もうすぐ10月を迎え、子どもたちの様子も落ち着き、他のクラスの交流も盛んになってきている今日この頃。
先日3,4,5歳の部屋にいた時に、うれしい出来事がありました。
それは、たまたま遊びに来ていた2歳の子が、ひも通しのおもちゃで遊ぼうとした時に、起きました。
突然、その子が転んでしまい、たくさんのひも通しブロックが部屋中に散らばってしまいました。
がしゃーんと、散らばる音に立ち尽くす2歳の子。
その様子に、「子どもたちの中で誰が助けに行ってくれる人はいるのかな?」と、まずは見ていました。。
すると、すぐに何人かの子が来て、一緒に集めてあげていました。
中には、集め終わったにも、そのまま一緒に遊んであげる子もいました。
さすが3,4,5歳だなと思いながら、
転んでしまって悲しい気持ちになるのではなく、その出来事から周りの助けてあげようという気持ちがうまれたり、今まで遊んだことのなかった子と一緒に遊ぶきっかけになったりと、いいことがたくさんだなと感じました。
しかしその時、私が一番うれしかったのは、違うことでした。
それは何かというと、「伝えたい相手がいる」ということでした。
助けに行ってあげた子の中に、朝の登園時になかなか保護者と離れられず、「いつも甘えん坊なんです」と相談されていた子がいたのです。
これまでもその子が、いろんなことができるのは知っていて、話をしたことはあったのですが、今回も率先して助けに行ってあげていて、誰かを助けてあげたり、自分で頑張ってみたりという、「いい出来事をまた伝えられるな」という、うれしさがありました。
もちろん保護者なので、子どもの頑張っている様子を聞いてうれしいのは当たり前といえばあたり前なのですが、そんな様子を、自分(保育者)だけでなく、心から「一緒に喜べる相手」、「伝えられる相手」がいるというのは、とてもうれしいことのように感じてしまいました。
そして、同じ保育者の仲間、そして子ども達など、一緒に話せる輪を広がっていくと、ただ話をするだけでも、楽しい気持ちがあふれていく。
普通の出来事といえば普通なのですが、そんな風に保育を楽しむことを再認識した出来事でした。
(報告者 西田 泰幸)
いいですね。そして、そのお気持ち、とても分かります。一緒に子どもの成長や普段とは違う姿を共有して、「すごいね」、「良い姿だね」、「成長したね」と職員同士で言い合ったり、共感したりする時間はとても嬉しい時間ですね。みんなで一つの思いを共有する、共通の思いのもと、保育をよりよいものにしていこうという思いをお互いに感じた時にはなんともいえない思いになるように思います。やっぱり、人は人と共感しながら生きることを望んでいるのかなと思ったりします。それが保護者とも共有できた時にはこんなに嬉しいことはないですね。そのための関係作りといいますか、保護者に信頼されるような保育を心がけていきたいと思いました。
そのような気持ちで自分の子どものことを保育園の先生から話してもらえたら嬉しいだろうなぁと思います。自分の子どもの成長を一緒に喜んでくれる人の存在は、とても大きいものです。
自分が保護者と話している時のことを思わず振り返ってしまいます。子どもの成長を共に喜び合う為に、話す方も聞く方もわくわくするような嬉しい話題を一日の中に見つけていけたらと思います。