GTO〜Great Teacher ONI〜 当日のお楽しみ編 pt.1

さて、節分当日がやってきました。

 

にこにこ組(2歳児クラス)わいらんすい(3・4・5歳児クラス)は、3Fホールに集まって、節分についての紙芝居などを楽しみます。

にこにこ組(2歳児クラス)わいらんすい(3・4・5歳児クラス)は、3Fホールに集まって、節分についての紙芝居などを楽しみます。

 

ちょっと、そわそわしている子ども達(と職員)です(笑)

ちょっと、そわそわしている子ども達(と職員の皆様)です(笑)

 

その頃、下の階(ちっち組0歳児クラス ぐんぐん組1歳児クラス)では、

 

何も知らず(?笑)に楽しそうです。

何も知らず(?笑)に楽しそうです。

 

さぁ、いよいよ登場します!

さぁ、いよいよ登場します!

 

一目散に逃げる子ども達です。

一目散に逃げる子ども達!

 

自然、職員のうしろに隠れる子ども達です。

自然、職員のうしろに隠れる子ども達!

 

その鬼が、

その鬼が、

 

入ってきました!

入ってきました!

 

「鬼はーそと!福はーうち!」

「鬼はーそと!福はーうち!」

 

鬼は去っていきました…(笑)

 

その頃、3Fホールでは…

 

節分には欠かせない〝やいかがし〟の説明中です。

節分には欠かせない〝やいかがし〟の説明中です。

 

節分のお話を聞き終えた子ども達は、下の階へ移動。子ども達は何となくソワソワ。

 

やっぱり、何て言うのでしょうか、わくわくしてしまいますね(笑)

 

皆で歳の数だけ豆を食べます。

皆で歳の数だけ豆を食べます。

 

にこにこ組(2歳児クラス)の〝升(ます)〟はこんな感じです。

今年のにこにこ組(2歳児クラス)の〝升(ます)〟はこんな感じです。

 

わいらんすい(3・4・5歳児クラス)の〝升(ます)〟はこんな感じです。

今年のわいらんすい(3・4・5歳児クラス)の〝升(ます)〟はこんな感じです。

 

嬉しそうな本多先生です(笑)

嬉しそうな本多先生です(笑)

 

さぁ、いよいよ登場です!

さぁ、いよいよ登場です!

 

「わぉー!」

「わぉー!」

 

「うわー!」

「うわー!」

 

にこにこ組は、もうなるだけ遠くに自分の身を置きたくて(笑)後ろへ後ろへ下がっていました!

にこにこ組は、もうなるだけ遠くに自分の身を置きたくて(笑)後ろへ後ろへ下がっていました!

 

「僕が鬼をやっつけるよ!」「鬼なんか怖くないし!」と言っていたあの子もこの子も、豆を投げるどころの話じゃありませんでした!(笑)

「僕が鬼をやっつけるよ!」「鬼なんか怖くないし!」と言っていたあの子もこの子も、豆を投げるどころの話じゃありませんでした!(笑)

 

そして、鬼はわいらんすい(3・4・5歳児クラス)の鬼が怖くない子達の投げる豆によって去っていきました…

 

終わった後の床(リノリウム)をご覧下さい。

 

まさにダイナミック!部屋中豆だらけ!(笑)

まさにダイナミック!部屋中豆だらけ!(笑)

 

それをホウキや掃除機で集めて、掃除をします。

それをホウキや掃除機で集めて、掃除をします。

 

このダイナミックさが新宿せいが保育園の豆まきの最大の魅力の一つと思っています(笑)

 

掃除はわいらんすい(3・4・5歳児クラス)と職員の方々にお任せし、にこにこ組(2歳児クラス)は、近くの神社にお散歩に出ました。

 

どこか開放感というか、達成感のようなものを、子ども達の背中から感じたりします(笑)

どこか開放感というか、達成感のようなものを、子ども達の背中から感じたりします(笑)

 

「あ、花が咲いてるー。」

 

女の子がふと気付いて教えてくれました。

 

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2006年2月2日『文化の伝承』の中に、こう書かれています。

〝文化を伝承していくことは、多様性の世界観の中で、さまざまな社会集団を結びつけ、よりよい新しい時代を作っていくために、過去の知恵から学んでいくというものである気がします。〟

 

昔の人も、子育てには手を焼いたのかもしれないなぁと、ふと思いました(笑)

 

春の訪れを願い、子ども達の健やかな成長を願い、また、自身の中に潜む何かしらの〝改善したいこと〟、そんな願いを鬼に託して、節分という行事が生まれたのかもわかりませんね。

 

節分が春の訪れを教えてくれます。このような素晴らしい行事を伝承していく責任が、僕たち保育に携わる人間にあるように、改めて感じるこの度の豆まきでした。

 

春の足音がもうそこまで近付いてきていますね。

春の足音が聞こえてくるようですね。

 

(報告者 加藤恭平)

ロボットVS人間 Final

「では、みんな!ロボットと西村先生、どっちが面白かったか手を上げてもらおうかな!!

