フワフワ浮いてる あの雲に乗れるくらい 頭やわらかくなります♪ EPISODE 1

4月2日(土)、今年度初の藤森先生主催〝ブラヘイジ〟が開催されました。

とても楽しかったので、写真と合わせて、この日のことを簡単に報告してみたいと思います。

この日の参加者です。夜の部(?笑)に柿崎先生が加わります。

この日の参加者です。夜の部(?笑)に柿崎先生が加わります。

先ずは清澄庭園へ。都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線〝清澄白河駅〟から歩いて3分程のところにありました。

道中も藤森先生から〝半蔵門線〟の名前の由来を聞いたり、ちょっとした会話の中にとても知恵が含まれていて、聞いていてとても楽しいです♪

その中でも床屋の話題になった時が印象的でした。

藤森先生は八王子に住まれていた際によく行く床屋があったそうです。そこの床屋の人は、藤森先生に配慮してのことなのか全く話しかけてこない(笑)会話のない中、淡々と髪を切られていく藤森先生。雑誌を読んだり、逆にこちらから話しかけてみたりとなりそうなものですが、藤森先生は淡々と髪を切っていくその人を見ていることが大好きだったようです。

 

「人が何か夢中になったり、一生懸命やっていることを見守ることがもともと大好きなんだよね。」

と仰っていました。何だか、とても胸に響くものがありました。

庭園の中で一枚!

庭園の中で一枚!

きれいな園内です。〝伝統〟をテーマに取り組んできたこともあり、このような景色、景観にとても心が癒されるようになりました。

とても広々としています。

とても広々としています。

 

まるで絵か何かのようですが、生きています。

まるで絵か何かのようですが、生きています。

 

スカイツツリーと園内の塔をセットで見られるスポットも!

スカイツツリーと園内の塔をセットで見られるスポットも!

まさに〝歴史が交差する場所〟ですね。

歩きながらちょっとしたところで座って休憩をしたりします。そのちょっとした時に藤森先生がよくお菓子を下さったり飴を下さったりするのですが、それがまた何とも美味しい!いつも本当にご馳走さまです。

若林先生はスタンプを押していました。

若林先生はスタンプを押していました。

旅の記念ですね♪

外国のお客様も多く見られていて、とても日本の景観を知る上で貴重な場所であることを感じました。

庭園を出て、ブラリお土産屋さんへ。

庭園を出まして、ブラリお土産屋さんへ。

雰囲気のあるお土産屋さんですね。ここで美味しそうなふりかけや炊き込みご飯の具などをそれぞれに購入♪お家に帰ってからの楽しみが増えました。

時間は12時をそろそろ回る頃。お腹も空いてきました。

本日の昼食はあさりたっぷり〝深川飯〟♪

本日の昼食はあさりたっぷり〝深川飯〟♪

この辺りは海が近いので昔からあさりが盛んに食べられていて地元の名物になっています。食べても食べてもあさりが出てくる、こんなに満足する程にあさりを食べたのは初めてでした♪あさりから出た出汁がご飯に染み込み、たまらない味に♪

いつか皆さんで食べに行きたいですね。

こんな所で午前の部は終了。次に目指すは〝深川江戸資料館〟です♪

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2012年6月12日『テーマのヒント』の中でこう書かれています。

〝私の子どもが小さかったころは、よく家族で地域のウォークラリーに参加していました。保育という仕事は、そんなことが、仕事のうちだということができる職業であることに感謝しています。

しかし、いろいろな体験をすることが大切であるといっても、そこから感じ取る感性がなければなりません。何気なく見過ごしていることでも、そこにはヒントがたくさんあるのです。私は、職員と時間があるときには「ブラヘイジ」という、地域を歩く会を持ちますが、ただ見学して歩くのではなく、そこに保育のヒントがたくさんあり、それをレクチャーするという意図もあるのです。店のディスプレーを見て、「これは園の装飾に使えるね!」、しゃれたグッズの店に行くと、「これをあそこに置くといいかもね!」、ドイツに行ったときにも、園の見学だけでなく、店を見て歩くときにも、道を歩くときにも何かヒントがないかを探します。たとえば、ビアホールに入ったら、ビールの原料のホップが梁からぶら下がり、壁にはビールをかたどったリースがかけられています。

