ユーモア

 

玩具消毒完了

フロアーにある玩具の色分けに成功しました。

協力してくださったのは、ベテランの先生です。

2020年10月9日『ユーモア』の中でこう書かれています。

「家族のスタイルはおのおのですが、中にはよく冗談やダジャレを言う家族があります。私達は文字通りの意味ではないことを言ったり、したりすることがあります。日常にユーモアが溢れている家族はこのことを子どもが理解するお膳立てをしているのだとキャシーは言います。」

このような時世だからこそ、改めて現場に、忘れずにいたい精神と感じました。

(報告 加藤)

目標と手段

壁に貼られた磁石の玩具

ぐんぐん組(1歳児クラス)の子が興味深そうに繰り返していたのは、

ある程度の重さになると下へ下へと、

落ちていってしまいます。

また最初の場所に戻して貼り直してみたり、貼り方を変えてみたりして遊んでいました。

2020年10月28日『目標と手段』の中でこう書かれています。

おもちゃの使い方を子どもに教えるのは効果的である半面、探索し発見する行動を抑えてしまいます。どうしてこうなってしまうかは知識を持つ大人について考えてみれば明らかでしょう。もしおもちゃの使い方を知っていたら、大人はわざわざ他の機能を探すという面倒なことはしません。実験的で創造的な体験を子どもに与えることが「手段と目標を考える」レベル2のクリエイティブイノベーションを高めることに繋がるのです。

環境を整えるのは保育者で、組み合わせて発展させていくのは子どもたちであることを改めて感じます。

(報告 加藤)

幼児教育狂騒曲

長い時間、一生懸命やっていました

ぐんぐん組(1歳児クラス)の子です。

ハマらないわけです

いよいよ諦めそうに見え、

思わず渡してしまいました

受け取ってくれ、

ハメこみ、

満面の笑み

2020年10月1日『幼児教育狂騒曲』の中でこう書かれています。

学ぶべきコンテンツは学校の中だけでなく至るところに転がっています。それに私達が気づいて私達自体が学び続ければ、私達そして子ども達の人生は豊かになると言うのです。幸せな人生への道は、子どもと共有する体験と共に作られるのです。その体験は高いお金を出さないと手に入らないものではありません。子と一緒に時間を過ごし、身の周りに溢れている学びに繋がる瞬間を捕らえることだと言います。そして子どもが自由に問いを出して、探索するのを後押しすることです。こうした体験を積み重ねてゆくことで子どもは優れた学び手に成長してゆくのです。

ブロックの型を合わせる、ただそれだけのことながら、その成果と達成を目の当たりにし、STEM教育の重要性を身近に感じる思いがします。

(報告 加藤)

繋げて考える

お手伝い保育が始まっています

昨年らんらん組(4歳児クラス)だったあの子たちが、何とも立派に

皆、すいすい組(5歳児クラス)として、その活動をやり遂げていました

2020年9月18日『繋げて考える』の中でこう書かれています。

「心の中の情報に集中し必要なものを維持しながら作業を進めるには、余計な注意を引くものは取リ除き、刻々と変化する課題に備える必要かある。それは沢山の滑走路があり、沢山の飛行機が飛び交う空港で離発着をコントロールする管制官のようなものてある。人間の脳においてこのような航空管制と同じような働きをして、情報をコントロールするメカニズムを実行機能と呼ぶ。」

遊びたい気持ち、面倒臭い気持ち、いろいろな葛藤があるだろうことを思っていると、活動の終わり際、一人の子から、

「ずっとお手伝い保育だったらいいのに。」

何よりも楽しさでこの活動は行われていたのだと、子どもたちの気概に触れ、子ども観を見直させられたような気持ちになりました。

(報告 加藤)

話すのを待つ

友だちの反応を、覗き込むようにして見つめる新入園児

ぐんぐん組(1歳児クラス)の午睡前、寝る前の絵本の読み聞かせを嬉しそうに見ていた子を、嬉しそうに覗き込む新入園の子です。

2020年8月19日『話すのを待つ』の中でこう書かれています。

人の話を聴くことがどんどん難しくなってきているのは、やはりスマホやタプレット等の通信デバイスを捨てられないことが影響しているのではないかとキャシーは考えます。完全にデバイスに依存している人と話をするには、デバイスを無理やりもぎとるぐらいのことをしないといけないというところまできていると言ってもいいのではないかとキャシーは言います。

表情を見て、相手の感情を読み取ったり、理解したり。生の関わりの中でしか育まれないものが園にはあるようです。

(報告 加藤)

教育の在り方

2020/8/19

本日から幼児食となり、ハイテーブルだったぐんぐん組(1歳児クラス)のある子が、食事の移行と同時に下のテーブルへと降りてきました。

ランチを食べ終わり、今日初めて下に降りてきたとも思えないような、何とも違和感のない様子。午後のおやつを食べ、手を拭いて片付けを、と何気なく普段の延長線上にいたような時間、チームの先生があることに気付いて教えて下さいました。

