物語を理解する

先日の報告で「入園、進級を祝う会」の事について書きました。

あの行事のあとに少し嬉しかったことがあったので報告させてもらいます。

「ぞうくんのあめふりさんぽ」という本を塾長が読み聞かせをし、その横で塾生が役になりきって演じました。

 

その日の午後にお部屋にいくと女の子が木のベンチに座って本を読んでいました。

何を読んでいるのかな?と見てみると、

午前中に行った「ぞうくんのあめふりさんぽ」でした。

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どういう経緯かどうか分かりませんが、おそらく午前中に見て、実際に自分で読んでみたくなったのでしょうね・・・なんだか嬉しくなって報告させてもらいました。

ただ塾長は発表会で子ども達の劇をさせる場合は、十分に物語を子ども達が理解していないと台詞も動きも覚えにくいから、題材にする絵本を自然と読み聞かせを多くするなどをしたほうがいいです。と言われます。

あと、去年の3、4、5歳の担任の先生はクラスごとに発表する絵本を子ども達が自然と読みやすいように置いたり、ペープサートなんかも用意して、子ども達が自分たちで自由に演じれるような環境を用意していました。

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それでも、なかなか物語を理解しにくいようでしたら、思い切って先生が演じるのもありかもしれませんね(笑)(報告者 山下祐)

2016年度塾セミナースタート! その2

 

その1では、ワークショップ形式で行う理由を書いてきました。その2では、4月のテーマ『お茶と落雁』についての実際のワークショップについて報告させていただきます。前回報告した内容のスライドに引き続き、お茶について、話をさせていただきました。

まずは、お茶の歴史から(笑)お茶は平安時代に遣唐使によってもたらされました。当時、伝来した中国茶は、今の烏龍茶に似ていたことから、このお茶の色が現代人の言う茶色になりました。しかし、当時はこのお茶文化がなかなか定着しませんでした。それが、鎌倉時代に入り、栄西が中国から持ち帰ったお茶を長崎県の平戸に植えます。そこから、お茶を飲む習慣が普及していったと言われています。ちなみに長崎県平戸市は私の故郷です。(笑)

ただ、お茶をやってますと言うと、先生の趣味でやっているように思われてしまうかもしれません。それを、指針に当てはめていくことで、保育と言えます。お茶を通して経験してほしいことは、めりはりやおもてなしの心などです。では、具体的に指針に当てはめていきましょう。

まず、指針の第3章「保育の内容」を読むと、1に保育のねらい及び内容が書かれています。ここには、「養護」と「教育」に関わるねらいと内容が記されています。この「養護」から見ていきます。「養護」は、「生命の保持」と「情緒の安定」の2つの柱から成り立っており、情緒の安定の中に、お茶が当てはまるものがありました。情緒の安定のねらいの中に、

「一人一人の子どもの心身の疲れが癒されるようにする。」

という項目があります。これは、近年注目されている「ティーセラピー」にも関わっているなと感じました。ティーセラピーでは、お茶とセラピーが融合したもので、お点前の稽古から、お茶を通して心を落ち着かせるということに目的が変わってきています。心身の疲れが癒されるようにする手段の1つとして、お茶が有効的だと言えると思います。

次は、「養護」と「教育」の「教育」を見ていきます。「教育」は、健康・人間関係・環境・言葉・表現の5つの領域から成り立っています。「環境」領域の内容の中に、

「①安心できる人的及び物的環境の下で、聞く、見る、触れる、嗅ぐ、味わうなどの感覚の働きを豊かにする。」

と書かれています。茶室という安心できる空間で、畳に触れ合ったり、お茶を味わったりと感覚の働きを豊かにすると考えられます。また、

「⑤季節により自然や人間の生活に変化のあることに気付く。」

「⑧身近な物を大切にする。」

というのは、茶道具を通して、経験することができます。主に、茶碗や棗(抹茶の入った容器)は、その季節の柄の入った物を使用します。また、お菓子もその季節の旬のものを食べますし、茶室の中には、旬のお花を生けます。このようなところで、季節の変化に気付くことができますし、その茶道具はもちろん大切にしないといけませんね。

