目と目で通じ合う そういう仲になりたいわ

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写真左手、ちっち組(0歳児クラス)のある男の子。

わいわい組(3歳児クラス)にお姉さんがいます。

わいわい組(3歳児クラス)にお姉さんがいます。

 

弟と遊びたい気持ちの派生で、他の子とも遊んでくれました。

弟と遊びたい気持ちの派生で、他の子とも遊んでくれました。

このようなフランクな感じで、園の子ども同士が関わっています。

この日は4月5日。新年度始まって早々の賑やかさを、このように緩和してくれる、有難い存在です。

この子はすいすい組(5歳児クラス)。

写真右の女の子はすいすい組(5歳児クラス)。

 

ボールであやしてくれました。

ボールであやしてくれました。

 

更にもう一人、写真右手すいすい組(5歳児クラス)の子も加わって、

更にもう一人、写真右手すいすい組(5歳児クラス)の子も加わって、

 

色々とあやしてくれている内に、

色々とあやしてくれている内に、

 

スヤスヤと…。

スヤスヤと…。

穏やかな表情です。でもすぐ起きてしまいました。

おもむろに玩具を用意する二人。

おもむろに玩具を用意する二人。

 くるくると回る歯車の玩具と「くるくるチャイム」と呼ばれる玩具が、水玉くん(水玉の服を着ているので、以下水玉くん)の前に並びました。

実際に遊んで見せます。

実際に遊んで見せます。

 

「こっちはどうかなぁ。」

「こっちはどうかなぁ。」

すると、二人が面白いことを言いました。

「こっち(くるくるチャイム)の方が好きみたいだね。」「ね。」

え?どうして、そんなことがわかるのでしょう?

再び遊んでもらい、この子の目線がわかるようにカメラを回してみることに。

んー、なるほど。

んー、なるほど。

 

んー!なるほど!

んー!なるほど!

 ぐっと顔をあげて、しっかりと玩具を見つめています。

12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2016年9月13日『平等な分配』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

「最近の研究は、子どもたちにみられる行為の起源はいつなのだろうかということが多い気がします。そして、その結果、次第に早い時期から行なうということがわかってきています。早い時期からみられるということは、それらは決して学習で得られるものではなく、人類にとって遺伝子で受け継がれてきたものであるということであり、それは、人類の生存戦略の中で必要なものであり、生きていく上で必要な力であったのでしょう。

 平等バイアスが、幼児にもみられたということですが、心理学者であるアレッサンドラ・ゲラーチとルカ・スーリアンは、生後10ヶ月児と1歳4ヶ月児に、ライオンとクマが、ロバとウシに2枚のカラフルなディスクを配る人形劇を見せてみました。ライオンは、ロバとウシにディスクを1枚ずつ配ります。クマは、ディスクを2枚とも1匹の動物に与え、もう1匹には何も与えません。その後で、子どもたちにライオンとクマの人形を示し「どちらがいい子かな?いい子を教えて」と尋ねたところ、10ヶ月児の回答はバラバラだったそうですが、1歳4ヶ月児は公平な分配者を好んだそうです。それは、ライオンとクマを入れ替えてもやはり1枚ずつ配った方を選んだそうです。

 この実験は、私は聞いたことがあります。その時は、たしか、好きな人形を取らせたところ、公平にした方の人形を選んだということだった気がします。子どもの意志の表現を知ることはなかなか難しいものがあります。それは、小さい子どもはなかなか自ら表現しないので、わかりにくいからです。しかし、やはり以前のブログでも紹介しましたが、最近あかちゃん研究が進んだ理由に、視線や、そのものを長く見つめるかどうかで判断する方法を見つけたからということがありました。」

「視線」。赤ちゃん研究の重要なポイントであることを改めて感じます。

このことは、『臥竜塾』ブログ2012年6月29日『視線を交わす』の中で触れられています。

「千住さん(「社会脳の発達」著者、千住淳氏)は、「社会脳の発達」の中で、「視線」について多く述べています。その理由についてこう書いています。「視線研究は、社会脳研究に関してユニークな視点を与えてくれるものであるからです。視線処理は新生児においてすでに見られ、心の理論や社会的学習など、より複雑な社会的認知が発達するための基盤の一つとなっています。また、他者の視線は、社会脳を構成するさまざまな部位に影響を及ぼし、他者との素早く柔軟な相互作用に貢献しています。さらに、強膜と虹彩とのコントラストが強く、視線方向を識別しやすいヒトの目の形態は霊長類の中でも特殊であり、この形態は社会的なコミュニケーションへの適応として進化してきたのではないか、という議論もあります。」

