情緒

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9月19日の塾の報告をさせていただきます。

今回のメニューは季節もだんだんと秋になってきこともあり、キノコのソテーとなめこ汁にご飯というヘルシーメニューにしてみました。

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今回はまず、1月に行われたGT熊本の懇親会の様子をみんなで見ました。
というのも、その懇親会で披露してくださった熊本のなぎさこども園さんの出し物がとてもおもしろかったので、みんなにぜひ見てほしいと思ったからなのです。なぎさこども園さんにそのことをお伝えすると、なんとその様子が録画されたDVDをいただきました!
その懇親会では新明保育園さんが、獅子舞を披露してくださり、なぎさこども園さんは、歌と「狂言」を披露してくださいました。この「狂言」がとてもおもしろかったので、あるところで行うことの参考にさせてもらおうかなとも考えています!

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アンパンマン狂言

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次に、新宿で行われた民保協の研修にで塾長が講演された報告を西村先生から、次の日に栃木で行われた研修会の報告を私からさせていただきました。

民保協研修会でも、栃木での研修会でも共通して塾長に依頼があった講演内容は「乳児保育」についてということでした。

塾長の講演の中で、乳児期の脳の拡大のグラフについての話があります。実際にそのグラフを見たことがある方も多いと思います。
これは、3歳までの乳幼児期にいかに、脳の受け皿が発達するかを示したグラフになり、そのグラフから塾長が乳児保育の重要性を講演の中でいつもお話されています。
そして、そのグラフに「エモーショナルコントロール」という項目があります。塾長はこれを分かりやすく「自制心」「我慢する力」と表現されますが、この脳の拡大が3歳までにピークをむかえるとグラフには示してあります。
乳幼児期の教育の重要性が世間でもだんだんと認識されてきたのか、先日、日経新聞にこの脳の拡大のグラフが掲載され、乳幼児教育の充実が今後の課題になるというような内容が書かれていたそうです。塾長は日経新聞という経済紙が、母親の就労のために保育所を充実させるという観点ではなく、はっきりと乳幼児施設は「教育」が必要である
ということを言っていることは世の中が変わってきていることではないかというような話もされていました。
しかし、ここで、塾長が問題にしていたのが、グラフの項目の訳し方でした。
それは、「エモーショナルコントロール」の部分が、日経新聞では「情緒」というような表現の仕方になっていたのです。
これでは、記事を読んだ人が、やはり、乳児期は大人が丁寧に関わることが大切ということが、乳児担当制のような方向にいってしまうのではないかと話されていました。
確かに、「自制心」と「情緒」では読んでいる人に与える印象というのはかなり違ってくるように思いました。

また、9月の塾セミナーのテーマが「数」ということがあり、最終の打ち合わせを行いました。
その中で、小松崎先生から「数は他者との共通認識のために発達したのではないか」という質問があがりました。
この質問に私は「なるほど!」と心の中で唸ってしまいました。小松崎先生らしい鋭い視点だなと感じました。
それに対して、塾長は、共通認識は数だけではなく、言葉といったコミュニケーション全てにつながると思う。私は数はかつて、人類が獲物を平等に分配するために使い始めたのではないか。人間は赤ちゃんであっても物を平等に分ける能力がある。そして、兄弟がたくさんいたことで、物を平等に分けることを現代まで習慣として行ってきたのではないかというような答えを返しておられました。

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少し前までは日本でも兄弟の数が多く、自然と物をわけるということをしていたように思います。私の祖父も12人兄弟だったということを聞きました。はじめに聞いた時は「いやいや多すぎでしょ!」とツッコミたくなりましたが、多くの兄弟、家族がいる中での生活では、物を独り占めするということなんてできるはずもなかったのかもしれませんね。しかし、現代では、兄弟の数も減り、物も豊かになり、人類が行ってきた、物をわけるということをしないでも生活できるようになっているのかもしれません。なんだかそれはとても怖いことでもあるのかもしれないなと感じました。そういう意味でも保育園が持つ役割は大きのかもしれませんね。
数ということを意識することは、人類の歴史、存続という部分にも繋がっていくのかと驚かされた塾になりました。

報告者 森口達也

情緒」への1件のフィードバック

  1.  とても勉強jになりました。「世の中が変わってきていることではないか」本当に、そう思うことが多々あります。保育が見直される時代に突入しているのかもわかりませんね。一躍時の人となるような、ある一定期間限りの活躍に終わるのではなく、最初に椅子が用意された時に着々と力をつけていくことが大切ですし、相応の椅子が用意されていることを知りながら応じた地道な努力をして、実を結ぶことの大切を改めて思いました。

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