5領域の中の「言葉」領域のねらいには、

「①自分の気持ちを言葉で表現する楽しさを味わう」

と書かれています。そして、内容の中には

「③保育士等や友達の言葉や話に興味や関心を持ち、親しみを持って聞いたり、話したりする。」

「④したこと、見たこと、聞いたこと、味わったこと、感じたこと、考えたことを自分なりに言葉で表現する。」

「⑤したいこと、してほしいことを言葉で表現したり、分からないことを尋ねたりする。」

と書かれています。これらは、お茶をやると子ども達は自然と自分の言葉で表現しますし、分からないことは尋ねたりするので、これらの経験はしていると思います。

最後に「表現」領域のねらいには、

「①いろいろな物の美しさなどに対する豊かな感性を持つ。」

「②感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。」

とあります。茶道具の美しさもそうですが、新宿せいが保育園の茶室からは日本庭園が見ることができます。その中には、日本の美を感じることができますね。

また、内容の中には

「①水、砂、土、紙、粘土、などの様々な素材に触れて楽しむ。」

「③生活の中で様々な音、色、形、手触り、動き、味、香りなどに気づいたり、感じたりして楽しむ」

「⑤様々な出来事の中で、感動したことを伝え合う楽しさを味わう。」

とあります。まさに、落雁の食感や味を楽しむ場ですし、茶室の静かさを感じたりと、五感で感じるような体験ができる場だと思います。

このように、保育指針にお茶を当てはめてみると、いろんなところに当てはまるものがありました。そして、このお茶をセミナー参加者の皆さんに実際に体験してもらいました。詳しいお点前のことはあまり言わず、飲み方だけ少し写真を使って説明をし、2グループに分かれてお互いにお茶を点て合い、作った落雁を食べて、お茶を飲みました。茶室の狭い空間にたくさんの大人が座っているので、会話が弾むのか、参加者の会話が去年のセミナーより多い気がしました。また、落雁作りでも、作りながら会話が生まれるので、距離が縮まるのも早いようです。次回のセミナーの際にも、報告がしやすい雰囲気ではないかなと思っています。参加者からの報告があれば、また私から報告していこうと考えています。

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西村 宗玲

大人と子どもの「間隔」

みなさんは保育園で机と椅子を並べる時に何に注意しますか?

色々、考え方はあると思いますが、私は一人一人が狭くないように配慮して並べます。

 

給食のあとに子ども達と掃除をして机と椅子を並べるときに

「椅子と椅子の間が狭いと座りにくくなるから、気をつけてね」

と何度か言っています。

子ども達はもちろん注意をして並べます。

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写真は明らかに狭いですね。

皆さんだったらどうしますか??

もちろん間隔を広げますよね??

じゃあ、どれだけ広げればいいですか??

私はしばらく見ていると二人の男の子が来て、一人の男の子が片方の座りました。

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そしてやはり狭かったので一度立ち上がり、間隔を広げて・・・

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今度は二人で座りました。

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今度は大丈夫!無事に座る事ができましたね。

一件落着!!

これには驚きました。今まで約10年間見てきて、初めての光景です。

実際に座って、狭くないかを自分たちで確かめる・・・。

今まで私は大人の感覚で勝手に決めていましたが、よく考えたら子ども達が使う椅子ですね。

大人には狭くても、子どもにしてみたら、ちょうどいい間隔というのがあるのです。

まだまだ子ども達から学ぶことは多くあります。(報告者 山下祐)

フワフワ浮いてる あの雲に乗れるくらい 頭やわらかくなります♪ EPISODE FINAL!

「さぁ、ここからちょっとペースを上げようか。」

藤森先生が仰いました。山下先生家のご子息がベビーカーの上で寝てしまうだろうことを予想して、少しゆっくり目に歩いていたとのことでした。

そういう藤森先生の優しさにとても感動します。

隅田川の脇を歩いて行きます。

隅田川の脇を歩いて行きます。

 

 屋形船です。

屋形船です。

以前、ブラヘイジで屋形船に乗ったこともあるんですよ♪

そして到着!

そして到着!

