さて、前回は高杉晋作が野山獄に入り、吉田松陰の事を思った詩を書いたところで終わりました。その後、幕府は、長州に対して「長州征伐」の準備を進めていました。晋作が奇兵隊の総督の任を下された後には三代目の赤根武人が総督になりました。その奇兵隊が奮闘するものの四か国の連合艦隊に完膚なきまでに叩かれたのです・・・。
それをきっかけに長州は連合艦隊と和議を結ぶために牢から出されました。そして筆頭家老 宍戸刑馬という人物になりきり晋作が和議に向かったのです。ドラマを見ている人ならば、晋作が和議に向かった時の服装を思い出すと思いますが、黄色の一等礼服に烏帽子直垂姿でしたね。そのあまりにも晋作の堂々とした態度にイギリス公使の通訳アーネスト・サトウは
「魔王の如く傲然として見えた」
と言ったほどです。交渉は3回に及び、3回目に賠償金の問題と彦島の租借要求出されましたが、どちらも晋作が強固に拒絶し、攘夷を行ったのは幕府の命令に従ったから、幕府より賠償金を取り立てるように主張しました。そして彦島も以前、晋作が以前、上海に行った時の風景があまりにもひどい有様で、これでは二の舞になると思い、急に日本の歴史を語り始めたのです。それで煙にまいたのか、彦島の要求は引っ込めたそうです。
その後晋作は萩に戻り閉居していたが、交渉の際に外国の要求を素直にのんだと奇兵隊の皆から誤解され、奇兵隊から命を狙われることになり、萩から脱出したのです。その時のシーンで橋の上で品川弥二郎と晋作が斬りあうシーンがありましたね。その時のセリフ
「俺は久坂も稔麿も入江も忘れてはおらん!」
野見山さんが言うには、ここでの晋作の言葉はもっと奥が深く、感動する言葉だそうです・・・。
萩を抜け出した晋作は最終的に福岡の平尾山荘の女僧の野村望東尼(のむらもとに)を訪ね、身を寄せる事にしました。先日、塾長と西村君が福岡に出張に行った際に、なんとその平尾山荘に行ったのです!すごい偶然ですね!ちょうど大河ドラマでも晋作が平尾山荘に身を寄せたところが放送されていて、そして福岡出張・・・。
写真のように晋作は日本の将来を描いていたのでしょうね・・・。
そして晋作は平尾山荘で10日間過ごしたときに、藩政府が3家老を切腹させ、その首を幕府に差し出したことや、奇兵隊やほかの諸隊も解散の命令が出たことをきっかけに長州に戻る事になるのです。
当時の奇兵隊の総督の赤根武人は藩の命令に従い、解散を進めていましたが、周りはそれでは、今まで散っていった同士の志が途絶えてしまうと意見が割れている時に晋作が表れました。このシーンは大河ドラマでもありましたね。
そして晋作は80名ほどの人数で功山寺にて挙兵するのです。
野見山さんが言うには、この時の奇兵隊が一番すごかったそうです。何というと、晋作が一軒一軒訪ね、その人の長所を見抜き声を掛けていったそうです。そして真の精鋭が集まったのがこの時の奇兵隊だそうです。
その活躍は、大河ドラマでも放送されていましたが、80名あまりで正規軍2000名を撃破するのをきっかけに、奇兵隊が更に勢力を増し、幕府に恭順を示す意向を固めていた藩政府内に分裂が起き、藩政府は「倒幕」の姿勢を固めるのです。
この晋作の行動が後の明治維新までの筋道を徐々に築き上げていく土台になったそうです。
野見山さんはこう言いました。
「藤森先生は私達が道を歩きやすいように、作ってくれました」
おそらく吉田松陰も塾生たちが歩きやすいように「志」という教えで道を作ってくれたのかもしれません。ドラマを見ていても、吉田松陰が死んだ後も塾生たちは自分の「志」を掲げ、行動しています。
保育園で言うならば「理念」にあたる部分だと思います。「見守る保育」という理念があるからこそ、職員は自分達で考え、行動し、成長していきます。そして子どもたちにも伝わっていきます。
「志」があるからこそ振り返る事ができ、安心して戻れるのではないでしょうか。(報告者 山下祐)
先日の放送の高杉晋作が挙兵するシーンは迫力がありましたね。そして、そこには「晋作が一軒一軒訪ね、その人の長所を見抜き声を掛けていったそうです」というようなエピソードがあったのですね!いやぁますます震えてきます。アーネスト・サトウの名前も出てきました。この人も謎めいた人ですね。グラバーもまた謎多き人ですね(話がそれてしまいそうです)。攘夷、倒幕、尊王と様々な思想が渦巻き、めまぐるしく展開された時代を知れば知るほど、分からないことや、疑問が湧いてきます。それがまたおもしろいのですが、歴史の事実は分からないことも多いのですが、その時代に何かに突き動かされ、実際に志を持ち行動していた人がいたのは確かですね。そんな人の思いを少しでも知れることは私たちの考え方にも影響を与えますね。なんだか、かつての人々とつながっているそんな気持ちにもなります。
奇兵隊を結成する際、「一軒一軒訪ね、その人の長所を見抜き声を掛けていった」というのはすごいですね。どういう長所を見ていたのでしょうか。そこでも「志」を見極めていたのでしょうか。「80名あまりで正規軍2000名を撃破する」というのは、単純計算で、1人が25人を相手にするということになります。1人の高い「志」は、25人の思いをも越える力となることに驚いています。
高杉晋作というのは、とてもすごい人なのだということを、改めて感じてしまいます。明治維新の礎となったという、まさに時代を動かされた人です。味方だった人たちに殺されそうになって逃げることになったり、また、必要とされて引き寄せられたり、いつだって殺されてもわからない状況で生き抜いていくというのは、一日一日がまさに命がけだったことと思います。そう思うと僕らは本当に幸せです。夜襲をくらえば、朝起きることもできない体になっているかもわかりません。朝、目が覚めただけで幸せ、家族の顔が見れて幸せ、ご飯が食べられて幸せなのだということを、改めて思いました。