415

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これなんだと思います?

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今森口氏がどハマりしているカフェであるお店で売られている物です。題名の415というのは我らが塾長の生誕73回目となる記念すべき日となります。塾生一同毎年どんなものを塾長にプレゼントするか熟考しています。その中で上がって来たのがこれになります。
そうです、中国ゴマです。




冗談です。




お香たてです。

しっかりと森口氏、塾頭から送られました。

温度差は否めないですが、楽しく塾生から送らせていただきました。

そして、塾の内容はといいますと。

乳児の異年齢児保育がどんな経緯で生まれていったを塾長がお話しいてくださいました。

森口氏が乳児を3つに分ける理由を聞いた際にこんな答えが返って来まいした。

塾長が省我保育園で園長をされていた時の話です。
もう何十年前の話でしょうか…
子どもの発達をより理解するために月齢で分けて保育をしている際に起きたことが、発達を追い越してしまうということ。月齢を分けて保育しているとそれぞれ発達のスピードが違うため、月齢が早くても遅く生まれた子よりも早く発達することがあります。細かく分ければ分けるほど逆転する可能性が大きいという事に気づきます。

さらに、2歳にいくときに1歳児が2歳に行きますが、そうすると月齢の高い子が2歳にいくが0歳と一緒にいた1歳児も2歳にいくと一個飛んでしまうという現象も起きる事に気づきます。

色々な問題も起きたそうです。0、1歳を3つに分けて保育をした時に、部屋が足りないので、2歳の部屋を使って0、1の保育を行い、2歳児クラスが3歳児の部屋を使い、3歳児クラスが4歳児クラスを使い、4歳児クラスが5歳児クラスの部屋を使うと5歳児はいくところがなくなってしまいます。

そこで4、5歳の部屋を3、4、5の部屋として使ったことから異年齢児保育が始まったそうです。一同そういう理由で始まったのか!と驚きました。

初めは異年齢に意識もなかったため、3歳は3歳で隅に集まり、お集まりをし、4歳は4歳で隅に集まりお集まりをし、5歳は5歳で隅に集まりお集まりをしていたそうです。その代わり朝の自由時間だけは一緒にしていたそうです。その考えならば全部一緒にした方がいいじゃんという考えに至り、今の形ができたという説明を受けました。

それを聞いた森口氏から一言。

「やはり、理屈じゃないんだよなー、塾長が始めたのって。これが大事ですよね。やってみてはまった形をやっていくんですね』

確かにですねー、この何年もの経験と試行錯誤からなる保育ですから間違いないですね。この保育がよく進め、せいがの森を保育園をこの形で3年くらいやっていたら、私保連の通信でドイツが出ていたそうです。ドイツも同じ保育をしてるじゃん!と思って行き始めたら、あんまりにも似ていて写真をとって帰って来て、写真を見せると、「これせいが?」という言われるほど。
他の方々は塾長がたくさんドイツを研究してドイツの真似をして作ったと思っていたそうです。
実際はそうではなく逆であることがこの話からわかりますね。
塾長が先に考えていたのが「なんだドイツも同じか」と思ったのが率直な感想だったようです。

森口氏は「本質が一緒ってことですよね、これが面白いんですよ」と感動の一言。「頭で考えるのではなく、子どもに見合う形を突き詰めていったら、これが出来上がったいったわけですよね?すごい!」

塾生一同感動しました。

ここに来て初めてその経緯を知り、保育の奥深さを理解した上でこの保育が成り立っている事に改めて感動します。

森口氏のいうように本質を変えずに子どもにとって何が良いのかを常々考え、保育して行きたいと改めて思います。

最後になりましたが、塾長、生誕の日に素晴らしいお話しありがとうございます。
そして、73歳おめでとうございいます!!!











zoomも行っています。

報告者 本多悠里


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