江東区芭蕉記念館に着きました。

館内は撮影禁止な為、HPをご覧ください。(太文字の江東区芭蕉記念館をクリックしてみて下さいね。)

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2013年5月9日『芭蕉に学ぶ』の中でこう書かれています。

〝松尾芭蕉の人生に「禅」と「荘子」が大きく影響しますが、この二つから彼はどのようなことを学んだのでしょうか。その両方とも非常に難しく、研究者でさえ、それを読み解くことは容易ではなかったはずです。それを芭蕉は、読み解くだけでなく、自分の排風に取り入れているのです。ここに、私は研究者と現場の人との違いを感じます。

 芭蕉は、禅の典籍に通暁し、中国古典に造詣が深かったかというとそうではなかったようです。田中氏(白百合女子大名誉教授である田中善信氏)によると、貧しい家庭に育ち、十分な教育を受けなかった芭蕉には「碧巌録」や「無門関」などの禅の教本を読み解くほどの力はなかったと言います。中国思想書についても「荘子」以外の引用はまず見当たらないそうです。にもかかわらず芭蕉は『俳聖』と称されるほどになります。それを田中氏は、芭蕉は天地自然の変化や何気ない人々の会話から宇宙の真理を読み取る、常人を遥かに超えたきわめて鋭い感性の持ち主だったと考えています。と同時にすべてを捨てきって俳諧一筋に人生をかける姿勢がそのまま禅の実践だったからだと考えています。

 私も、保育は、俳句と同様に人に対する深い造詣と、人生に対する真摯な探究、そして広い視野が必要だと思っています。それは、単に書物からだけ学ぶことではなく、身の回りすべてから学ぶ感性と、好奇心と興味から学習するものだと思っています。それは、それまでの芭蕉のように野心があり、才気におぼれていては、決して不易は見つからないのです。自己を深め、自らの変革を遂げるEQ力がなければならないのです。〟

館内には旅の際に着ていた服などが展示されていましたが、今の時代では考えられないような、簡素で、質素なものです。その姿で旅を続け、一つの道を極めていった人間であることを知ると、とても圧倒されるような思いになります。

大変勉強になりました。

大変勉強になりました。

 さて、目指すは次なる目的地、富岡八幡宮へ。

横断歩道があるとついやりたくなってしまいます。

(笑)

(笑)

 

西村先生ありがとう!

西村先生ありがとう!

 

富岡八幡宮に到着です。

富岡八幡宮に到着です。

 

記念に一枚!

記念に一枚!

富岡八幡宮のHPに、〝翁(伊能忠敬)は深川黒江町(現・門前仲町1丁目)に住み、測量旅行出発にあたっては必ず当宮を参拝していたことから縁りの地であるこの八幡宮に銅像が建てられました。〟とあり、納得。勉強になります。

歴代の相撲取りの手形の像もありました。

歴代のお相撲さんの手形の像もありました。

 

この手は…

この手は…

 

そう藤森先生です。

そう藤森先生です。

 お相撲さんの手と藤森先生の手の大きさ、あんまり変わりませんね(笑)

お参りをして、おみくじを引いて帰りました。

お参りをして、おみくじを引いて帰りました。

そして、しばし休憩ということで駅近くのカフェへ。偶然見つけたにも関わらず、席は貸切状態で、しかもとてもおしゃれで綺麗なカフェでした。藤森先生と歩くとこういう奇跡がしょっちゅう起きます。

加藤はここで失礼させていただきました。

この後は月島でもんじゃを食べられたそうです♪

この後は月島でもんじゃを食べられたそうです♪

 

あれ?柿崎先生!(笑)

あれ?柿崎先生!(笑)

ここからの参加の柿崎先生。好物の酎ハイを片手に最高の笑顔ですね。

こんな感じでこの日のブラヘイジはお開きとなったのでした。

楽しさの中に学びがあります。

そして、ただ歩く中にも得る様々なインスピレーションとの出会い。

そして、何より運動になるんです。

身も心も喜ぶブラヘイジ。

多くの方々と一緒に行ける日を楽しみにしています。

(報告者 加藤恭平)

「雑」四

非常に迫力のある展示がありました。

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これは、江戸〜明治時代にかけて盛んになった、ホウキやカゴ等の生活必需品として雑貨を売り歩く「松野屋行商」を、現代の日用品で再現した作品です。

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現代では、あまり「行商」という言葉に馴染みがありません。私が知っている行商を思い浮かべると、「竿竹」や「焼き芋」くらいでしょうか。昔には、このような雑貨も行商していたのですね。生産者が自ら営業をかけるスタイルから、消費者自身が買いに行くというスタイルへ変貌を遂げたことから、モノへの関心・見方といった歴史の異なりも感じることができます。

これは余談ですが、私も「松野屋」でモノを購入していたことを思い出しました。それは、谷中を歩いている時、ふと目に入った店頭の雰囲気に誘われたのがきっかけでした。雑貨の雑然として、且つ不規則な規則性のもと佇んでいる姿が、森や川などに感じる自然な情景と重なった、そんな雰囲気に手招きされました。

