「見守れませーん!(笑)」
面白いでしょう?(笑)我らが誇るベテラン保育者のある日の言葉です。
伝承あそびゾーンにあるお手玉を所構わず投げてあそんでいたわいわい組(3歳児クラス)の男の子です。
11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2014年9月18日『楽観主義を使う場合』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)
〝私は、「見守る保育」で、見守っていていい場合と、行けない場合を思い浮かべ、共通なものを見出します。例えば、「リスクの大きいことに直面した場合や、将来の見通しが不確かな時は、見守ることは避けた方がいい」と思います。例えば、子どもが、遮断機が降りているにもかかわらず踏切を渡ろうとする、信号が赤であるのに大きな道路を渡ろうとするときは、すかさず大声で制止しなければなりません。また、一時保育の子で、その子の発達や姿を理解していないときには見守ることは危険です。
また、「子どもたちには想像もつかないような先のことを考えたり、将来について助言をしたりするときには、最初は見守っていない方がいい」と思います。それは、子ども本人の力の限界を超えているからです。また、「子どもに共感していることを示したい場合は、最初は見守っていず、信頼関係が出来上がってから、見守ってあげる方がいいかもしれない」と思います。全く、楽観主義のときと同じですね。やはり、保育の中で、子どもとの関係の中で、どんな状況にでもやみくもに見守っていればいいというものではないのです。柔軟な見守る姿勢を学んでいこうということを提案しているのです。〟
わいわい組(3歳児クラス)の子にとってまだまだあそびのルールが浸透、確立されていなかった4、5月。このようなことが多くありました。それもユーモアに変えつつ、見守れる子へと促していく先生です。
「こうやるものだよねー?」
声を聞きつけて駆け寄ってきたすいすい組(5歳児クラス)の子達。もちろんルールがわかっています。
「とりあえず一個にしてみようよ。」
「それで、投げたらキャッチ。投げたらキャッチ。」
「そうそう。そういうこと!」
先生の真似をしてやってみています。
「あとは、こういうのもいいかも。いくよー。」
先生の手にあったお手玉を、
青い服の子へポンっ。
「やってみて。」
黄色い服の子もポンっ。
ポンっ。
「じゃ次ふたりでやってみたら?」
ポンっ。
キャッチ。
こんな風に促した数分後。
「投げたらキャッチ。投げたらキャッチ。」
と楽しみつつ、
頭の上に乗せてみたり(笑)
あそびの中に先生が入る前のような所構わず投げる、というようなことはしなくなっていました。
放任の中で子どもは育たちません。時にあそびの中に入り、提案していく。そして子ども達の様子を見てスッと抜けて、ある距離でまた見守っていく。その繰り返しの中で、見守れる環境というのが順々に出来上がっていくのだということを改めて感じたこの度の出来事でした。
(報告者 加藤恭平)