こんな装飾を見ると、園での装飾の参考になります。それは、職業的「性」ではなく、職業的「楽しみ」なのです。〟

保育という仕事が何とも楽しい仕事であることを改めて感じます♪

それでは次回、続編にて午後の部の様子をお伝えします。

(報告者 加藤恭平)

伝統を引き継ごう・・・

新年度が始り、どの園も賑やかになっていることでしょう。

新宿せいが保育園も多くの新しい新入園児を迎え、毎日楽しく過ごしています。

 

4月の初めに「入園進級を祝う会」がありました。

毎年、この行事は職員室チームが担当することになっているので、毎回携わっています。

 

一応、ルールというか、何でも職員の好きなことをやるのは意図がないので、

必ず今年のテーマに沿ったこと企画しています。

今年のテーマは

「伝統を引き継ごう」です。

ちなみに・・・過去に行ったのは・・・

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これは一昨年ですね。

「笑点」の「大喜利」を真似てみたのですが、その年のテーマは「季節を感じよう」です。

笑点とは全く関連していないですよね(笑)なので、お題として

「季節の野菜でダジャレを作ってください」というお題で大喜利をしてもらいました。

少し無理矢理感があるでしょうか(笑)

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これは去年です。

新宿せいが保育園に来られた方は必ず見ていると思いますが、

2階から3階に上がる階段の途中に「ぞうくんの散歩」の絵が描かれてあるのをご存知かと思います。

あれは塾長が初年度に壁に描いた絵ですが、そもそもなぜ「ぞうくんのさんぽ」なのか?

というところですが・・・

 

新宿せいが保育園が開園した時は、全員が新入園児でした。

その初年度の入園式の時のプログラムのなかで塾長から絵本の読み聞かせがあり、

その読み聞かせをした本が「ぞうくんのさんぽ」だったのです。

そして去年のテーマは「伝統を見直そう」だったので、初年度の伝統を見直そう!ということで、

再度、塾長に読み聞かせをしてもらい、その隣で職員が動物になりきって演じたのです。

 

ここまで読めば今年の「入園進級を祝う会」で何をやったか分かりましたよね?

今年は「伝統を引き継ごう」なので去年の伝統を引き継ぐために、塾長に再度読み聞かせをお願いしました。

ちなみにご存知のとおり、この絵本には「ぞうくんのあめふりさんぽ」という二作目があります。

今回はこの二作目を読み聞かせ&演じました。

有名な本なので知っている方も多いと思いますが、今回、私が何が一番「さすがだ!」と思ったことがあります。

それは塾長が子ども達の前で読み聞かせをする時に何気なく言われた一言です。

「この本に出てくる動物は、ゾウとカバとワニとカメだけど、誰が一番力持ちかな??」

子ども達は一斉に

「ゾウ!」「カバ!」

と答えました。すると塾長は

「実は水の中ではカメくんは一番力持ちです。」

「えぇ~!!?」

子ども達は驚きました。あんな小さい動物が一番力持ちなんて・・・。

そうなると、子ども達は「なぜカメが一番力持ちなのか?」と理解するため、ストーリーをちゃんと理解するために静かに話しを聞いてました。

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私はとくに本を子ども達の前で読み聞かせをするわけではありませんが、

読み聞かせをする前にだいたいの先生は「はい!静かにしてください」と言うでしょうね。私もそう言います。

そうではなく、子ども達に物語の世界に入り込ませるような、そんな言葉がけをすると、自然と子ども達は集中して聞いてくれるのかもしれません。(報告者 山下祐)

「雑」三

皆さんは、モノを選び・買う際に、それが自分の暮らし方に直結しているということを意識しているでしょうか。

そのような視点で「モノ」を捉えたのが、『終わらない自問自答』という展示作品でした。

 

「終わらない自問自答」

「終わらない自問自答」

この作品には、このような説明書きがありました。

『私たちが生活の中で使うモノを「選ぶ」「買う」という行為は、「どういう暮らしをするか」という問いと表裏一体と言えます。モノと同じように理想の暮らしも買えるのか。買い続けることはできるのか。悩みのつきない自問自答とともに、「モノ」と「暮らし」の関係について考えてみませんか。』

私は、正直そこまで考えていませんでしたが、よく考えてみると、そのモノを選ぶ思考、その後の使い方によって日常は構成されていきます。それは、最終的にはその人の「生き方」そのものでもある気がします。