そこでは、ショルダーバックを購入したのですが、タグには、ブランドロゴとともに「Made in Japan」の文字がありました。その文字には、日本が大切にしてきたモノや考えの集合体、そして、使う相手の身になった“おもてなし”の要素も含まれているようにさえ感じます。

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暮らしの道具「松野屋」のホームページには、『大量生産品ではなく、美術工芸品でもない、素朴な日用品・荒物雑貨を扱う松野屋。自ら産地へと足を運び、職人と交わり見つけてきた道具たちは、自然の素材を使った使い勝手のよいものばかりです。さらに、「便利」というだけではなく、使うほどに手になじみ、時の流れとともに色を変え、美しく変化していく、長く使うことのできるものばかりを集めています。』

ただ、日本で作られているということだけでなく、日本人の「歴史」や「生き方」が、「Made in Japan」の中にはあるのだなと感じました。

『僕らにとって雑貨とは、わさわさとモノが並んでいる姿を見つけた時の高揚感、その視覚的リズム感やボリューム感です。そして、その中から何かひとつを手にとると、それは具体的な目的を持ったデザイン、道具に変わるのです。』このように書かれてあったのは、CINQ,SAML.WALTZ/店主の保里正人・享子氏の作品『雑貨感』です。この「雑貨感」という要素に誘われて、入店をしていたのですね。

そして、日常というものを考えさせられる展示がありました。それは、青田真也氏の『「  」』という作品です。

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説明書きにはこう書かれていました。

『身近な既製品や大量製品の表面や角をヤスリで削り落とし、見慣れた表層を奪いさることで、「モノ」の本質や価値を問い直す作品。例えば、私たちが日常の中であるモノを「プラスティックボトルである」と認識する、その情報の源とはいったい何なのか。シンプルな作業を積み重ねることで、「モノ」としての愛らしさとともに、モノへの新たな価値や可能性を見出します。』

日常のモノに一手間(シンプルな作業)を加えることで、そのモノの価値が変わってくるということを伝えているように感じます。そんなことを感じていると、保育の日常において、その行程に似たものが行われていたのを思い出しました。それは、製作ゾーンで子どもたちが描いた何気ない絵を、同じクラスのベテラン保育士が、額のように背面に画用紙を貼ってその絵の価値や可能性を最大限に高めるという行程をとっていたのです。さっそく私も真似をしてみました。すると、絵というものは描いておしまいといった印象がありましたが、その自分で描いた作品で15分くらい手に持って空中を飛ばしながら自分の世界に入り込み、遊んでいました。

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また、別の子どもは、その一手間を加えた作品を壁に飾ることで、母親がお迎えに来た際に「ねえねえ、見て!」と促し、「上手だね〜。こんな絵かけるんだね。」などと親子の会話を非常に楽しんでいました。

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子どもが描いた絵を「その子の絵である」と認識するか、それとも、見慣れた表層を奪い去さり、モノの本質や価値を問い直すことで、「その子の発達過程を示す作品である」という見方が生まれました。

そして、雑貨と雑貨を組み合わせて別の雑貨を作り出すこともしていたのだといった作品もありました。これは、引き継がれてきた知恵とかモノを最大限に活用する術であるように思いましたし、「もったいない」の象徴でもあるように感じます。

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雑貨は手だけでなく、心にも馴染んでいくものといった印象を抱きました。それは、愛着にも似た安心感でもあるのかなとも感じます。

(報告者 小松崎高司)

フワフワ浮いてる あの雲に乗れるくらい 頭やわらかくなります♪ EPISODE 2

深川江戸資料館に到着しました。

〝江戸時代へタイムスリップ〟

〝江戸時代へタイムスリップ〟

 

期待が高まりますね。

 

この方も、

この方も、

 

この方も、

この方も、

 

ここ深川市に縁のある方ということで、とても感心してしまいました。

この方々も、あさりを食べたのでしょうか。何だか感慨深い気持ちになります。

さて中へ。

当時の八百屋さんが再現されていました。

当時の八百屋さんが再現されていました。

すごいクオリティです。

店先に座る塾頭(この表情、笑)

店先に座る塾頭(この表情、笑)

 

隣のお米屋さんでは、こんな体験コーナーも。

隣のお米屋さんでは、こんな体験コーナーも。

励まされていますね(笑)

そのお店の名前や、例えば誰のお家なのかといったことがわかるように、このように障子に直接書くのですね。

そのお店の名前や、例えば誰のお家なのかといったことがわかるように、このように障子に直接書くのですね。

 

中に設置されてあるものも、本物そのもののようです。興味津々ですね。

中に設置されてあるものも、本物そのもののようです。興味津々ですね。

 

 よ!大将(?笑)!