まずロボットが面白かったという人は手を上げてください・・・」

と前回はここで終わりましたね。いよいよ結果発表です。

 

ロボットに手を上げた子どもは約7割で西村先生に手を上げた子どもは残りの3割・・・。

結果ロボットの勝ちでした。

ただ、おそらく子ども達はわざとロボットに手を上げているように思います。と言うのも、動物クイズやダンス対決の時もどちらも楽しんでいましたが、西村先生の時の方が子ども達の表情がロボットの時と違い、楽しさが溢れ出ていました。

あとは塾長の講演でも話されていますが、子どもは大人をからかい、大人が意図している逆の方にわざと答える傾向があると言われているので、本心は西村先生ですが、わざとロボットに手を上げている気がします(笑)

私は子ども達に

「僕はロボットよりも西村先生のほうが楽しかったな!あんな動きができるのは人間しかできないと思うよ?」

と言いました。

ロボットは表情を変えずに、淡々とクイズを出したり、ダンスをしますが、西村くんの場合は、西村くん自身が楽しそうな表情をして、クイズやダンスをやっている姿が、その場にいる全員を楽しい雰囲気に巻き込んでいると思いますし、実際に子どもと、大人も全員が笑って楽しんでいました。

以前、塾長が「変なホテル」に宿泊されて写真を見せてもらいましたが、いくら人間の姿をしたロボットでも表情が変わらないと、逆に気持ち悪いと思います。ただこれから技術が発展し、表情も柔軟に変えられるロボットが出てくると、もしかしたらロボットでもその雰囲気を作り出してしまう可能性もあるのかもしれませんね・・・。しかし、それを覆してくれる存在が現れました。

それは塾生の柿崎先生(調理)です。

 

誕生会の後半に調理の先生が給食のメニューを紹介してくれるので、今回は柿崎先生にお願いしました。しかし、ただ出てきて普通に紹介するのは少しつまらないので、ロボットになってもらい、メニュー紹介をしてもらうことにしました。

今回の誕生会の趣旨としては「人間対ロボット」で子ども達にやはりロボットよりも人間の方が面白いよね!と伝える趣旨です。なのに、最後は「結局ロボットかぃ!」という、子どもには少し分かりにくい、大人向けのオチにしたのです。

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ヘルメットに耳あて、そしてサングラスをかけてロボットに扮した柿崎先生が、塾生の本多先生が押す台車に乗って(まだ二足歩行ができない未完成のロボットです)登場です。

そしてタブレット端末を使用して写真を見せながらメニューを紹介します。ロボットですね(笑)

みんなの前に登場し端末を使用して、いざメニューを紹介し始めました。一つ目のメニューを紹介したら故障したのか、急に止まりました。すると、おもむろに自分の手の平を見て、やっとメニュー紹介を続けました。

そうです、メニューを覚えることができず、手のカンペを見ながらのメニュー紹介です(笑)ロボットなのに・・・。

この姿にその場にいた職員は全員大爆笑です(笑)私は腹筋が痛くなりました。この面白さが文章では伝わらないのが本当に残念です・・・。

そんな和やかな雰囲気でメニュー紹介も終わり、ロボットに扮した柿崎先生も台車に乗って帰っていき、誕生会も無事に終了しました・・・。

 

もし本当のロボットだと完璧にメニューを紹介して終わると思うので、こんな笑いは生まれなかったでしょうね。人間だから、むしろ柿崎先生だから大きな笑いが生まれたと思います。

 

塾長は

「子ども達の前で失敗しても、一生懸命にやり遂げる姿を見せるのも必要だ」と言われます。

柿崎先生はそれを体現してくれました!・・・おそらく・・・。

塾長は

「失敗できるのは人間の特徴だ」

と言われます。

数年前に私は遊び心をテーマに発表したことがあります。その時に塾長から

「車のハンドルは『遊び』という『間』がある。人は『間』を持つことで『人間』になれる」

この『間』というのは保育の中でもとても大切なことだと思います。これは以前、私の報告にも書いたと思いますが、こうして何度も振り返るということは大切な事柄だと再認識させてくれます。(報告者 山下祐)

妨げない工夫

1歳児クラスでの出来事です。

皆さんは、昼寝から子どもを起こすとき、どのように起こすでしょうか。もちろん、子ども自らが気持ちよく目覚めてくるというのが理想ではありますが、なかなかそうはいかないこともあります。保護者から「最近、就寝が遅いので、昼寝を短くしてくれませんか。」等という要望もあって、個別対応することもあるからです。もちろん、その子どもの体調を考慮して起こすのですが、そんな時は「◯◯ちゃん起きて〜!」「おはよう〜!」と何度も声をかけたり、体を揺すったりします。しかし、なかなか起きてくれません…。

先日、Aちゃんを起こそうとしました。一度起きたのですが、再びマットに寝転がります…笑。他の子の布団を片付けながら、遠くからその子に声をかけていました。すると、その声を聞いて、既に起きている子どもたちが行動したのです。

おーきーてー

おーきーてー!

数人が集まってきて、「おーきーてー!」「みーなおきたよ(みんな起きたよ)」等と言いながら体や頭をさすったり、背中を叩いたりします。

 

初め、Aちゃんは無反応でした。しかし、他の子どもたちが自分に対して何か言っていると分かったのか、ムクムクっと動いたりします。その姿を見たある子どもが、急に「きてねー!」と言って部屋の方へと走って行きました。

きてねー

きてねー!

すると、別の子どもも「きてねー!」「こちだよ(こっちだよ)ー!」と言って、みんなが別の部屋に行く空気感を出して、Aちゃんを呼び込もうとするのです。

来てねー

こちだよー!