モノを選び、買う度に「自問自答」を繰り返している私たちから、自分に対してどのような問いを投げかけるかという点の重要性も感じることができます。よく、「この人とは話しが楽しい」「話が弾む」などと、コミュニケーションを楽しくとれた時というのは、この「質問力」の影響が大きいのではないでしょうか。物事の優先順位にも関連する質問力です。塾長は、この質問力についてこう言っています。

『幼児教育でも初等教育でも当たり前のように過去からやっていることについて、どうしてこれをするのだろうか、それによって、どんな力を子どもたちにつけようとしているのか、その力は、子どもたちが世の中に出たときに役に立つ力なのか、ということを私は常に考えてしまいます。どうも、これは、「質問力」という力のようで、どうして質問なのかというと、「物事の探求に情熱を燃やし、現状に異議を唱えるような質問を行う」ということのようです。また、取り組んでいる内容は、他のものに優先するものであるのかということも私はよく考えます。現状を変えるために、「そもそも、それは何のためにしているか?」という原点に戻る必要があります。』

「原点に戻る」作業によって、相手の根底にあるものを理解しようとするのですね。また、何を優先するべきか、そして情熱を燃やす方向性が身定まります。そして、物事の背景を捉える力も同時に養うことができますね。

2軒に1軒が空き家に?

2軒に1軒が空き家に?

自分の中に刷り込みのように形作られてしまった部分へ“問題提起”というアクションを起こし、自分が思い描いている理想の暮らしの背景にあるものを可視化してみようというのが、この作品「終わらない自問自答」の試みでもあります。

「お金よりも時間が大切か?」という問いは、その時々と場面によっても答えが変わってくると思いますし、考え抜いてもそこに答えがあるのか分かりません。それなので、「終わらない自問自答」なのでしょうね。つまり、『「答えがない」という答え』が存在すること、そして、そこに楽しみを見出してもいいのではないか、ということを伝えているようにも感じました。

「暮らし」を支えている自問自答をいかに楽しめるか、それこそ自分に対する人生の勝者であるように感じましたし、この日を境に、モノを選ぶ時・買う時には「自分はどのような生き方をしたいか?」という自問自答をするよう心がけていきたいです。

(報告者 小松崎高司)

ひまわりのような まっすぐなその優しさを温もりを全部 これからは僕も届けていきたいです EPISODE FINAL!

さていよいよこの度の報告の主人公、紫ちゃん(紫っぽい色の洋服を着ていたからです)の登場です。

 

雑巾をとってくることにどうやら苦戦していた様子。

雑巾をとってくることにどうやら苦戦していた様子。

 

なるほど、だから戻ってくることに時間がかかったのですね。

 

そして、到着。

そして、到着。

 

こぼれたお盆をずっと持っていてくれたお友達も、ほっと一安心といった様子。

 

一生懸命拭いています。

一生懸命拭いています。

 

ここでちょっと、引いて撮った一枚があります。

 

職員がこのやりとりを少し離れたところから見守っています。

職員がこのやりとりを少し離れたところから見守っています。

 

この職員の距離感!この一枚の写真が、結果としてこの度の報告での感動へとつながる伏線となっています。この度の報告で僕が一番お伝えしたいのは、この職員のこの距離感です。最後まで見ていただくとおわかりいただけることと思いますので、続けます。

 

さて、椅子は拭き終わりました。

さて、椅子は拭き終わりました。

新宿せいが保育園では、テーブルはピンク、椅子は黄色、床は青、という具合に、それぞれ場所別に拭く物の色が分かれています。ちっち組(0歳児クラス)から見ているからでしょうか、習慣化され、子ども達は色を把握して、場所別に使い分けています。

なので、床に落ちてしまったご飯は青です。

なぜか黄色をお友達に渡して(笑)青を取りに行く紫ちゃん。

なぜか黄色をお友達に渡して(笑)青を取りに行く紫ちゃん。

 

持ってきました。(別件なのですが、写真左上をご覧下さい。お友達は黄色を洗いに行っていました。優しい!)

持ってきました。(別件なのですが、写真左上をご覧下さい。お友達は黄色を洗いに行っていました。優しい!)