よ!大将(?笑)!

 

と思ったらお客さん!

と思ったらお客さん!

どっちも似合いますね(笑)

とてもリアルなサンプルです。

とてもリアルなサンプルです。

 

夕涼み会などで使えそうな雰囲気です。

夕涼み会などで参考にできそうな雰囲気です。

 

このように売られていたのですね。

このように売られていたのですね。

 

こちらはお蕎麦屋さんです。

こちらはお蕎麦屋さんです。

 

中はこんな風になっています。

中はこんな風になっています。

 

 あ(笑)

あ(笑)

なのでさっきの写真は、よく見ると肩が触れていません(笑)

時折、館内全体が暗くなり、雨の音がしたり、雷が鳴ったりと、雰囲気がガラリと変わる工夫がなされています。

また、資料展示室や、映像による解説のブースもあり、十分に来た人を満足させる工夫が施されていました。

春の江戸はこのような雰囲気だったのでしょうね。

春の江戸はこのような雰囲気だったのでしょうね。

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2014年11月9日『屋台』の中でこう書かれています。

〝現在も外食をすることが多いですが、江戸時代の屋台での食事は、一種の外食でした。しかし、私の子どもの頃の屋台といえば、銭湯の出入り口のわきで商売をしていたおでんの屋台でした。銭湯帰りに鍋を持っていっておでんを買って、家で食べました。おでんは、今ではコンビニで売っていますが、当時は、なぜか屋台でしか売っていませんでした。同じように、江戸時代は、てんぷらは屋台でしか売っていませんでした。それは、幕府は、てんぷらを家で揚げることを固く禁じていたからです。それは、江戸の町はたびたび大火に見舞われたため、火災の発生を恐れたからです。ですから、自宅でてんぷらの商いをする場合でも、てんぷらを揚げるのは屋外でなければならなかったのです。

屋台でしか売っていないてんぷらは、庶民のものでした。町民や丁稚などが食べていたようで、武士が食べる時には、手ぬぐいなどで顔を隠して食べる姿が描かれています。屋台での食事は、日本料理の一端を担っていたことは確かです。しかし、当時の屋台といっても、商品を並べる台の上に簡単な屋根を付けたもので、現在のように車は付いていたわけではなく、移動はしませんでした。移動するときは、たたんだのです。どうも、お祭りの時に並ぶ夜店のような雰囲気でしょうか。それか、博多の中州ラーメン屋台のような感じかもしれません。

以前にも紹介した「守貞漫稿」にはこう書かれてあります。「屋台は据えたままで不要のときには他へ移動する。鮓とてんぷらを売る屋台が多い。その他の屋台もあるが、みな食べ物の屋台だけである。酒肴を売る屋台、菓子や餡餅を売る屋台などもあるが、鮓とてんぷらを売る屋台は夜間人の往来の多いところでは、1町に3~4か所ある。」

ここに書かれてあるように、屋台で売られていたのは、すしと天ぷらが中心でしたが、他には、煮しめ、ウナギのかば焼き、麦飯、おでん、餡かけ、焼き団子、焼き芋、ぼた餅、はじけ豆、ゆで卵、大福、水菓子、麦湯、そば、するめなどがあったようです。この中に、ずいぶんと今でも屋台で売られているものがありますね。また、地域おこしの中に屋台村というのがありますが、屋台というと、庶民のたまり場というイメージが今でもあるのでしょぅ。〟

このようなブログを読んで自然、予習をさせていただいているからでしょうか、何となくスッと頭の中に入ってくるような、初めましてではなく、「なるほどなぁ」と頷きながら見て歩けるのは、やはり藤森先生のお陰です。

深川江戸博物館。大変見応えがありました。

さぁ次の目的地へ。すると、山下先生ご夫妻のご子息がベビーカーの上でスヤスヤと眠ってしまいました。なんとも可愛いですね。ここで先生方は家路へ。

最後に、江戸区芭蕉記念館を訪れました。次回の報告で最後になりそうです。

(報告者 加藤恭平)

 

