自由の制限

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2019/4/5

新入園児の動向を、川邊先生に追ってもらえないかお願いしてみました。

「あの子は大体水場に行きます。」

それを聞いて以来、散歩先の水場に目をやると確かにその子がいるので、何とも面白く感じたものでした。

2015年3月10日『自由の制限』の中でこう書かれています。

人類は、社会を形成して生き延びてきたからと言って、社会は、別の見方をすれば、自分の自由を制限してしまいます。社会の中で生きていくためには、我慢をしなければならないことも多くあります。そんな時に、いつも「自由」ということを考えてしまいます。人は常に自由を求め、自発的に生きることを望みます。一方、社会の一員としてルールを大切にします。冷静に考えてみると、他者と関わることで引き起こされるのは、プラスの側面よりもマイナスの側面の方が多いように見えます。とくに、今の若い人は、よりそう思う人が多いようです。

たしかに自分の行動の自由度が狭まるという意味でのマイナスであって、そのせいで直接不利益が生じているわけではないと藤井さんは言います。さらに、「もし何も制限がないとしたら、私たちの行動にはほぼ無限の自由度があります。もちろん、身体のもつ自由度を超えるふるまいはできませんが、その範囲であれば、いつのところ何をやってもいいはずです。しかし、大人になった私たちは、好きな時に何をしてもよいと言われても、戸惑ってしまうのではないかと思います。なぜなら、自由度を狭められつつも私たちの生活はそれなりに安定していますし、これまでと違う新しいことを始めるのは結構大変な労力を必要とするからです。」と言います。

与えられた自由に対して行動の制限を自分から設けるという子どもの行動に納得すると同時に、それが人間進化の中で創られてきた自然な姿であるということは、大きな学びとなりました。

(報告 加藤)

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