Aちゃんは、その姿を顔だけ起こしながら眺めていますが、まだ体を起こそうとはしません。そんなAちゃんの姿を見て、走り去っていく雰囲気を出した子どもは首を傾げてこう言いました。

「あれ?」

それにつられて別の子も…

「あれ?」

あれ?

あれ?

この方法なら来てくれるだろうと思っていたのですかね(笑)。

仕方がないので、リターン…。元に戻ってきて、再び「おきてー」攻撃です。いつの間にか人数も増えています(笑)。

おーきーてー!

おーきーてー!

すると、徐々にAちゃんに変化が現れます。うつ伏せ状態で、上半身を起こしながら笑顔を浮かべています。5人で取り囲んで、なんとか起こそうとしています。「みーなおきたよ、みーなおきたよ」「おーきーてー」と言っています。そんなやり取りの中、Aちゃんの反応を見て、“これはいける!”と思ったのか、もう一度「きてねー」作戦を試みるのです。

一度ダメでもあきらめないところがいいですね。

一人目が走り去り…

きてねー!!

きてねー!

二人目が走り去り…

スクリーンショット 2016-02-05 23.13.09

三人目が走り去ります。

きてねー

きてねー!

…数秒後、ついにAちゃんが動くのです。

ゆっくりと腰を上げ始め…

腰を上げ…

腰を上げ…

立ち上がり…

立ち上がり…

立ち上がり…

 

スクリーンショット 2016-02-05 23.14.06

笑いながら小走りでその子どもたちの後を追いかけて行くのです。

まって〜

まって〜

また“小走り”といったところがいいですよね(笑)。先にある“楽しさ”や“面白さ”に体が反応しているかのようです。

そして、Aちゃんが本当に起きて来たことを知って、走り去っていったある子どもは「うわぁ〜!!はははっ〜!」と笑っていました。その言葉の中には、嬉しいのと、驚いたのと、楽しいのと、喜んだのと、様々な感情があったのではないでしょうか。

何がAちゃんを動かしたのでしょうか。何度も誘ってくれた事に対する誠意や協力でしょうか。それとも、楽しそうな雰囲気でしょうか。起こす人が私であれば、Aちゃんはまだ寝ていてもおかしくありません。その子を早く起こそうとする大人が、言ってみてもそうならないのに対し、子どもたちが楽しそうに“こんな方法で?”といった様々なやり方で起こそうとした方が、結果的にスピーディーに事が運んだという事実がありました。

私は普段、子ども同士を結び付けようとあれやこれやと考えたり動いたり言葉がけをしようと心がけています。しかし、子どもたちはこのように、既に結びつき合って関わり合っています。他児の気持ちを理解しようと、一つ一つの反応から次の自分の行動を考えています。つまり、私たちがそれを妨げない限り、子どもたちは自ら結びつこうとしていることがわかりました。私たちが必要なのは、あれやこれやと環境を考える前に、既に目の前にある、子ども自らが求める子ども同士の関わりを「妨げない工夫」であるのだと感じました。

(報告者 小松崎高司)

ロボットVS人間

新宿せいが保育園の誕生会は、担当のクラスが決まっており、その月の担当になったクラスは誕生会を仕切る役割になります。

今年から定員増により、0、1歳クラスと2~5歳クラスまで二つに分かれて行うようになりました。ちなみに私が所属するクラスは職員室ですので、職員室フリーと共に2~5歳クラスの誕生会を行います。

先月は職員室の担当でしたので、職員室フリーと何しようか?と相談していたところ、先輩保育士が

「あのロボット使ったら?」

と助言を下さいました。

あのロボットというのは、先日ある業者からモニターになってもらいたいという依頼がありました。

そのモニターというのは、ロボットを保育園に置いてみて実際に使用してもらいたいという依頼です。

まだ未完成ということもあり、機能はそこまで充実していませんが、最低限のコミュニケーションを取ることができます。

まず顔認証する機能があるので、玄関に置いておくと、朝の登園の時に登園してきた子どもや保護者の顔を見つけると「おはよう!今日も楽しく遊ぼうね」と挨拶をします。また同様に降園の時も「また一緒に遊ぼうね」みたいな挨拶ができます。

あと写真も撮れるので、保育室で遊んでいる子どもの自然の姿や表情も撮影することができます。

さらに子ども達と遊ぶ「クイズ」や簡単な「ダンス」もできます。

挨拶などは設定すれば勝手にロボットが行いますが、クイズやダンスはリモコンを使って操作しないといけません。ちなみにリモコンはスマホになっており、WiFiを使って操作できるようになっています。

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せっかくの機会なので、今回の誕生会はそのロボットを使って子どもたちの反応を見て見ようと思いました。

しかし、ただロボットと遊ぶだけではつまらないので「ロボット対人間」というテーマで、子ども達にどっちが面白かったか最後に聞いてみようという流れにしました。

ちなみに人間代表は塾生の西村君です!

まずはロボットに動物の鳴き声をしてもらい、子ども達に当ててもらいました。

もちろん本物の泣き声なので子どもたちは簡単に正解しました。

続いて、西村君はまず、泣き声でなく動物の動きで何の動物かクイズを出しました。

ちょっと面白くて写真を撮るのを忘れてしまいましたが、今年の干支の猿の物まねでした(笑)

もちろん子どもたちは正解!!西村君の2問目は「何に乗っているでしょうか?」という問題。

本当は実際に見た方が面白いですが・・・ただ馬に乗っている動作ではなく、

流鏑馬をしていました(笑)子ども達も簡単に「うまぁ(馬)!」と正解していました。

 

そして次の対決は「ダンス対決」です。

ダンスと言っても、ロボットの可動範囲は決まっているので、腕を上げ下げしかできません。

子ども達に「右手を上げて!左手を上げて!」と伝えながら子ども達と一緒に踊りをします。

一応、2パターンあり、両方共、子ども達も一緒になって踊っていました。

そして、いよいと西村くんの番です!