2016年度塾セミナースタート! その1

4月12日は、去年から始まった臥竜塾年間講座の1回目の講座が行われました。いろんなところで書かれていますが、今年はワークショップ形式で講座を行います。4月は、私と山下先生で、お茶と落雁作りの講座となりました。

まず、初回ということもあり、なぜワークショップ形式で行うのかということを、私が話をさせてもらいました。

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それには、最初に幼児教育のカリキュラムを知っておく必要があります。幼児教育のカリキュラムは、主に保育所保育指針・幼稚園教育要領ですね。また、小学校以降のカリキュラムと比較をすると分かりやすいので、小学校学習指導要領も例に出し、比較することにしました。

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小学校以降は、「教科カリキュラム」と言われ、教科ごとにカリキュラムが設定されています。また、幼児教育は「経験カリキュラム」と言われ、経験を通したカリキュラムで、保育園・幼稚園では、様々な経験のできる環境を用意する必要があります。このカリキュラムの違いは、それぞれの原理原則を見れば、一目瞭然です。まず、小学校の原理原則である学習指導要領では、文末が「〜ができるようにする」となっています。今回は、小学1〜4学年の算数を見ていきました。3、4学年の目標を見ると、すべての文末が「〜できるようにする」となっているのが分かります。その学年でこれらのことができるようにしなければならないのですね。

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それに比べて、幼児教育の原理原則である、保育所保育指針を見ていきましょう。指針の第3章保育の内容の中にある5領域を見ると、「健康」領域のねらいには、「明るく伸び伸びと行動し、充実感を味わう。」とか、「環境」領域のねらいには、「〜興味関心を持つ」や「〜感覚を豊かにする」という文末になっています。また、「言葉」領域や「表現」領域には、「〜楽しさを味わう。」など「〜喜びを味わう」「〜楽しむ」という文末が多いですね。つまり、小学校のようにその学年で、できるようになってる必要はなくて、幼児教育では味わったり、関心を持ったり、楽しむことができる環境を用意する必要があるということですね。

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しかし、ここで注目しておきたいことがもう1つあります。それは、小学校学習指導要領の第1学年と第2学年の内容です。早速見ていきましょう。

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1学年も2学年もさっきと同じように文末は、「〜できるようにする」が多いです。しかし、すべての項目の最初に「具体物を用いた活動などを通して」という文言があります。これは、2学年まで、つまり8歳までは、教科カリキュラムだけではなく、経験カリキュラムも含まれているのです。また、別の文末も見ると分かりやすいのですが、「感覚を豊かにする」という文末があります。まさに、経験カリキュラムと文末が一緒ですね。なぜ、8歳(第2学年)までは、経験カリキュラムも含まれているのか。藤森先生がよく講演でおっしゃるのは、脳の臨界期が8歳くらいまでだからだそうです。だから、ドイツでは、ステイと言って、小学校に入学するのを1、2年遅らすのでしょうね。正直、脳の臨界期についてまだちゃんと理解できていないので、ここでは詳しく書けません。(笑)

では、幼児教育のカリキュラムが分かったところで、保育園ではどんなことをやっていくべきなのか考えていかなければなりません。保育園でやることは、子どもたちが様々な経験ができるように、環境を用意していくことですね。ここでいう環境は、モノだけではなく、ヒトのことも言います。ヒトの環境というのは、モデルとなることだと思います。道具だけあっても、それを上手に使えるヒトが必要な時もあります。逆に、子どもが不思議がっているときに、知っていても一緒に不思議がることも必要なときがあるかもしれません。ヒトという環境から、子どもたちは様々な経験ができます。

そして、その経験が、小学校以降の学びの基礎となっていくのです。保育園で、小学校のような教育を行うと、小学校以降に授業で習っても、「これ知ってる」「あーあれね。」というように、学びがそこで終わることがあります。しかし、保育園で様々な経験をして、どうなっているのか不思議がったり、発見を楽しむ子は、小学校以降に授業を受けて、不思議がったり、関心を持つことで、次の学ぶ意欲が生まれます。これが学びの基礎となっているのです。

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長くなりましたが、これから今年のセミナーがワークショップ形式となった理由の本題に入っていきます。経験が大事だと言いましたが、まずは保育者である私たちが様々な経験をしている必要もあると思います。セミナーでは新宿せいが保育園で実践しているものを紹介する予定です。また、この実践が指針のこの部分に当てはまるというのも含めて紹介するつもりです。様々な経験ができるように環境を用意することが大事と言っても、指針に当てはまらなければ、趣味で終わってしまいます。しかし、逆に言えば、趣味でも指針に当てはまれば保育と言えるのです。

