私待つわ いつまでも待ちます

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今年度の成長展、テーマは〝自制心〟。そんなことを思いながら写真を撮り集めています。

「我慢できている姿ばかりじゃなく、今はまだ我慢できない姿を追っていくことで、成長展の時にその子の成長を見せられるのでは。」

係での話し合いを受けて、様々な場面でカメラを向けています。

すると先日、ホールで運動あそびをした際にこんな姿と出会いました。

注目はこの一番左端の緑のズボンの男の子。

注目はこの一番左端の緑のズボンの男の子。

ボルダリングのスペースに順番を待つ為に並んで、もうかれこれ5分程経っています。

左の子とお喋りをしながら待っています。

左の子とお喋りをしながら待っています。

 

こんな感じで、何人の子が遊んでいる姿を見送ってきたことでしょう。

こんな感じで、何人の子が遊んでいる姿を見送ってきたことでしょう。

 

赤い服の子が終わればいよいよその子の番です!

赤い服の子が終わればいよいよその子の番です!

 ところが赤い服の子が長い長い!(笑)

足を曲げて体をクネクネさせています。

足を曲げて体をクネクネさせています。

 

ちょっとぼーっとしてみたり、

ちょっとぼーっとしてみたり、

 

足を伸ばしてみたり、

足を伸ばしてみたり、

 

足をあぐらのようにしてみたり、

足をあぐらのようにしてみたり、

 

鼻をかいてみたり、

鼻をかいてみたり、

 

足をバタバタさせてみたり、

足をバタバタさせてみたり、

 

(お、そろそろかな?)

(お、そろそろかな?)

 

終了!

終了!

 

急ぐ彼!

急ぐ彼!

 

そして念願のボルダリング!

そして待望のボルダリング!

 写真の情報を見ると、カメラを向けてから遊ぶまでの間、約8分。

その前から並んでいたので、10分は優に超えるのではないかと思います。

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2016年7月5日『自己防御のレッスン』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

〝司会者は辛抱強く、クッキーを食べたくて仕方ないクッキーモンスターに再びルールを説明します。「もし僕が戻ってくるまでクッキーを食べないで待っていたら、2枚もらえるんだよ!」クッキーモンスターは、ほんの一瞬、それは良い考えだと思います。「それなら待つよ」司会者は、がんばってと声を掛けます。ところが、クッキーモンスターの頭にはすぐにホットな考えが浮かび、「あっ、何言ってんだ、待てないよ!今食べる!」と言って、クッキーに向かって突進します。すると突然“ウェイティング・ゲーム・シンガーズが現われ、「待てば必ず良いことがある」と歌いながら、クッキーモンスターの行く手を遮ります。

ウェイティング・ゲーム・シンガーズが、何かを待つのがとてもつらいときには、歌うのが良い手だと諭すので、クッキーモンスターは試してみます。ところが、待てないし、待ちたくもないと思います。「まあ、いいや、食べちゃおう!」しかし、シンガーズがまたしても割って入ります。「別の手が必要だね。覚えている?待てば必ず良いことがある。そう、待てば必ず良いことがある」。

クッキーモンスターは、クッキーが額縁の中にあるふりをすることを学びます。頭の中に描いている額縁を指で形作り、本物の額縁を引っ張り出し、クッキーを額縁に入れ、両手の親指をくるくる回したり鼻歌を歌ったりするのですが、すぐまた誘惑に駆られます。それでも救いの手をさしのべ続けてもらい、新しい戦略を一つ一つ学び、自らもいくつか発見し始めて、自分でも驚きます。「別の方法が必要なんだ。あっ!そうだ!このおもちゃで遊んでクッキーのことを忘れよう」。犬のぬいぐるみを持ち出して、一人で歌いながらそのぬいぐるみで遊び出します。それにも飽きると、新しい方法を編み出して我慢し続けるのです。

 「おいしいクッキーがすごく臭い魚ということにしよう」。台の上のクッキーは魚に変わり、彼はいかにも臭いという感じであたりの空気を払いながら待ちます。ずいぶん長い間、おおいに苦労し、我慢強さを増した彼は、ウェイティング・ゲームの勝者となるのです。そして、ウェイティング・ゲーム・シンガーズに交じって勝ち誇ったように歌います。「待てば必ず良いことがある」。〟

ウェイティング・ゲーム・シンガーズの登場がなくてもこれだけの時間を待つことができたのは、「楽しいボルダリングが待っている!」という期待感と、日々の生活の中で彼の中に育まれた自己を制御する為の方法、我慢をする為の気の逸らし方などの方法が機能したことによるでしょう。

これは、今回のような日々の生活の折々で、また、例えば給食の〝いただきます〟の挨拶を皆で一緒にすることなど、保育の意図された環境の中で育まれている、と言えるように思います。

「待てば必ず良いことがある」。彼はセサミストリートのウェイティング・ゲームを実際に見たわけではないでしょうが、このような力というのは、育まれるべき環境の中にいることで自然と育まれていくものなのですね。

そして、このような姿を追っていくことで、例えば今後同じような場面が生まれた際に、どのような対応が生まれるのか、待てる時間の長さに変化はあるものなのか、など見えてくるものがあるようにも思います。

毎日の保育が、子ども達の姿を見守っていくことが改めて楽しみになるような、この度の出来事でした。

(報告者 加藤恭平)

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