が、何だかためらっています。

しゃがむものの、中々拭き始めません。

しゃがんだりするものの、中々拭き始めません。

 

するとらんらん組(4歳児クラス)の子が助っ人に来てくれました。

するとらんらん組(4歳児クラス)の子が助っ人に来てくれました。

 

慣れた手つきで「よいしょ。」

慣れた手つきで「よいしょ。」

 

流しへ。

流しへ。

 

「…ありがとう。」「へへ。」

「…ありがとう。」「へへ。」

いい場面ですね。

なぜかその場面に水を差すように(?笑)割って入ってきたボーダーの男の子。

なぜかその場面に水を差すように(?笑)割って入ってきたボーダーの男の子。

なんでしょうね。そして、

紫ちゃんは、

紫ちゃんは、

 

改めてご飯をよそってもらい席へ。

改めてご飯をよそってもらい席へ。

 

手伝ってくれたハンサムボーイは、

丁寧に雑巾を片付けて、

丁寧に雑巾を片付けて、

 

颯爽と席へ。

颯爽と席へ。

席に戻ったハンサムボーイのことを褒めようと、声をかけました。

すると、意外な答えが返ってきたのです。

「◯◯先生が、ボーくん(先ほど流しで割って入ってきたボーダーの男の子)にやってあげて、って言ってたのを聞きつけてきたの。」(ボーくんが割って入った理由がなんとなくわかりました、笑)

〝聞きつけて〟なんて難しい言葉をよく知っていますね。それより!

先程の職員の配慮がこの展開を生んでいたことに感動しました。

子どもが自分で気付いて自分でやった、という美談であればそれはそれで魅力的な出来事だったのですが、僕はそれよりも、ご飯を拭くのをためらった紫ちゃんを見て、職員が事態の収拾を図ったこと(実は椅子を拭き終わるまでに相当な時間がかかっていました。笑)、そして、最初に頼んだ子が動かない姿を見て、ハンサムボーイが動いた、という一連の流れに感動しました。

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2010年9月5日『すばる』の中でこう書かれています。

〝最近、「集団」という言葉に興味を持っています。それは、個性を殺すものとして否定されることが多く、それに優先して「個々に」「一人ひとりに」が言われてきたからです。しかし、「個々」という自己主体性や自尊感情は、集団の中で自己を見つめたときに生まれてきます。また、人が生きていく特性として集団の中でさまざまな役割を持っていることが重要になってきます。また、私の生きる理念である「共生」と「貢献」も、ともに集団が必要なのです。(中略)

人は、個人差というそれぞれ違った役割をもって生まれてきています。それぞれ違った役割を持つのは、人類という種を子孫に残すためであると言われています。子どもは何もできないと思い、子どもに教えたり、与えたりするのではなく、子どもが本来もっている能力を信じて「引き出し」、それを「はぐくむ」。それがMIMAMORU─見守るという日本独特の距離感で子どもと関わることであり、エデュケーション(引き出す)という教育本来の姿を具現化する重要なアプローチであると思うのです。〟

〝見る〟だけでなく、〝放任〟するでもない。適切な援助と適切な配慮で、一人の子どもの奉仕の気持ちを引き出し、やってあげた側も、やってもらった側も、そして、それを見ていた側の気持ちも涼やかに嬉しくなるような場面を構築した職員のその保育は、まさに〝見守る保育〟だと思いました。

新鮮さ残る4月も後半ですね。このような職員の姿勢を胸に、今日も新しい気持ちで保育に臨みたいと思います。

(報告者 加藤恭平)

「雑」二

「雑」という字には、「分類できないもの」「多様に入り混じったもの」という意味があり、「雑貨」というカテゴリーには、外来の多様な生活文化や新しい習慣を柔軟に受け入れてきた歴史があります。その変化に応じて、暮らしの中に様々なモノを取り込んできた日本人の生活史を象徴する存在が「雑貨」です。

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前回、「雑マンダラ」という展示作品の中にあった「雑」という字の使い方が目に止まりました。その字は、「くっきり線を引いてカテゴライズしない、曖昧な境界として使われる便利な言葉」として位置づけていました。その作品の漢字をピックアップしてみると、「雑学」「雑誌」「雑草」「雑談」「雑念」等があります。これら全ては、なんとなく、そのもの自体はなくても困らないが、そこから何かが生まれるきっかけ、又は広がりのある世界観を誘発させる効果があるように感じます。つまり、あえてくっきりさせない、カテゴライズしない、混沌の中にある『曖昧さ』が、人々を創造の世界へといざなっているようにも感じるのです。

