暗闇

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7月22日の生臥竜塾

皆さんは、「元気がいい」という言葉から、いったいどんな子どもの姿を想像しますか?

日本では、よく“大声で走り回っている姿”を見ると「元気がいい」と感じる傾向が少なくないように、“落ち着いている”ということは、物音せずにシーンとしている姿であるように捉えてしまっています。しかし、果たしてそれは本当だろうかというのが、今回のテーマです。

ドイツでは、散歩に出かける前にあることをするそうです。日本では、“よーし、これからたくさん歩くから元気を出して頑張ろう!”といって、子どもたちを奮起させ、気分を高めさせることが多いですが、ドイツでは、ロウソクを灯し、その灯りを見つめながら、エネルギーを自分の中に向かわせた後、ゆっくりと出発するそうです。そうしないと、予期せぬケガにつながってしまうからだそうです。

日本では、子どもが気持ちを発散させる場を用意しても、そのエネルギーを自分の中に向かわせ、自らでそのエネルギーを残すといった練習はなかなかしないとのこと。100%の力と、70%の力。どちらが自分で制御しやすいかといったら、当然、70%の方であると思います。そのエネルギーの調節が、幼いころから習慣的に自分の力で行えている環境下で育つことによって、周囲がケガを防ぐのではなく、内なるエネルギーのコントロール力で、自分で行動を制御できるようになっていくということでした。

元気がいいということは、あくまで自分で選んだ活動に対して集中して取り組んでいる姿ということであり、自分のエネルギーを調整して活動できている姿であるということです。子どもたちは、1日をどんなテンションですごしているでしょうか。1日中、テンションが高いまま過ごしてしまっていないか、見直さなくてはなりません。それに有効なのが「集中」、そして「暗闇」だそうです。

そして、暗闇から人の能力についての話がありました。

健常者が真っ暗闇に行くと、視覚という5感のひとつが機能しなくなりますが、視覚障がい者は、真っ暗闇でも「景色」が見えることもあるそうです。つまり、第6感で、ものを見ているということになります。よく、障がい者の気持ちを理解しようとして疑似体験する催しもありますが、その趣旨はそうではなく、「失っているものを取り戻そう」といった、人間が持つ能力に気づくことでもあるとのこと。同時に“障がいってすごく優れている”という認識にもつながることでもある。それが、「目以外のもので、何かを見たことがありますか?」という問いかけで始まる、ソーシャルエンターテイメント『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』という試みでもあります。(これについては、塾長の「臥竜塾」ブログの2010年12月4、5日に詳しく書かれてありますので、どうぞそちらをご覧下さい。)その第6感を、もともと携えているのが「赤ちゃん」でもあり、赤ちゃんは5感が未熟な分だけ、それ以外の能力が働く。その能力は、5感ができるようになってから次第に失っていってしまうという話もありました。

5(感)−1(感)=4(感) が通常ではあるものの

5(感)−1(感)=6(感) にもなり得るという内容でした。

 

今回のメニューは、いよいよ夏も本番!ということもあり、「冷やし中華」を作りました。また、塾長が頂いた「讃岐うどん」も一緒にごちそうになりました。コシが強くて食べ応えがあり、非常に美味しかったです。やはり、熱い日には、冷たい麺が進みますね!今回も、みなでおいしく頂きました!

(報告者 小松崎高司)

冷やし中華と讃岐うどんと枝豆

冷やし中華と讃岐うどんと枝豆

暗闇」への2件のフィードバック

  1. 子どもの気持ちを発散させる場を用意しても、エネルギーを自分の中に向わせ、そのエネルギーを残すという考え方は確かにあまりありませんね。自分で行動を制御できることはとても大切なことですね(なんて、つい先日、それをすることのできなかった僕が偉そうに言えることではないのですが…)。気持ちが高ぶってしまうと周りの状況がよく見えなくなります。それを強い口調で大人が制止する声をかけるのではなく、子ども自身が自らをコントロールできるような工夫を日々の中で僕たちが意識していかなければいけませんね。知識ばかり先行してしまうと自分の体や周囲から感じる雰囲気を察知しにくくなるように思います。自分自身の感覚を信じることは今の時代だからこそ大切なのかもしれません。

  2. 暗闇に身を置く内にやがてその暗闇を打開しようと方法や解決策を探したり、手を取り合ったりする様子は、まるで人生の辛い場面に遭遇した時にとるべき姿ととてもよく似ていますね。暗闇とは、不安で恐ろしいものであると同時に、光をより明るくし、当たり前と思っていたことに感謝の気持ちを湧かせ、前を向いて明るく生きることの大切さを教えてくれるきっかけのようなものですね。
    どうしてこうなってしまったのか、と、原因の追求に勤しんでも、暗闇からは出られません。あの人は暗闇から出られていいなと羨んでも、暗闇からは出られません。人のせいにしてみても、辺りは暗いままです。
    自分で方法を探し、協力してくれる人と協力し、光を目指して明るく歩いていくことなのですね。暗闇は、そんなことを考えさせてくれるきっかけをくれるようです。
    明るくて、周りも楽しい気持ちにさせてくれる。向上心があって、気持ちのいい返事や挨拶ができる。元気のいい人と言うとこのような言葉が挙がってきそうですが、単に健康状態のことを言うのであれば、落ち着いている子も、落ち着いている人ももちろん元気な子ですね。暗闇の中ではどれだけ笑顔だったとしても、大声で走り回っている子を元気な子とは表現しないでしょう。人も子どもも視覚だけで判断していては、その本質を見ることはできませんね。

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