どうやら前日に自分で色々な曲を組み合わせてきたそうで、準備は万端です!

まず1曲目は「セーラー服を脱がさないで」です(笑)そして、続いて2曲目、3曲目はももいろクローバーZから(笑)そして、ずっとアイドル路線かと思いきや3代目JSBからポッキーのCMで流れているあの曲(笑)そして最後の曲はアイドルに戻りモーニング娘の曲で有終の美を飾りました!

全て振り付けも完璧で、個人的には面白さというよりも、尊敬の眼差しで見ていました(笑)

 

そんな感じで対決が終了し、いよいよ子ども達に聞くと気がやってきました!

「では、みんな!ロボットと西村先生、どっちが面白かったか手を上げてもらおうかな!!

まずロボットが面白かったという人は手を上げてください・・・」

と結果発表は続編に・・・(報告者 山下祐)

GTO〜Great Teacher ONI〜

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2006年2月2日『文化の伝承』の中に、こう書かれています。

〝明日は、節分です。園でも、節分の行事を行います。行事の一つの目的に、「地域の文化を伝承する」というものがあります。では、地域の文化というものは、何でしょうか。また、何で、伝承しなければならないのでしょうか。〟

本当ですね。ブログは、こう続きます。

〝1989 年に行われた第25 回ユネスコ総会で「伝統的文化及び民間伝承の保護に関する勧告」というものが採択されました。そこでは、民間伝承は「人類の普遍的遺産の一部を形成するものであり、また、それは異なる民族及び社会集団を結び付け、かつ、その文化的独自性を主張するための有力な手段である」といっています。〟

日本という国が独自の文化を持っているということを、日本の国民が行事や伝統に関するものを通して理解することで、諸外国との文化の違いを理解することができます。また、自国の文化、伝統に触れることは、諸外国、諸民族の文化、伝統を理解することに繋がり、それは相手を理解することに繋がり、文化と国同士を結びつけ得る有力な手段である、ということですね。

そして、〝文化を伝承していくことは、〟と、続きます。

〝文化を伝承していくことは、多様性の世界観の中で、さまざまな社会集団を結びつけ、よりよい新しい時代を作っていくために、過去の知恵から学んでいくというものである気がします。〟

新しい時代のために、僕らは、過去の知恵を学ぶ必要があるのですね。

藤森先生は、この回のブログで、節分についても詳しく説明して下さっています。この報告がアップされる頃には、豆まきは終わっていると思うのですが(笑)来年の参考にしていただけたらと思います。

〝子どもたちに日本の文化を伝承していくことが必要です。そこで、まず、鰯の頭を焼いて、ヒイラギの枝に刺し、家の入り口に差します。これは鰯の頭の悪臭で、邪気が家に入るのを防ぐという意味があります。季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うためです。「邪気」も悪臭は苦手と見えます。そして、炒った大豆を撒くのですが、それは、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがあるからです。その際の掛け声は、通常「鬼は外、福は内」ですが、地域や神社によっては、鬼を祭神または神の使いとしている神社、また方避けの寺社では「鬼は外」ではなく「内」としているそうです。また、家庭での豆まきでは、「鬼」の付く姓(鬼塚、鬼頭など)の家では「鬼は内」の掛け声が多いといいますが、私の知り合いにもこの苗字の人がいるので、本当か、聞いてみたいものです。そのあと、自分の歳の数だけ豆を食べます。〟

Wikipediaでも、〝「鬼」の付く姓(鬼塚、鬼頭など)の家では「鬼は内」の掛け声が多い〟という内容のことが書かれています。面白いですね。

そんなわけで、園では、今年も豆まきを行います。「あまり子ども達を怖がらせないように」という藤森先生のお言葉通り(?笑)昨年も、もちろん鬼が登場し、それはもう、最高の豆まきでした。僕らや子ども達がいくら豆を投げても退散してくれなかったのですが、最後、藤森先生が豆を投げると、「うわー!」と言って、逃げて行きました。藤森先生は子ども達のヒーローです。

今年は、写真をたくさん撮って、その模様を報告したいと思います。お楽しみに!

塗り絵も盛り上がっていますね。

塗り絵も盛り上がっていますね。

 

たっくさん♪

たっくさん♪

 

節分の気分を盛り上げる(?笑)為に、絵本係りでこんなものを作りました。いよいよその日がやってきます!

節分の気分を盛り上げる(?笑)為に、絵本係りもこんなものを作りました。いよいよその日がやってきます!

 

(報告者 加藤恭平)

愛を込めて草花を 大袈裟ではないんです

先日、にこにこ組(2歳児クラス)のテーブルにお花が置かれました。

ちょこん、と2つ。

ちょこん、と2つ。

 

可愛らしいですね。

可愛らしいですね。

我らが誇るベテランの先生のアイディアです。

新宿せいが保育園は、よく見ると、至るところに草花があります。

 

ざっと見渡してみると、にこにこ組(2歳児クラス)の周りだけでもこんなにあります。

ざっと見渡してみると、にこにこ組(2歳児クラス)の周りだけでもこんなにあります。

 

接写!