 このコメントは、私にとって、非常に重要なものです。赤ちゃんは、長い間、小さいうちは他人と関わらず、独り遊びをしたり、しばらくしても平行遊びという関わりを持たない遊びをすると言われてきました。今でも、そのように思っている人がいます。また、赤ちゃんは、関わると言っても、主に母親という特定な人とだけ関わり、そのかかわりが情緒を安定させるかのように言われてきました。そして、3歳くらいになると、初めて他者との関わりを持ち始めるために、子どもを集団の中に入れることが必要になってくると言われています。

保育所保育指針の中の発達過程にも、他人との関わりの内容には、子ども年の記述がありません。「おおむね六か月未満」では、「泣く、笑うなどの表情の変化や体の動き、喃語などで自分の欲求を表現し、これに応答的に関わる特定の大人との間に情緒的な絆が形成される。」とあり、「おおむね六か月から一歳三か月未満」では、「特定の大人との応答的な関わりにより、情緒的な絆が深まり、あやしてもらうと喜ぶなどやり取りが盛んになる一方で、人見知りをするようになる。また、身近な大人との関係の中で、自分の意思や欲求を身振りなどで伝えようとし、大人から自分に向けられた気持ちや簡単な言葉が分かるようになる。」とあります。

もちろん、行動として他の関わる力の表出は1歳から2歳にかけてかもしれません。しかし、ヒトは、新生児のころからその準備をはじめ、その基盤を作り始めています。そこでは、多様な人との関わり、特に子ども同士の関わりが必要になってくるのです。その関わりは、他人からの視線を受けること、他人へ視線を送ることからはじまっているのです。ですから、かつて「おんぶ」が日本の文化の中で評価されてきた理由に、背中から赤ちゃんは他者との視線のやり取りによって、社会脳を構成する脳のさまざまな部位に影響を与えていることが挙げられているのです。

マンションの一室で、帰りの遅い父親を待つ間、母親と二人きりで、時には家事をしている母親から離れ、一人で寝ている赤ちゃんは、誰からも視線を受け取らず、誰にも視線を送らずに過ごすことは、社会的なコミュニケーションの力を育てる環境ではないのかもしれません。

霊長類の中で人間だけが、白目と黒目をはっきりさせることとによって視線を読み取っていく、また、視線と顔の表情を組みあわせて他人の感情を読み取っていく能力を持つことが、ヒトをここまで進化させてきた一因かもしれないのです。」

その視線の力を女の子たちが自然と理解をしているのが凄いですね。水玉くんの好みを視線から理解したということでしょう。

自分の好みを理解してくれる存在の前では、人は心を許すものですね。水玉くんの落ち着いた理由がなんとなく理解できたように思いました。

子ども集団。異年齢の力。とても考えさせられるものがあります。

(報告者 加藤恭平)

目と目で通じ合う そういう仲になりたいわ」への2件のフィードバック

  1. 4月で新入園児が入園して、バタバタとしている間でも子ども達の様子を見て、ブログにアップされている加藤先生の姿勢を私も見習おうと思います。
    今の時期、赤ちゃんが保育園という環境に慣れようと頑張っている姿は今しかありません。それは赤ちゃんだけでなく、どのクラスも同様で、4月で色々な事が初めての期間は今しかありません。気づけば5月に入るとまた、違った姿を見せてくると思いますが、一日一日を大切にし、目の前で遊んでいる子ども達をしっかりと見守り、4月ならではの姿を捉えていく必要があると思いました。

  2. Sasukeさんへ
     コメントありがとうございます。今しかない姿というのは本当に今しかないのですね。戻ることのできない日々の中で、毎日を自分の気持ちに沿って生きることの大切さを肌身に感じています。二人目の子どもが生まれ、物理的に時間を生み出さなければならない状況下で、やれることというのは限られてきます。その中でどうしても優先順位をつけなければならず、それなのに、こうしてコメントを入れていただけたということに、感謝と、先生のこの生臥竜塾ブログへの、臥竜塾への、そして塾生への想いを改めて感じるところであります。
     家が遠い。そのことがこんなにも困難な部分を生むものかと痛感しているところでもあります。今は目の前の仕事、目の前に課された生活における大役を果たし、臥竜の今を、しっかりと生きていこうと思います。そして、そんな行き帰りの中で、修めることは知識を増やすことではなく、過不足をなくすことだという言葉を目にしました。自分のできる役割をしっかりと果たしていくことが、最高の学びになるということを教えてくれた塾頭山下先生はこのことを言っていたのだと、一人感動を覚えました。

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