初 塾報告

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3月5日、初の塾報告をさせてもらいます。まずは、この日のメニューですが、生姜焼き、ご飯、味噌汁というメニューでした。私が、少しは料理できると思ったのですが、さすがは先生達、手際の良さが凄すぎて僕のスピードではいつ出来上がるというとこを、阿吽の呼吸で作っていきます(笑)私はというと、味噌汁の出汁をとるのに四苦八苦(笑)味噌汁にいれる、薄揚げ。豆腐の切り方に山下先生が苦笑いでした。

まな板で豆腐を切っていた私が、カルチャーショックを受ける出来事が。豆腐は手で切るものだと気づいたんです。そういえばそうだったような思いも、これこそ先入観。先生のブログのも書いてあった、私はステレオタイプなのではと思わされました。最初に話した内容は寮生活の話しから始まりました。実は私事であれですが、田崎先生と一緒で私も寮生活をしていました!中高6年間です。外部からの情報は断たれ、テレビもなかったので、情報は新聞のみ。しかしその新聞も読めない環境にありました。私が一番ビックリしたのは、総理大臣は変わったことも分からなかったということです。中学生だった、私はなんと、小渕総理が亡くなったことも、その後に森内閣が発足したことすら知らなかったのが一番ビックリでした。でも、このような環境でも森口先生は興味あるかもしれませんが、あの伝説の松坂大輔が投げた、延長17回の死闘を生で見れた事です。熱中症で倒れる人も何人かいた思い出があります(笑)これが私の唯一の自慢でしょうか。

改めて塾の内容に移ります。この日は山下先生が出場した東京マラソンの話から、あの大迫選手は佐久長聖時代は花が咲かなかったが、アメリカにいって開花したという話が園長先生からありました。心内で思っていたことですが、実は佐久長聖の野球部の監督は、私の高校時代の先生でもあります。その後も寮生活の話はあとを尽きません。すると森口先生が高校生活の話をしました。自身の部活の体験をこれまでとは違った、逆説的な話をしました。誰も指導する人間がいなかったので、自分たちで考えて創意工夫しながら部活動の励んでいたらしいです。みな同じベクトルを向いていたからこそ、充実した学生生活だったそうです。今保育でもピックアップされている、非認知能力、我慢強さであったり、思いやりであったりと、そのような能力は私のなかでは、寮生活で身についたものだと今では感じるこの頃ですが。当たり前ですが、世の中色々な人がいます。考え方や価値観は千差万別でも、いろんな人がいてこの世の中がなり立っている。自分の主張だけでなんにもならないのが、会社員時代に感じた事でもあります。辛い、苦しい、ちょっとしたことでも辞める人間はたくさんいました。

石の上にも3年と言われていますが、今は石の上にも5年といわれているそうです。でないと何もわからない。これが、会社員時代に言われてきたことです。だからこそどのような環境にいても粘り強さであったり、他者の気持ちを推し量る能力が必要なのではないか?それは幼少期で学ぶ事だと感じました。これを体現できるのが見守る保育なのではと思う今日この頃です。

またまた話がずれてしまいましたが、今日は千代田せいがの風景画を見させてもらいました。その後神田川の話へ、私もまったく知らないことだったのですが、神田川に由来する、時代劇のドラマを見ました。あらすじを書くと長くなるので、要約すると、江戸時代では、井戸を掘っても塩しかでてこなかったそうです。水は江戸時代には重宝されていたので、江戸に水を流すために、何の知識もない菓子司に家康が命じのち、仲間と一緒に水を江戸へ導くというストーリーでした。今のご時世も言える事かもしれませんが、当時も能力ある人間が重宝され、そうじゃない人間が切り捨てられていくという内容に、能力あるなしに関わらず一生懸命にやってきた人間を簡単に切り捨てるの本末転倒だよねという話に、結果その人達の力がなければ達成できなかったという痛快なストーリーでした。このドラマで学んだことは、同じ目標を持ったもの同士が力を合わせれば困難なことも打開していけるのだということを学んだ日になりました。 �\�

手際の良い山下先生!
おかきを揚げました!

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