この実践を必ずしも保育の正解ではありません。新宿せいが保育園で実践しているというだけですので、保育の方法の1つとして捉えていただきたいと思っています。しかし、そうは言っても材料などを持ち帰っていただくので、1度は実践していただいて、次回のセミナーの際に実践したときの子どもの様子などを報告していただけたらとも思っています。

また、新宿せいが保育園では、保育のヒントを探す方法として、ブラヘイジというものがあります。藤森先生と東京の下町をぶらりとしながら、保育のヒントを探すものです。これを6月のセミナーで行い、ヒントの探し方も体験していただく予定です。

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続く

西村 宗玲

フワフワ浮いてる あの雲に乗れるくらい 頭やわらかくなります♪ EPISODE 1

4月2日(土)、今年度初の藤森先生主催〝ブラヘイジ〟が開催されました。

とても楽しかったので、写真と合わせて、この日のことを簡単に報告してみたいと思います。

この日の参加者です。夜の部(?笑)に柿崎先生が加わります。

この日の参加者です。夜の部(?笑)に柿崎先生が加わります。

先ずは清澄庭園へ。都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線〝清澄白河駅〟から歩いて3分程のところにありました。

道中も藤森先生から〝半蔵門線〟の名前の由来を聞いたり、ちょっとした会話の中にとても知恵が含まれていて、聞いていてとても楽しいです♪

その中でも床屋の話題になった時が印象的でした。

藤森先生は八王子に住まれていた際によく行く床屋があったそうです。そこの床屋の人は、藤森先生に配慮してのことなのか全く話しかけてこない(笑)会話のない中、淡々と髪を切られていく藤森先生。雑誌を読んだり、逆にこちらから話しかけてみたりとなりそうなものですが、藤森先生は淡々と髪を切っていくその人を見ていることが大好きだったようです。

 

「人が何か夢中になったり、一生懸命やっていることを見守ることがもともと大好きなんだよね。」

と仰っていました。何だか、とても胸に響くものがありました。

庭園の中で一枚!

庭園の中で一枚!

きれいな園内です。〝伝統〟をテーマに取り組んできたこともあり、このような景色、景観にとても心が癒されるようになりました。

とても広々としています。

とても広々としています。

 

まるで絵か何かのようですが、生きています。

まるで絵か何かのようですが、生きています。

 

スカイツツリーと園内の塔をセットで見られるスポットも!

スカイツツリーと園内の塔をセットで見られるスポットも!

まさに〝歴史が交差する場所〟ですね。

歩きながらちょっとしたところで座って休憩をしたりします。そのちょっとした時に藤森先生がよくお菓子を下さったり飴を下さったりするのですが、それがまた何とも美味しい!いつも本当にご馳走さまです。

若林先生はスタンプを押していました。

若林先生はスタンプを押していました。

旅の記念ですね♪

外国のお客様も多く見られていて、とても日本の景観を知る上で貴重な場所であることを感じました。

庭園を出て、ブラリお土産屋さんへ。

庭園を出まして、ブラリお土産屋さんへ。

雰囲気のあるお土産屋さんですね。ここで美味しそうなふりかけや炊き込みご飯の具などをそれぞれに購入♪お家に帰ってからの楽しみが増えました。

時間は12時をそろそろ回る頃。お腹も空いてきました。

本日の昼食はあさりたっぷり〝深川飯〟♪

本日の昼食はあさりたっぷり〝深川飯〟♪

この辺りは海が近いので昔からあさりが盛んに食べられていて地元の名物になっています。食べても食べてもあさりが出てくる、こんなに満足する程にあさりを食べたのは初めてでした♪あさりから出た出汁がご飯に染み込み、たまらない味に♪

いつか皆さんで食べに行きたいですね。

こんな所で午前の部は終了。次に目指すは〝深川江戸資料館〟です♪

11年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2012年6月12日『テーマのヒント』の中でこう書かれています。

〝私の子どもが小さかったころは、よく家族で地域のウォークラリーに参加していました。保育という仕事は、そんなことが、仕事のうちだということができる職業であることに感謝しています。