先日、あるTV番組で脳科学者である茂木健一郎氏が、“ロボットに教えるのが難しいこと”として言っていたのが「雑談」でした。それは、きっと「予想が出来ない」とか「曖昧さ」が関連しているのだと思います。「ちゃんとしない」「完全ではない」という事に価値を見出すことで、人間としてのこれからの生き方があるようにさえ感じさせます。

塾長は、日本語についてこう言います。

「すべての日本人に対する日本の国全体の空間の支配は、日本人の精神生活のもっとも深い層にまでおよんでいて、そのために大変に頑強なものになっているとみています。西洋人は概念やそれを表現する言葉を愛していますが、極東の人たちは、知識の言語的な側面から自らを守ることを知っているというのです。日本語は、その曖昧さにおいて豊かであって、したがって、ある実体を概念化し、孤立させて理解するということをけっして要求しないと言います。」

日本の空間そのものが、曖昧さの中に漂っており、言葉や行動のその意味は、その人個人に委ねられているという、なんとも線引きのないグレーな世界においてこそ発揮される“豊かさ”に美学等を持ち合わせている印象を感じました。

人の暮らしに楽しみを与えて、豊かにしてきた影の存在でもある「雑貨」には、『私たちの日常の生活空間に寄り添い、ささやかな彩りを与えてくれるデザイン』という定義が作られました。その中の「ささやかな彩り」というのは、豊かさのことでもあるように感じます。その豊かさは、決して経済面での豊かさではなく、心の豊かさであると思うのは、この企画展のディレクターである深澤氏が、雑貨について言っていた「生活に溶け込んだ親しみやすさや心地、細やかな配慮の上に成り立ったささやかな幸福感のシンボルのように人の心に響いている」という言葉からも想像がつきます。

そんなことを考えていると、ふとこのような光景が目に入ってきました。

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これは、新宿せいが保育園内にある雑貨たちのほんの一部です。

このような、「ささやかな彩り」があるおかげで、それが作り出す心地良い環境・雰囲気・又は空間の曖昧さのおかげで、そのような遊び心を携えた方がいるおかげで、私たちは日々の生活における豊かな仕事ができているのかもしれません。

(報告者 小松崎高司)

「雑」一

『今日、私たちの暮らしのいたるところに、「雑貨」と呼ばれるモノが存在します。しかし、非常に身近であるはずの「雑貨」は、すぐ手の届くところにありながら、その定義は曖昧にして捉えどころがありません。そもそも、私たちが普段無意識に使っている「雑」という字には、「分類できないもの」「多様に入り混じったもの」という意味があります。その中でも「雑貨」というカテゴリーが生まれた背景には、時代の節目節目に外来の多様な生活文化や新しい習慣を柔軟に受け入れてきた歴史があります。その変化に応じて、暮らしの中に様々なモノを取り込んできた日本人の生活史を象徴する存在が「雑貨」ともいえるのではないでしょうか。』

このようなメインビジュアルを表現するのは、21_21 DESIGN SIGHTで行われています企画展、「雑貨展」です。

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確かに、雑貨というものを考えた時、目の前にある物の中でどれが雑貨でどれが雑貨でないかは理解しがたいところがあります。時代と共に、幅を広げて柔軟に変化してきた「雑貨」は、まさに人の暮らしに“楽しみ”を与えて豊かにしてきた影の存在であり、「分類できないもの」「多様に入り交じっている」「区別しにくいもの」であることで、逆にその存在を確固たる物へと変容させてきたように思います。カテゴリーという枠を越え、予測の出来ないことに自然と感じる魅力、「探す、選ぶ、買う、使う、飾る、取り合わせるといった行為や経験」を通して何かを結び付けるといった姿が、『人』の未来にも似たイメージを駆り立ててくれます。

そのような中この企画展では、概念そのものが広がり続けている、生活空間に欠かせない「雑貨」というものを『私たちの日常の生活空間に寄り添い、ささやかな彩りを与えてくれるデザイン』と、定義づけています。

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また、『本展はこうした「雑貨」をめぐる環境や感性を、世界的にもユニークなひとつの文化として俯瞰し、その佇まいやデザインの魅力に改めて目を向ける展覧会です。』と語っています。そして、企画構成を手がける前村達也さんは、こう話します。

