を通して、その大切さと、しっかりと発達を見通す必要性、それに応じた環境を作る必要性をとても感じました。
そして、それを外にしっかりとアピールする必要性、今回の取り組みを通じて、一歩進んだように思います。
(投稿者 邨橋 智樹)
「自由にやっているからだよ」ということをまだまだ言われることがあります。先日もそんな声を聞くことがあったのですが、それはまだまだ保育をきちんと発信できていないということの表れなんだろうなと反省しました。「意図のある環境やねらいがあるからこそ、「遊びは学び」に繋がるのだと思います」とありましたが、その意図の部分を発信する工夫は丁寧に、諦めずにしていかなければいけないなと思いました。誤送、すみません!
自由すぎることへの反発の中に、一種の羨ましさがあるように感じます。子どもの頃にたくさんあそべなかったのか、今の仕事に不満があるのか、いずれにしても、その人の心の中に満たされない気持ちがあるのでしょう。
いくら保育所保育指針に沿っています、幼稚園教育要領に沿っていますと言っても納得してくれない部分もあると思います。子どもがあそびの中で何を学んでいるかは、本当はその子だけのものであるし、目には見えないものを育んでいることも多いと思います。
あそぶことの大切さが社会全体に広まっていくことが望まれます。邨橋先生の園の取り組みが、その大きなうねりの一端を担っていることを、先生のブログを読む度に、強く感じている次第です。