接写!

 

ここにも。

ここにも。

 

ここにも。

ここにも。

 

ここにも。

ここにも。

 

ここにも。

ここにも。

なんだか、胸がすくような気持ちになります。

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2015年11月2日『室内の花』の中でこう書かれています。

〝ドイツの園に行って、室内に入ってまず驚くのが、緑の多さです。日本の保育室で緑はほとんど見かけません。以前、このブログで緑視率のことを書いたことがありました。視野にあるパーセントの緑が入ると仕事能率が上がるという研究です。それは、緑色という色の効果です。その研究は日本で行なわれているもので、ドイツでそれを知っているわけではないと思うのですが、どちらの方向を見ても、必ず視野に緑が入ります。それは、四方向だけでなく、上を見ても緑があります。

 また、その緑はドイツでは基本的に緑の自然の植物の葉です。造花は使いません。したがって、その緑は酸素を供給し、空気を清浄化し、加湿をしてくれます。緑色が視野に入ることで仕事能率が上がるという研究では、なお、その効果を増すものとして、自ら育てる緑であるというものがあります。自ら育て、成長していく植物が机の上にあることが、より効果があるということが研究されているのです。また、カポックという植物の葉は、よくある加湿器並みの湿気を室内に出すことが知られています。〟

 

草花を置く、ということに、このような意味があり、理由があるということがわかります。

そして、この日のブログは、こう展開されていきます。

〝日本の教室、保育室にはあまり植物を見ることがないのはなぜでしょうか?まず、小さい子が土をいじる、葉をちぎってしまう、植木鉢を倒してしまうということがよく言われます。ほかの大きな理由に、育てるのが大変で、すぐ枯らしてしまうということも言われます。ドイツでは、なぜ子どもたちが倒したり、土をいじったり、葉をちぎったりしないのでしょうか?それは、保育のあり方だと思います。その理由がこれということは、よく分かりませんが、まず、ドイツの保育室には教具、遊具があふれんばかりに置かれていることも理由の一つかもしれません。非常に豊富です。乳児から、たくさんの遊具が棚に並べられ、いつでも自分で取り出せるようになっています。土や葉を遊具にする必要もないのです。

 もう一つ、子どもたちがとても落ち着いています。テンションが上がっている子や走り回っている子、大声を出している子はほとんど見ることがありません。好きなことに黙々と取組んでいます。植木にぶつかって、倒してしまったりするなどということはないように思います。しかし、なぜ枯れてしまわないかは不思議です。気候のせいか、木の種類なのか判りませんが、植木に水をやっている姿を見ることはありません。いつ、誰が水やりをしているのか、また、葉もほこりがなく、いつも拭いているようで、それは不思議です。ただ、私の園では、植木の植物の枯れ具合で、保育の落ち着きを見ることがあります。心に余裕がないと、植木は枯れてしまいます。植木が水を欲していることに気がつかないと、子どもの心が渇いているのに気がつかない気がするのです。〟

〝心に余裕がないと、植木は枯れてしまいます。植木が水を欲していることに気がつかないと、子どもの心が渇いているのに気がつかない気がするのです。〟

この一文に、とても心を打たれます。

というのも、にこにこ組(2歳児クラス)周辺の草花に、いつも丁寧にお水をあげ、枯れないようにケアをして下さっているのは、何を隠そう我らが誇るベテランの先生、その人だからです。

朝の受け入れの時に、泣いていた子を抱きかかえる我らが誇る先生。何かの保育書で読みましたが、大きくなったら抱っこしない、なんてことはありません。

朝の受け入れの時に、泣いていた子を抱きかかえる我らが誇る先生。思わず撮ってしまいました。何かの保育書で読みましたが、大きくなったら抱っこしない、なんてことはありません。

 

毎日、その先生の保育を見て、姿勢を見て、背中を見て、過ごせたこの2年間を、本当に幸せに思います。

さぁ、子ども達が散歩から帰ってきました。花を添えた初めてのその日の給食の風景です。

皆、うまいことよけています。

皆、うまいことよけています。

 

まるで今までずっとあったかのような自然さです。

まるで今までずっとあったかのような自然さです。

 

配膳完了。

配膳完了。

 

誰一人触ってこぼすこともなく、文字通り、給食に花を添えていました。

触ってこぼすこともなく、文字通り、給食に花を添えていました。

「なんかきれーだよね。」「においするね。」と、嬉しそうな子ども達を見て、花を愛でられる状況を子ども達が自分たちで作り上げていることのすごさに気付いていないそのあどけなさに、そして、子ども達をこうして見守ることで、このように育っていくんだよ、と強い信念で僕らを導いてくれた我らが誇る先生に、感動してしまいます。

愛を込めて草花を。大袈裟でなく、草花が枯れることのない瑞々しい毎日は、きっと、毎日を幸せに生きようとする、その人の心が生み出す産物なのだと思います。

午睡中、いつもよりちょっと早く起きた子とお絵かきを楽しむ先生です。輝いて見えるのは、差し込む日差しの強さだけではないと思います。

午睡中、いつもよりちょっと早く起きた子とお絵かきを楽しむ先生です。輝いて見えるのは、差し込む日差しの強さだけではないと思います。

(報告者 加藤恭平)

子どもの姿を信じて・・

先日、子ども同士のけんかがありました。

私が入った時点でかれこれ、20分くらい経過していました。

はじめは男の子が遊んで、女の子が「遊ぶのやめて」と指摘し、話をするためにその様子を注意していました。

しかし、男の子は遊ぶのをやめません。

 

そんなとき、おやつの時間が始まり、子どもたちは食事の部屋に移動してしまうので、部屋には二人だけになりました。

そこで初めて男の子は気づきました・・・そう話が終わらないとおやつが食べれないということを・・・

無題

それから怒涛の「ごめんなさい」攻撃!

