2019年臥竜塾覚年会 3

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横田先生

父親保育や運動会のリーダーを務めた。森口先生や本多先生に励まされ、助けていただいた一年だった。

一年目は仕事を覚えることに一生懸命だったが、初めてのクラスから持ち上がることができ、最近ようやく自分のやりたいこともわかってきた。観察ゾーンやテラスの植物を育てたりすることができた。

子どもの発達を見ることが一年目の時よりはできるようになってきたのでは、と感じる。塾の中での自分の役割も見え始め、ステップ1を踏み出せたのでは、と感じる1年だった。来年もよろしくお願いします。

塾長より

普段は阿吽の呼吸でやっているけれど、保育の番号をつけてやった時、それぞれの動きのどこを見てても横田くんは前寄りをやってしまう。それは注意しないの?とチームの職員に聞いたら、「後ろがフォローします」。それはとても良いことだけれど、そうすると後の人は常にフォローしなければならなくて、それでは大変だから番号をシャッフルしたり工夫しての昨年があった。それはそれでいいことなのだけど、横田くんはそれに気付かない。周りがフォローしてることに気付かない。だから横田くんにフォローをし合う体験をさせてあげたい。色々な人が大変な思いをしていることに意外と気がつかないその部分は、それは子どもの細かいところにも気がつけないことにも繋がる。離れないと、前に出過ぎて見えなくなってしまう。園長は子ども好きではなく保育好きでないとならない。全体の職員の動きを把握できるような、全体の動きが見えるような練習をしていってほしい。
園長になったら全てのタイプを受け入れないといけない、色んな人から学べるように。

西村先生

6年間ありがとうございました笑笑
もうこの機会ないんだな、と(寂)この1年間、中途半端な立ち位置の2年間で、結構どうしよう、というのもあった。大学の勉強もしなきゃ、でも保育も学ばなきゃ、大学入らなければよかったかな、という思いもあった時もあったが、卒論を書き上げることができてよかった。
これから仏教が中心になってくる。仏教との共通点、見守る保育 Fujimori methodの大事な所が見えたな、という2年間だった。
とりあえず2年、寺に入ることで保育から離れる。でも頭のどこかに見守る保育Fujimori methodが必ずある。長崎でやっていく、その時は塾長、塾生に助けていただいたり、しっかり引き継ぎでいきたい。

塾長より

ムネはいい園長にならずに、いい住職になりそうな気がする。今、禅や仏教を見ていると、ムネが立派な僧になっている姿が浮かんでくる。お寺の住職として地域の人や色々な人を助ける、そういうことから保育をする、という感じがする。徳を積んで修行をしていくと、人を受け入れたり、人を精神的に支えたりすることができるようになる。ムネはそういうタイプのような気が凄くして、そういう偉い僧と知り合えている、というような感じをムネから感じる。

塾頭

毎年反省するが、今年も色々反省をした。あぐらをかいていた、という感覚に近く、毎晩今日一日どうだったか振り返る。園の中の立場が、自分をベテランという見られ方をしてるだろうと思う。自分の言動、休みの取り方一つにしても後輩たちが全部見ているだろう、と感じる。あの人がああなら自分もこうしよう、となる。今までみたいに、楽しい部分と自分をコントロールしなくてはならない部分とをしっかり区別していく。先生に初めて教わった『初心を振り返る』初心をちゃんと振り返って、夜だけではなく日々の中でも、振り替えながらやってきた一年だった。それを継続していく。
この立場だからできること、企画、新しいこと、新宿せいがの文化、せいがらしさを出しつつ新しいことを考えていきたい。
GTを任される。月1でムネとカグヤさんへ行ってセミナーの打ち合わせをしたりして、見えてきた部分もある。それを残しつつ新しい風、時代に合わせてやったりすることが来年も凄く楽しみ。

アジアを中心に広げる→一番大事なのは日本で、しっかり広げていく。何が大事なのか、先を見据えて、10年後何ができるか、そういう先を見据えて今を、平日は塾長の出張に同行させていただきながら、勉強をしながらやっていきたい。

最後に塾長から総括を
いただきました

少しずつの目的は、
韓国のヌリ課程、345歳、非常に細かく書かれている、どこに行ってもちゃんと出来ていて、行き着く所まで行くとやはり凄い。がその次なにをしたらいいか、こんなことしてみたいという時に、今度はヌリ課程が邪魔をする。結局細かく書かれているということは、それから反したら補助金が貰えないということだから、今度はそれが足枷になってしまい、やりたいことが出来ない、という現状がある。

例えば、

異年齢をやりたい→年齢別だから出来ない

コーナーをもう少しこういう風に作りたい→それはヌリ課程に書かれていないから出来ない

という中で、行き詰まってきてしまっている。
そんな中、韓国はヌリ課程で細かく書くことをやめて、

園の創意工夫に任せる

遊びを中心に

という大転換を遂げることになる。

現場の保育士は、今までああしろこうしろと言われてきたから、創意工夫と言われても一体何をすればいいのか。遊びを中心と言われても、今までは先生がやらせてたから、子どもが遊んでる時一体何をやればいいのか。全部何をするか、ということで教わってきたから、とても戸惑っている。
そんな中、再編纂されたヌリ課程に書かれている最初の基本部分が、私の見守る保育に書かれている文章とそっくりだ、という話が上がったようで、韓国の園が今、見守る保育 Fujimori methodを実践している形になってきていて、だから、私に来て話をしてもらいたい、ということへ韓国へ。

講演の休憩中にクレームが入ったそうです。
「自分たちが知りたいことは理念じゃなくて、棚に何を置いたらいいのか、とか、どんな歌を歌えばいいのか、とかそういうことが聞きたい」

やはり今まで全部それを言われてるから考え出せすことが難しいということなのでしょう。

そうすると、益々塾生もそういう所へ出て行って話をしていってほしい。中国もシンガポールも。

先ずは、塾生が交代で中国へ。塾セミナーはその為の準備。

皆の存在を心強く感じる。

塾長からの熱いメッセージに、身の引き締まる思いと、アジア展開に具体的に関わっていける高揚感とが混じり合う、格別な気持ちを味合わせていただいたような思いがしました。

塾長の言葉を受けて、森口先生が締めます。

塾長の考え、見守る保育 Fujimori methodを学ぶ度、全てに繋がっていくことを感じます。人間調子に乗ってしまうもので、その都度見つめ直す、他者から言われることで見つめ直し、しっかり締めてまた来年いきたいと思います。いい一年でした。

そして、塾長の健康を祈念して一本締めで会は締め括られました。

本当にいい一年でした。見守る保育 Fujimori Methodのこれからに、そして見守る保育 Fujimori Methodを信じる全ての人たちにとって、2020年もまた良き年になることを心から願います。

(報告 加藤)

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