家の近所に、いまどき珍しく3件の銭湯があります。
前々から興味があったのですが、先日,ふと時間のある日があったので、着換えとシャンプー・リンス・ボディソープを袋に入れてふらりと一人で行ってみました。(本当は桶に入れていけるともっと風情があってよかったのですが)
入湯料は460円。知らなかったのですが都内はどこも460円と統一されていて、どこの銭湯でも使える回数券も売られていました。
そして65歳以上は無料。これは以前、臥竜塾で塾長が銭湯に無料で入れる券が送られてきたとおっしゃっていたのでなんとなく知っていました。
入湯料を払い、脱衣場に入ると、タイミングが良かったのか、中は結構空いていました。その後は、普通に銭湯を楽しんだのですが、改めて入ると、みんなで使うルールをしっかりと学べる場所だなと感じました。
例えば、「いすや桶をちゃんと使った場所に戻す」「体をしっかり拭いてから脱衣所に行く」「湯船にはタオルを入れない」など この辺りは当たり前といえば、自宅のお風呂でもできるかもしれません。
ですが、「洗面器やシャワーで体を流すとき、隣や後ろの人にかからないように気を付ける」これは私も後から来た人の水が少しかかり思い出したので、始めの方はやってしまっていたかもしれません。
何気ないことですが、みんなで一緒に何かをする。そうすると見えないルールや思いやりの気持ちが大切になり、それを学ぶことができる。
今の時代は各家庭にお風呂があり、あまり銭湯に行く機会がなくなりましたが、そんな中こうして、銭湯が残っているのは、そんな思いやりを感じれる場所でもあるかもしれませんね。 (投稿者 西田 泰幸)
個人をターゲットにしたサービスやお店も増えているような気がします。お店で直接、店員さんとやりとりをしなくても買いたい物がはっきりしていたらネットでも十分、買い物ができるようにもなっていますね。そんな時代だからこそ、自分以外の人が大勢いる空間は貴重な場でもあるのかもしれませんね。たくさんの人がいる中での振る舞い方はとても勉強になります。誰かに見られているという意識も大切なのかもしれませんね。
思いやりは人がいて初めて成立するものであることを感じました。人との関わりの中から生まれたものですね。
古き時代、自分の家に何でもあるわけではなかった時代においては、共有すること、共有する場所が多くありました。そこを使うにはルールを守ることがもちろん大切だったと思いますが、それ以上に、その場所で人と話し、時には励まし合ったり、コミュニケーションをもつ醍醐味があったのかもしれません。
その場所で気持ちよく過ごす為に、守らなければならないものがあること。昔は日常にあった人との関わりの場が少なくなってきている今、銭湯のような社交場は本当に貴重な場所と言えますね。