しかし、女の子は「そんな謝り方やったら、許したくない!」とかたくなです。

 

 

 

無題1

すると、男の子は「謝ってるやん!許して!おやつ食べたいねん!」と机をたたいて訴えます。

しかし、女の子は許しません。

当然ですね。謝るのはおやつを食べたいからで、女の子に悪いと思って謝っているわけではないですから。

 

その後、このやりとりが数分続きました。

 

無題2

 

最終的には男の子の根負けです。

女の子が男の子になにで起こっているのか。なぜ許さないのかを話し、「今度やったら、もう絶対許さんからな」

「絶対やで!」と注意し、あれだけ強気だった男の子もうなずき「わかった」「ごめんね」

といって、この喧嘩は終わりました。

 

普段、こういった喧嘩にもう少し早めに大人が入り、仲裁をすることが多かったのですが、子どもたちを信じ、そのやりとりを見守ることが大切だねと職員の先生と話をしました。大人が介入し、話を収めるのは簡単です。しかし、今回の男の子のように「ごめん」といえば、許してもらえると勘違いされるとそれは大きな間違いです。「ごめん」「いいよ」というのは大人からみると「おさまりのいい喧嘩」かもしれませんが、今回の女の子のように納得いかない場合も多いかもしれません。こういった喧嘩は時間がかかるかもしれません。

しかし、この時間をかけることを大切にしなければいけないように思います。そうすることで、本来の形だけの喧嘩ではなく、「内容のある喧嘩」になると思いますし、それこそがコミュニケーション能力をつけることに大きく影響するように思います。そして、そのために子どもたちの理解を深め、信じ、「見守る」こと、距離感を見通すことが保育者としては大切だなと改めて子ども達から学んだ気がします。

 

藤森先生の講演でも

「大人が介入することで、子どもたちの発達を止めてしまうことがある。だからこそ、しっかりと子ども理解をしたうえでどう介入するかを考えていかなければいけない」と言われていました。

また、「保育者はねらいをもって子どもたちが発達できるように見通しをもち、違う場面に向かいそうになったときに軌道修正する必要がある」ということもおっしゃっていました。

この軌道修正の介入はとても難しいですね。それこそ、子ども理解ができていないと無駄な介入になるかもしれませんし、逆に放任にもなりかねません。

 

子ども達は十人十色です。だからこそ、しっかりと子ども達一人一人を理解し、見守っていけるようにしたいと改めて強く思いました。

(投稿者 邨橋智樹)

君を見守るため そのために生まれてきたんです~あきれることも そうさ そばにいればあります(笑)~ 後日談

先日、にこにこ組(2歳児クラス)の子ども達が、ケンカをしていると、わいらんすい(3・4・5歳児クラス)のすいすい(5歳児クラス)のある男の子が仲裁に入ってくれました。

対人知性に富んだやりとりが展開され、思わず感動し、また、その様子を見守って下さっていた我らが誇るベテランの先生の後日談にて笑わせていただいた(笑)エピソードの完結編です。

 

にこにこ組(2歳児クラス)の子達のケンカがすいすい組(5歳児クラス)の子によって解決された数秒後です。

 

あれ!?

あれ!?

 

えぇー!?

えぇー!?

 

えぇー!!(笑)

えぇー!?(笑)

 

子どもって、ほんっとに(笑)

 

先日の報告で、11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2013年2月8日『怒りのコントロール3』の中の一文を改めて、紹介させていただきます。

 

〝子どもたちを見ると、(中略)けんかをすることによって、怒りをコントロールする力を学んでいる気がします。赤ちゃんは、よく、物をとられて大声で泣いて、とった相手に怒りをぶちまけます。そんな時に、子どもはその評価を冷静にすることはできませんが、意外と執着せずに、さっさと違うことに目を向けます。そして、怒りを持ち続けることはしません。大人と違って、次の楽しいことに取り掛かるのです。〟

 

また、2歳児のイヤイヤ期に対してどう対応すればいいですか?という質問についても藤森先生は、「大人が本気にならないことです。」と答えられています。

あきれたー、と思わず言ってしまいそうになりますが(笑)子どものこういう切り替えの速さや、相手を許す気持ちの寛大さは、見習う必要がありますね。

さて、ケンカの仲裁を鮮やかにしてくれた彼はというと、

 

「上履き取りに行くとこだったんだ。じゃーねー。」

「上履き取りに行くとこだったんだ。じゃーねー。」

颯爽と行ってしまいました。格好いいですね。

さて、後日談へ。

「さっきのGLAYくん(すいすい組の子の仮名)のやりとりさ、」

我らが誇るベテランの男性保育者が、このやりとりを遠くから見守っていて下さったようで、こんな話をしてくれました。

「あれと全く同じケンカをわいらんすい(3・4・5歳児クラス)でしてるよ。」

(笑)なるほど!だからこその姿だったのですね!