『展示作品でもある「雑」という言葉を含む二字熟語を集めた雑マンダラの中にもあるのですが、たとえば「雑煮」。それぞれ中身は自由に入れますよね。
そういう風に「雑」は、くっきり線を引いてカテゴライズしない、曖昧な境界として使われる便利な言葉です。
ですので、最初はひとつひとつのモノを「雑貨」なのかどうなのかを調べていたんですが、どうやらそうではない。モノが集まった時の集合体、それが『雑貨』なんじゃないかなと。そういう主旨のもと、展覧会を構成しました。』

雑マンダラ

雑マンダラ

塾長が提唱する、人間らしさ・日本人らしさ・人の在り方なども垣間見える気がするこのような企画展から、何がみえるでしょうか。

(報告者 小松崎高司)

ひまわりのような まっすぐなその優しさを温もりを全部 これからは僕も届けていきたいです EPISODE1

新年度が始まりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

新しい体制になり、ワクワクした気持ちでいっぱいの毎日で、僕はにこにこ組(2歳児クラス)からの持ち上がりでわいわい組(3歳児クラス)になりましたので、移行を遂げた子ども達のその後の姿をリアルタイムで見守ることができることが、嬉しくて仕方ありません。

現在の子ども達の姿を報告したい気持ちを一度横に置いて、今回は、時間がちょっと経ってしまったのですが、移行時に見ることのできた子ども達の姿、それを追う職員の姿勢から、とても多くのことを学ぶことができた出来事があり、昨年度の締めくくりとして、報告をさせていただきます。

その出来事は給食の配膳時に、突然起こりました。

ご飯が落ちています。

ご飯が落ちています。

わいわい組(3歳児クラス)の子が配膳をこぼしてしまいました。

椅子にはお味噌汁も…。

椅子にはお味噌汁も…。

 

意外とよくある光景なのではあるのですが(笑)

意外とよくある光景なのではあるのですが(笑)

移行時ということもあり、僕はにこにこ組(2歳児クラス)の場所から、初めてちゃんと意識をして、この後の流れを見ておこう、と思ったのでした。

しかし、あれ?こぼしてしまった本人は水道へ行ったっきり中々戻ってこず、時間ばかりが経過していくような、そんな感じがしました。

思わず、見ているだけに思われた黒いボーダーの女の子に声をかけてしまいました。

思わず、見ているだけに思われた黒いボーダーの女の子に声をかけてしまいました。

「なんで拭くのを手伝わないの?」

すると、

「だって紫ちゃん(後に登場するこの度の報告の主人公です。紫のボーダーの服を着ています)が〝やらないで!〟って言ったんだもん…。」

とのこと。僕は何だか驚いてしまいました。

この黒のボーダーの女の子は、紫ちゃんの言葉を受けて、手伝ってあげたいと思う気持ちを抑えながら、見守っていたのですね。

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2008年10月7日『自己中』の中でこう書かれています。

〝子どもが少ない少子時代の今では、子ども同士がぶつかり合うことが少なくなってきています。物が豊富になったため、ものを取り合ったり、譲り合ったりしないで済むようになりました。物だけではなく、時間も、空間も自分だけのために確保できるようになりました。そのような意味において、幼稚園・保育園という場は、子どもにとって、貴重な場だといえます。多くの子どもが共に生活するうえで、さまざまな場面で、譲り合っている姿を見ることができます。

 今回の保育指針の改定の背景に、子どもが人と関わる経験が少なくなってきていると書かれてあります。人と関わることで当然トラブルも発生しますし、自己中のぶつかり合いも起きます。しかし、その中から人に共感する心が育っていきます。もともと人とは、社会という集団を構成するようにできています。〟

相手の気持ちを尊重して、こぼした本人に〝手伝う〟という行為を譲った黒のボーダーの女の子。子ども同士の関わりの中で育まれたものを、ありありと感じ、感動してしまいました。

今回の報告も、何回かに分けてお伝えしたいと思います。この後、こぼした本人が登場し、面白い展開を見せてくれました。次回に続きます。

(報告者 加藤恭平)

たまにはね!

