先日、一時保育の部屋にいた時に面白い会話が聞きました。
ちょうど朝の子どもの受け入れの時間だったのですが、お部屋で何人かの子どもたちが、おもちゃで遊んでいました。保育園のクラスと違い、一時保育は、初めて会う子同士だったり、何度かしか会ったことがないという子が多いのですが、そんなことは関係なしに遊ぶ子どもたちの姿にたくましさを感じていると
おままごとで仲良く遊んでいた女の子と男の子が、おもちゃの取り合いになりました。「かして~」とどちらも引かない展開がしばらく続いた中、ふと女の子の方がこんなことを言いました。
「きみは、いまなんさいなの?」
すると男の子は、「2さい」、それを聞いた女の子は、「だったら、ちゃんとおはなしして、かしてっていわれたらかしてあげなきゃいけないんだよ」
それを聞いた男の子は納得をしたのか、すっとおもちゃを貸してあげていました。
普段、保育園のクラスにいると、子どもたちもだいたいの子の年齢を知っているので、お互いに年齢を聞くということはあまり見かけません。
なので、この年齢を確認してからどうするか決めるという女の子の行動はなぜか新鮮に感じてしまいました。そして、それを言われて、自分で納得をする男の子の反応も面白く感じてました。(もしかしたら、女の子の勢いに負けただけかもしれませんが、、、)
人類が言葉を獲得した時、大きく進化し、情報伝達、関わりにおいて大きな発展がありました。同じように、子どもたちの中でも、言葉がつかえるようになった時、その関わりは大きな発展を迎え、またそれを理解できることというのは、今回の男の子の様に自己を確認するきっかけにもなる場合もあるのですね。
子どもたちがどんなことを話しているか、どんな反応をしているか、毎日楽しみがつきません。 (報告者 西田泰幸)
一時保育の子どもたちの関わりはほどんど見たことがないので、どんな遊びが展開されるのか、どんな関わりが見られるのか興味があります。子どもたち同士の会話から様々なことを感じ取るということをしっかり意識して保育をしていないと日常の流れに乗り過ぎてしまい子ども達の関わりや何気ない言葉を聞き逃してしまうこともあるのかもしれません。日常に追われるのではなく、その日、その瞬間の子どもの様子から保育を考えるという視点は大切にしていきたいなと思います。
これは面白い関わりがありましたね。まるで大人の会話を聞いているかのような気持ちになります。年齢という意識と、子どもながらに〝その年ならこのくらいのことができるだろう〟という把握、予測があるというのはとても面白いと思いました。
何気ない会話の一つであると思いますが、そこを聞き逃さずにスポットを当てる感性が素晴らしいと感じます。子ども達からのそういった言葉、会話を一つでも多く聞きたいものですね。