あの時の彼は、自分がいつも耳にしている言葉達を、彼の言葉として、ありありと蘇らせていたのでしょう。それだけでなく、自身の毎日のぶつかり合いの中から当人達への共感を導き出し、その気持ちを察して対処することが出来る心持ちに、自分を至たらせることができていたのでしょう。

でも、なんだか笑ってしまいます(笑)人に物を言う時は、大体自分のことは棚に上げているものですね(笑)

我らが誇るベテランの先生の言葉に、人間の可愛さ、面白さというものを改めて感じたこの度の出来事でした。

さて先生との会話を終えて部屋に戻ってみると、

黄緑くんが電車の玩具で遊び始めた数分後の現場写真です(笑)

たった数分の間の出来事です(笑)

 

その瞬間の赤井くんです(笑)子どもって、本当に可愛いですね。

その瞬間の赤井くんです(笑)

 

子どもって、本当に(笑)可愛いですね。

(報告者 加藤恭平)

君を見守るため そのために生まれてきたんです〜あきれることも そうさ そばにいればあります(笑)〜 完結編

先日、にこにこ組(2歳児クラス)の子ども達が、ケンカをしていると、わいらんすい(3・4・5歳児クラス)のすいすい(5歳児クラス)のある男の子が仲裁に入ってくれました。

 

対人知性に富んだやりとりが展開され、思わず感動し、また、その様子を見守って下さっていた我らが誇るベテランの先生の後日談にて笑わせていただいた(笑)エピソードの続編です。

 

赤い服の子(以下 赤井くん)赤井くん「もーヤダー!」

赤い服の子(以下 赤井くん)赤井くん「もーヤダー!」

 

と、玩具の取り合いから起きたやりとりに対して、体全身でヤダを表現する赤井くんです。

 

ピンクの服の子が涙を拭いてあげようとティッシュを持ってきてくれました。

ピンクの服の子が涙を拭いてあげようとティッシュを持ってきてくれました。

 

それすらペシっとやって、受け付けません。

 

そして、灰色の服の子(以下 GLAYくん)が口を開きます。

 

「赤井くんも怒るのも違うよ。勝手にとる黄緑くん(黄緑の服の子)も悪いよ。」

「赤井くんも怒るのも違うよ。勝手にとる黄緑くん(黄緑の服の子)も悪いよ。」

 

 

そして言葉は続きます。

 

「人のせいにしちゃだめだよ。」

「人のせいにしちゃだめだよ。」

 

赤井くんも黄緑くんも、争うことをやめ、聞く体勢に。

 

「人ががんばってつくったものを勝手にやっちゃだめだよ。」

 

「わいわいさん(3歳児クラスの名称)になったらそういうの本当ダメだから。」

 

「ちゃんと口で伝えて?」

 

すると、

 

黄緑くん「…かーしーて。」赤井くん「…いーいーよ。」

黄緑くん「…かーしーて。」赤井くん「…いーいーよ。」

 

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2013年12月24日『生命の本質』の中で生命平和運動家のファン・デグォン氏の活動に触れ、こう書かれています。

 

〝「生命の本質は平和である。」(中略)そこには、二つの原則があります。その一つは、「世界の平和を望むなら、自分がまず平和になろう」もう一つは、「暗闇を呪うより、1本のろうそくを灯そう」です。そして、その運動の最大の特徴は、「反対の拳を振り上げる代わりに、問題を前にしていったい何が生命同士の平和を保障する道なのか、共に悩み、考え、問題の現場に身を置き、自らに問う。反対ではなく、代案を示す。創造の力へとエネルギーを転換するのです。」

私は、やはりこれこそ現場人の原則であると思っています。今、保育の制度が変わろうとしています。それに対してただ反対の拳をあげるのではなく、そのエネルギーを創造の力へと転換させ、代案を示すことが必要だと思います。そして、実際にそれに沿って行動を始めることです。〟

 

ケンカをしている彼らに苛立つなどの無粋な感情を抱くこともなく、至って冷静に、解決へと導いたGLAYくんの手腕に驚きました。ただ反対の拳をあげる彼らに、わいわいさんになるんだ、という創造のエネルギーを添え、事態の収集をつけようと試みたのです。

 

また、『生命の本質』には、こうも書かれています。

〝私が提案する怒りを静める方法は、高い志を見つめることであると思っています。自分が目指している志にとって、当面の怒りはどのような意味があるのであろうかと考えることです。多くの怒りは、かえって志を遠ざけてしまう可能性があるような気がしています。それは、怒りへの対抗が、志を邪魔することが多いからです。〟

 

彼らにとって進級することが、〝高い志〟と似た気持ちであるとしたら。彼らは、GLAYくんの言葉を受けて、自身でその怒りを鎮めるに至った、と解釈もできるかもしれません。

 

異年齢保育の良さは口にすればキリがないですが、一つに〝憧れ〟の気持ちがあるとして、その憧れの対象である彼に言われる言葉というのは、とても心に響くものなのでしょう。

 

