瞳そらさないで 色付く秋のトキメキの中で EPISODE 1

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突然ですが、新入園児を紹介します。

 

アンナちゃんと、

アンナちゃんと、

 

わかりますか?

わかりますか?

 

マリアちゃんです。

マリアちゃんです。

 

スウェーデンから来ました。

二人はスウェーデンから来ました。

 

ちゃんとお当番の写真も(すごい白くしてしまってすいません笑)

ちゃんとお当番の写真も(すごい白くしてしまってすいません笑)

 

ありますよ。

クラスの先生が用意してくれました。

 

おちゃらけているわけではなく(笑)とても真面目にこの新入園児をクラスの仲間として迎え入れています。

藤森先生からこのようなお話をいただきました。

  • 人形をつかった保育は、スウェーデン、オランダなどヨーロッパでは主流である。
  • グローバル化、全ての人類への共通理解としても意味がある。
  • 高齢者や障がいをもった子にもとても意味がある。

素晴らしいですね。〝転園してきたクラスメイト〟というイメージで人形を導入されているということで、その方法を模範しています。

12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2013年5月30日『人形考1』の中にはこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

〝民俗学者であった宮本さんは、「子供の世界」という著作の中で、そのころの子どもの姿を描いています。その章の中に、柳田さんと同様「オモチャ」について書いてあります。まず、おもちゃについて、「子供の成長にともなって、耳からだけでなく、目や動作を通じての教育がなわれる。その中で重要な役割をはたしていたものは、オモチャである。オモチャはモチアソビということばに敬語のオがつき、語尾が省略されてできたことばである。(中略)」

 この説明は、柳田さんと同じですが、その語源を説明するところから、おもちゃは、もともと「子どもが持って遊ぶもの」という機能があり、その内容を大きく二つに分けています。一つは、例えばおひなさまのように、大人の用具のミニチュアで遊ぶことで、大人になるための準備をしているというものと、「子供たちだけの遊び」というのは、子どもが自ら作り出し、それは、その時期の子どもに興味があるもの、その役目として、その時期の発達を促すものであるのではないかと思います。

 宮本さんは、そのなりたちから最近のおもちゃへの経緯を説明しています。「その初めのモチアソビは、きわめて素朴なもので親たちが作って与えたもののほかに、子供たち自身で作った者も少なくなかった。」そもそもオモチャは、身の回りのものから工夫して作られたものでした。しかし、当時でもこのような変化が起きます。

「ちかごろ都会の玩具店や、土産店にたくさんならべられて、人気のあるコケシは、もともと東北地方の木地師たちがつくって温泉地の土産として売ったものである。木地師たちは椀や盆をつくるのがその主業であったが、そのあまった木屑で、人形をつくったのである。コケシというのは、木屑を意味する言葉のようであり、西日本では、木屑をコケラとよんでいる。木屑で人形を作ることは東北だけでなく、西日本にもあった。つまりロクロをつかって木地ものをつくるところでは、そうした人形を子供たちのためにつくる風があったのであろう。その人形をオボコともネブリコともいっている。」

そういえば、私の子どものころは、旅行に行ってのお土産に「こけし」が多く、家には、日本各地の大小様々なこけしがケースの中に所狭しと並べられていました。そして、その形、顔が少しずつ違っていました。今でも、子どもたちは、こけしではありませんが、人形を持って遊ぶことが多いようです。子どもが人形を持って遊ぶというのは、世界共通なのでしょうか、ドイツでも人気です。

日本における人形の発祥は、やはり宗教上からのようです。「もともと人形は神の依代としてつくられたり、人間の災厄をはらうときに用いる。形代としてつくられたのが起源であろうが、こういうものが子供のモチアソビになっていった歴史はきわめて古いと思われ、ヒイナ遊びのごときは、平安時代以来の文献にしばしば見えるところであ(中略)〟る。

人形の歴史が日本でもとても古いものであることがわかると同時に、日本の文化に根付いたものであることも伺えます。

だからでしょうか。子ども達の反応もとてもいいのです。

次回、子ども達の可愛らしい反応と合わせて報告します。

(報告者 加藤恭平)

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