3.4.5歳児クラスでは、2階と3階に分かれて食事やおやつを食べています。山下先生と私の用務2人は、山下先生が2階、私が3階に分かれて食事の後の掃除を子供たちと行うので、おやつはそれぞれの持ち場で食べます。

先日のおやつの時間、いつも通りに3階に行き、ふと外を見ると、雲ひとつない青空でした。気温もそこまで低くなかったので、これは外で食べると気持ちいいだろうなと思った私は、子供たちに「外で食べるか!」と提案してみました。すると、子供達は「いいね!食べたい!」と言ってくれて、みんなでおやつを持って外に出ました。(外と言っても、去年まで学童の子たちが使っていた外階段です)お昼寝明けで寝ぼけながら着替えをしている子もいたのですが、楽しそうに外に出て行く子たちを見て、自分も早く行きたくなったのか、すぐに着替えておやつを取り、外に出てくるのです。(笑)

結局、3階で食べる子全員が外で食べることになったのですが、階段に密集して座って食べたので、普段より会話も弾んでいたような気がします。また、あまり人気のないマーマレード蒸しパンだったのですが、おかわりも無くなるくらい、みんないつも以上に食べていました。外で食べるという、普段とは違う雰囲気がそうさせたのでしょうか。

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外で食べると、部屋に食べ物を落ちることがないので、掃除が少しラクになったということは、まだ内緒にしておきましょう。(笑)

たまには外でおやつもいいですね。たまにはね。

西村 宗玲

悲しいことがあると 開く生臥竜塾の表紙 卒業旅行のあの人は優しい目をしています 完結編

箱根美術館を後にし、次の目的地、(http://www.hakone-tozan.co.jp/gorapark/)へ向かいました

そこで面白かったのがこんな比較です。

強羅公園内にある噴水です。洋式のデザインになっています。

強羅公園内にある噴水です。洋式のデザインになっています。

 

泊まった旅館の前にあった滝です。

泊まった旅館の前にあった滝です。

 

「水の使い方一つにしても全然違うね。」と藤森先生。全てに人の手が入り、美を加工して表現する洋式のスタイルと、あくまで自然の景色をそのままに美を表現しようとする日本人のスタイルとの違いを教えてくださいました。箱根美術館の散策コースの景観を思い出し、なるほど日本の美というものを、実際に目で見て体感をして比較することで、より実感として感じられたような思いがしました。

 

公園内でパチリ!

公園内でパチリ!

そこから少し離れた駅まで歩いて帰ることにしました。

途中、〝箱根天然温泉 てのゆ〟http://(http://www.tenoyu.jp)にて昼食を摂りました。(箱根通の本多先生オススメの温泉です。)

そして大平台駅に到着。その距離約4.4km!

藤森先生を先頭に歩いて行くのですが、先生のペースの速いこと速いこと(笑)

皆で気持ちよく体を動かし、帰りもロマンスカーで帰りました♪

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2008年7月7日『卒業アルバム』http://(http://www.caguya.co.jp/blog_hoiku/archives/2008/07/post_993.html)の中でこう書かれています。

〝私は、卒業は、希望を持って次へ進むステップだと思います。何かが終わるのではなく、これから始まるのです。〟

西田泰幸先生。先生が築き上げて下さったものの大きさを感じています。先生が残して下さったものを大切にしながら、離れていても臥竜塾生、先生と一緒に、これからも見守る保育を、もっともっと多くの人に知ってもらえるようにがんばっていきたいと思います。

卒業は悲しいことではないのですね。終わりではなく始まりを知った卒業旅行。報告は以上です。

また皆で旅行に行ける日を、心から楽しみにしています。
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(報告者 加藤恭平)

悲しいことがあると 開く生臥竜塾の表紙 卒業旅行のあの人は優しい目をしています EPISODE 4

夜は、2部屋を予約していただき、藤森先生の就寝される方の部屋で、皆で軽くお酒を飲みながら、談笑をしました。

そこで、西田先生に塾生からプレゼント。車の免許を取得中の西田先生にキーケースをあげました。

開けてみるとそこには予想以上にリーズナブルな風合いのキーケースが…

そういうサプライズが、特に塾長と塾頭は大好きです(笑)

驚いていただいたところに、誰もがご存知有名ブランドのキーケースを渡したのでした。

そんなサプライズもあり、夜は深まっていくのでした。

そして次の朝。

ホテルの前でパチリ!

ホテルの前でパチリ!

 

場所を変えてもう一枚!

場所を変えてもう一枚!

マイナスイオンを全身に浴びて出発!!!