そして、『生命の本質』は、このような言葉で締めくくられています。

〝ファン・デグォン氏も、結局のところ人類学に戻ります。長い人類の歴史の中で、文明の歴史はたった1万年にもなりません。それは、人間の歴史の中でほんの一部に過ぎません。そこで、ファン氏は、文明以前の生き方に人間の原型を探りたいと思っています。そこにこそ、自然の生態系と見事に調和し、他の生き物たちと対等な共生関係にあった人間の姿を見ることができると言います。この世界には数えきれないほどの物や命がありますが、そのすべてが、一寸の狂いもなく、本来の場所に収まっている。それは、人知を超えた神の精妙なるデザインです。いるべき場所にいる。それは、この世の様々なものには、それぞれの役割があります。幸せとは、平和とは、自分がいるべき場所にいることだとファン氏は考えています。をれは、多様性を認め合うことと同じことかもしれません。「ない物ねだり」をせずに、「ある物探し」をすると同じことかもしれません。ある意味では、身分不相応なことを望むから心の平和を望めないのかもしれません。幸せになれないのかもしれません。まず、自分をよく知るということが大切かもしれません。〟

 

彼らの育ちを見守るためにGLAYくんがいて、その育ちを見守るために僕ら保育者がいます。その保育者を見守るために藤森先生がいて、と延々と続く温かみのあるこの螺旋は、〝人知を超えた神の精妙なるデザイン〟と言えるものであるようにも感じられます。

 

それぞれの役割を幸せな気持ちで全うできるような世の中になったら、この地球が天国になりますね。

 

では、何から始めよう。まず、自分が幸せになることから始めるべきなのかもしれない、ということを、強く感じたこの度の出来事でした。

 

さて、GLAYくんの見事な仲裁。このような解決法を身につけるに至った経緯を知りたい、という衝動に駆られました。後日談にて、報告させていただきます。

 

(報告者 加藤恭平)

君を見守るため そのために生まれてきたんです〜あきれることも そうさ そばにいればあります(笑)〜

先日、にこにこ組(2歳児クラス)の子ども達が、ケンカをしていると、わいらんすい(3・4・5歳児クラス)のすいすい(5歳児クラス)のある男の子が仲裁に入ってくれました。

 

対人知性に富んだやりとりが展開され、思わず感動し、また、その様子を見守って下さっていた我らが誇るベテランの先生の後日談にて笑わせていただいた(笑)エピソードです。

 

手前赤い服の子(以下 赤井くん)その正面黄緑色の服の子(以下 黄緑くん)そして、机に手をかけた灰色の服の子(GLAYくん)がこの回の主役です。

手前赤い服の子(以下 赤井くん)その正面黄緑色の服の子(以下 黄緑くん)そして、机に手をかけた灰色の服の子(GLAYくん)がこの回の主役です。

 

赤井くんの前に磁石の玩具がたくさん並んでいますね。どうやら赤井くんが遊んでいたものを黄緑くんが何も言わずにとってしまった様子。「勝手にとらないで」と主張する赤井くんに対して、黄緑くんにも「全部赤井くんのはダメだよ。みんなの玩具だよ」という主張があるようで(笑)ぶつかっていました。

 

黄緑くん「優しく言って!」赤井くん「怒って言わないで!」

黄緑くん「優しく言って!」赤井くん「怒って言わないで!」

 

なぜか強気な黄緑くん(笑)言い方の問題になるとややこしくなりますね(笑)事の本質からずれたところでのケンカになると収拾がつかなくなるのは大人も同じかと思います(笑)

 

〝人の振り見て我が振り直せ〟とは本当にこのことだなぁと思うのですが、言い方ってとても大切なのだと思います。

 

あ!掴み合いに!

あ!掴み合いに!

 

でも止めません(笑)この二人なら多少こうなっても怪我にならないことは想像できますし、何よりGLAYくんが〝止めない〟という姿勢をとったので、それを見ていたいという衝動に駆られました。最終的に一度も手を出すことなく言葉でのやりとりのみで二人のケンカを仲裁するに至るGLAYくんなのですが、その基本姿勢を最後まで崩さない態度は、圧巻でした。

 

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2013年2月8日『怒りのコントロール3』の中でこう書かれています。

〝子どもたちを見ると、(中略)けんかをすることによって、怒りをコントロールする力を学んでいる気がします。赤ちゃんは、よく、物をとられて大声で泣いて、とった相手に怒りをぶちまけます。そんな時に、子どもはその評価を冷静にすることはできませんが、意外と執着せずに、さっさと違うことに目を向けます。そして、怒りを持ち続けることはしません。大人と違って、次の楽しいことに取り掛かるのです。

また、3歳以上になると、私の園に設置されている「ピーステーブル」という場所にいって話し合いをしています。その話し合いをしている姿を見ると、まず、そこまで行くまでに頭を冷やし、断固した態度で相手と対決しています。しかし、普段の生活で、それほどストレスがないのか、簡単に解決し、仲よく一緒に戻っていきます。たまに、自分で自分の気持ちの整理ができないときには、仲裁する子がいます。こんな時に、変に大人が仲裁に入ると、怒りが増大してしまうことがよくあります。大人は、集結しようとその怒りの原因を聞きだそうとしますが、子どもたちは、腹の立つことを思い出すたびに怒りが少しずつ積み重なっていくばかりです。そして、最後には大人の権力を持って、集結させてしまうのです。子どものけんかは、けがのない限りは、放っておけばいいのです。〟

 

赤井くん「もーヤダー!」

赤井くん「もーヤダー!」

 

あ、やっぱり(笑)

 

さて、その様子をずっと見守っていたGLAYくんが、にわかに動き出します。

 

予想を超えた展開に、胸が熱くなる想いがしました。

 

続編にて、報告します。

 

(報告者 加藤恭平)