「ハイテーブルの、上からずっと見てたんだね」

食べ終わって、椅子をしまって、自分のタオルを取って、拭いて、そして汚れ物袋へしまいにいく。その一連の作業を、午前中の最初の最初から行なっていたその子でした。

2020年8月13日『教育の在り方』の中でこう書かれています。

コミュニティの一員であるという意識が、自分のできることを最大限やろうという意欲を高め、私達の生活する場所を皆のためにより良くしようと考えることに繋がる

見て、真似る、そのことが、

『共生と貢献』へ直接的な繋がりを持っているとは、

その子の姿がこのような意味合いを持つことを、塾長のブログから改めて知る思いです。

(報告 加藤)

赤ちゃんのコミュニケーション

2020/8/13 突然の雷に窓際の二人

ちっち組(0歳児クラス)とぐんぐん組(1歳児クラス)の子です。

光る方向へ指を差したり、音が鳴る度に目を見合わせたり、言葉がなくとも通い合わせているようでした。

2020年8月16日『赤ちゃんのコミュニケーション』の中でこう書かれています。

一年を過ぎても赤ちゃんはまだ泣きます。しかし、ちょっとずつ感情や欲求をもっとうまいやり方で表現するようになり、良きコミュニケーターとなるべく成長してゆくのです。コントロールが効かない状態でずっと泣きじゃくるのは、欲しいものを相手に伝えるには効果的な方法ではありません。慰められたことがあり、また、誰かを慰めることを学んだ赤ちゃんは、すぐにもっと成熟した方法でコミュニケーションをとるようになると言うのです。

成熟する為の時間を、子ども同士の中でも積み重ね合う子どもたちです。

(報告 加藤)

コラボの働き

3F動スペースにて

ハンモックや平均台、傾斜のある滑り台など他にも沢山刺激的な環境を揃えたつもりでしたが、二人が選んだ遊びはクッションでした。

その使い方も誰が教えたものでないながら、二人で始めた遊びは、やがてその場所にいたぐんぐん組(1歳児クラス)の子たちの殆どへと浸透していきました。

2020年8月10日『コラボの働き』の中でこう書かれています。

コラボレーションはチームスポーツのようなものだと言います。ただ走っているだけだったり、パスをしなかったりでは、フットボールの試合に勝てないように、一緒に何かを作りだしたり、他者の視点で物事を見たりすることを学ばないのなら、グローバルな世の中で成功することはまずできないでしょう。協働することができれば、お互いのコミュニケーションも深まり、共通して用いることができるボキャブラリーが生まれ、お互いの物語に耳を傾けられるようになるだろうとキャシーは言うのです。

一緒に何かを作り上げる、ということはやはり先ず、自発的に遊びを生み出せるような環境があってこそのような気もしてきます。

(報告 加藤)

場の設定

2020/7/29

眠りから目を覚ましたちっち組(0歳児クラス)の子たちの方から楽しそうな声が聞こえてきます。

2020年8月6日『場の設定』の中でこう書かれています。

コラボレーションを育む場を設定するということは、社会的なスキルを発揮するよう大人が子どもに働きかける場を作るということだけではなく、自ずと望まれるコラボレーション行動を子どもが自然にしてしまう場を設定することがとても大事

互いに手を伸ばし合い、触れ合います

関わり合う生き物である僕ら人間はこのような機会、場を得てこそその力を存分に発揮できるのだと改めて思います。

(報告 加藤)

好き嫌いの構造

2020/7/22
コーンおにぎりのコーンを残しています

ぐんぐん組(1歳児クラス)の子、

器用にコーンだけを取り除いて食べています

2018年12月6日『好き嫌いの構造の中でこう書かれています。

「以前、義姉が甘い赤ビーマンの収穫をしているときに、その一つを甥に与えたことがある。彼がそれを口に入れると、彼の妹も『私にも!』と主張した。すると甥はその味が気に入らず、口から出していいかと聞いてきた。すると姪はすぐさま考えを変えた。実際に味見するまでもなく、彼女は自分も甘い赤ピーマンは嫌いなのだと決めつけたのだった。」

この例は、まさに好き嫌いの構造の一部を表していますね。親は赤ピーマンが好き。でもそれは小さな姪っ子には関係のないことだったようです。彼女にとって重要なのは、お兄ちゃんがそれを好きかどうか、それだけなのです。発達心理学者リーン・バーチは、就学前の子どもたち、食べ物の好き嫌いが最も顕著だといわれる年代の子どもたちは親がおだててもその子の嫌いな、もしくは嫌いだと決めつけている食べ物を口に入れようとはしないことに気が付いたそうです。親がどう宣伝しようが、説明しようが、彼らは妥協しようとはしません。就学前の子どもたちの嫌いなものを好きにさせる方法はただ一つ。その子をその食べ物が好きだという子どもと一緒にテーブルに座らせ、全員にその食べ物を与えることだとハリスは言います。まさに、私が提案していることと全く同じことに驚きます。子ども同士、子ども集団の大切さがわかっている人にとって、他の部分も同じように考えるものなのですね。

家族と、そしてきょうだいのいる彼、コーンが苦手な家族がいるのか、興味が湧きます。

また、この子がコーンを食べていけるようになる過程が園でのこれからの姿の中にあるような気がして、追いかけてみようと思います。

(報告 加藤)