お子さんが体調を崩され、ここで塾頭山下祐先生とお別れです。

お子さんが体調を崩され、ここで塾頭山下祐先生とお別れです。

電車の扉が閉まり、走り出す電車を追いかけようと電車に合わせて早歩きになる塾頭山下祐先生。

感動の別れ…と思いきや旧ブレーキ!(塾頭が!笑)

最後まで笑いを届けてくれる塾頭山下祐先生でした。

箱根登山鉄道(http://www.hakone-tozan.co.jp)からの景色です♪

箱根登山鉄道(http://www.hakone-tozan.co.jp)からの景色です♪

電車は、箱根美術館(http://www.moaart.or.jp/hakone/)のある、『強羅駅』を目指します。

先頭が入れ替わる為、色んな景色を見ることができます。

箱根登山鉄道の〝見た目が全然ゆるくない〟(?笑)と評判のゆるキャラ〝のびりやま てつみち君〟です。

箱根登山鉄道の〝見た目が全然ゆるくない〟(?笑)と評判のゆるキャラ〝のぼりやま てつみち君〟です。

 

〝見た目が全然ゆるくない〟など、そんな面白い紹介をふんだんに織り交ぜながら車内を明るく楽しくしてくれた車掌さんです。

〝見た目が全然ゆるくない〟など、そんな面白い紹介をふんだんに織り交ぜながら車内を明るく楽しくしてくれた車掌さんです。

 

そんな名物車掌さんに写真を撮って(笑)もらいました。

そんな名物車掌さんに写真を撮って(笑)もらいました。

藤森先生のお茶目な姿を披露してしまいました(笑)

 

そして強羅駅に到着♪

そして強羅駅に到着♪

そこから歩いて1分もかからない所に〝箱根美術館〟がありました。

そこで一枚パチリ!

そこで一枚パチリ!

 

竹の美しさ、

竹の美しさ、

 

苔の美しさを堪能しながら、館内を目指します。

苔の美しさを堪能しながら、館内を目指します。

館内は基本的に写真禁止だったのですが、縄文時代の火焔土器や土偶、桃山時代の陶器など、魅力溢れる館内をゆっくり歩いて行きました。

 

窓もきれいな場所に面して作られていて、設置されているソファーに座るとまるで一枚の絵を見ているような気分になります。

窓もきれいな場所に面して作られていて、設置されているソファーに座るとまるで一枚の絵を見ているような気分になります。

 

そしてまた散策へ。少しすると、見えてくる茶室〝真和亭〟(http://www.moaart.or.jp/hakone/space.html#teapint)にて、御茶を一杯いただきました。

なんとも清々しい空間ですね。

なんとも清々しい空間ですね。

 

このように施されています。

このように施されています。

 

開放的なつくりです。

開放的なつくりです。

 

まるで絵を見ているような感覚になります。

まるで絵を見ているような感覚になります。

 

そこで一杯。

そこで一杯。

 

あっ、

ん?

 

あぁ(笑)

あぁ(笑)

本多先生も脱帽の空間でした。

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2014年7月18日『理念と美』(http://www.caguya.co.jp/blog_hoiku/archives/2014/07/理念と美.html)の中でこう書かれています。

〝保育園、幼稚園という建物は、子どもを収容する箱ではありません。そこで、子どもが生活し、子ども同士の触れ合いの中で学習していく場なのです。再三このブログでも強調していますが、ドイツでは、「建物は第二の教師である」という感覚を持ちます。だからといって、機能的であればいいということではありません。機能を追求していくと、そこには「美」が生まれると思っています。そしてその美は、周りに攻撃的に存在するのではなく、周りと調和をし、周りと一体となって新たな美を産みだします。その環境をの調和によって新たな美を作り出す技を、私は日本人が世界の中で優れている民俗な気がします。それは、四季があり、豊かな自然に囲まれているからでしょう。また、鋭く、細やかな感性も日本人は持ち合わせている気がします。

私は、それらを、茶室から強く感じます。〟

本当に美しい空間で、藤森先生の仰るように、このような空間、環境の中で育てば、心穏やかで、豊かな人柄になっていくのだろうなぁ、と漠然とながら思えてきます。「建物は第二の教師である」という言葉通り、保育園の園舎というものの重要性を、日本は改めて見直す必要があるようにとても感じます。

そんなことを思いながら、それぞれに御茶を楽しみ、ほっと心を和ませたのでした。

(報告者 加藤恭平)