しかし、いろいろな体験をすることが大切であるといっても、そこから感じ取る感性がなければなりません。何気なく見過ごしていることでも、そこにはヒントがたくさんあるのです。私は、職員と時間があるときには「ブラヘイジ」という、地域を歩く会を持ちますが、ただ見学して歩くのではなく、そこに保育のヒントがたくさんあり、それをレクチャーするという意図もあるのです。店のディスプレーを見て、「これは園の装飾に使えるね!」、しゃれたグッズの店に行くと、「これをあそこに置くといいかもね!」、ドイツに行ったときにも、園の見学だけでなく、店を見て歩くときにも、道を歩くときにも何かヒントがないかを探します。たとえば、ビアホールに入ったら、ビールの原料のホップが梁からぶら下がり、壁にはビールをかたどったリースがかけられています。

こんな装飾を見ると、園での装飾の参考になります。それは、職業的「性」ではなく、職業的「楽しみ」なのです。〟

保育という仕事が何とも楽しい仕事であることを改めて感じます♪

それでは次回、続編にて午後の部の様子をお伝えします。

(報告者 加藤恭平)

伝統を引き継ごう・・・

新年度が始り、どの園も賑やかになっていることでしょう。

新宿せいが保育園も多くの新しい新入園児を迎え、毎日楽しく過ごしています。

 

4月の初めに「入園進級を祝う会」がありました。

毎年、この行事は職員室チームが担当することになっているので、毎回携わっています。

 

一応、ルールというか、何でも職員の好きなことをやるのは意図がないので、

必ず今年のテーマに沿ったこと企画しています。

今年のテーマは

「伝統を引き継ごう」です。

ちなみに・・・過去に行ったのは・・・

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これは一昨年ですね。

「笑点」の「大喜利」を真似てみたのですが、その年のテーマは「季節を感じよう」です。

笑点とは全く関連していないですよね(笑)なので、お題として

「季節の野菜でダジャレを作ってください」というお題で大喜利をしてもらいました。

少し無理矢理感があるでしょうか(笑)

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これは去年です。

新宿せいが保育園に来られた方は必ず見ていると思いますが、

2階から3階に上がる階段の途中に「ぞうくんの散歩」の絵が描かれてあるのをご存知かと思います。

あれは塾長が初年度に壁に描いた絵ですが、そもそもなぜ「ぞうくんのさんぽ」なのか?

というところですが・・・

 

新宿せいが保育園が開園した時は、全員が新入園児でした。

その初年度の入園式の時のプログラムのなかで塾長から絵本の読み聞かせがあり、

その読み聞かせをした本が「ぞうくんのさんぽ」だったのです。

そして去年のテーマは「伝統を見直そう」だったので、初年度の伝統を見直そう!ということで、

再度、塾長に読み聞かせをしてもらい、その隣で職員が動物になりきって演じたのです。

 

ここまで読めば今年の「入園進級を祝う会」で何をやったか分かりましたよね?

今年は「伝統を引き継ごう」なので去年の伝統を引き継ぐために、塾長に再度読み聞かせをお願いしました。

ちなみにご存知のとおり、この絵本には「ぞうくんのあめふりさんぽ」という二作目があります。

今回はこの二作目を読み聞かせ&演じました。

有名な本なので知っている方も多いと思いますが、今回、私が何が一番「さすがだ!」と思ったことがあります。

それは塾長が子ども達の前で読み聞かせをする時に何気なく言われた一言です。

「この本に出てくる動物は、ゾウとカバとワニとカメだけど、誰が一番力持ちかな??」

子ども達は一斉に

「ゾウ!」「カバ!」

と答えました。すると塾長は

「実は水の中ではカメくんは一番力持ちです。」

「えぇ~!!?」

子ども達は驚きました。あんな小さい動物が一番力持ちなんて・・・。

そうなると、子ども達は「なぜカメが一番力持ちなのか?」と理解するため、ストーリーをちゃんと理解するために静かに話しを聞いてました。

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私はとくに本を子ども達の前で読み聞かせをするわけではありませんが、

読み聞かせをする前にだいたいの先生は「はい!静かにしてください」と言うでしょうね。私もそう言います。

そうではなく、子ども達に物語の世界に入り込ませるような、そんな言葉がけをすると、自然と子ども達は集中して聞いてくれるのかもしれません。(報告者 山下祐)

「雑」三

皆さんは、モノを選び・買う際に、それが自分の暮らし方に直結しているということを意識しているでしょうか。

そのような視点で「モノ」を捉えたのが、『終わらない自問自答』という展示作品でした。

 

「終わらない自問自答」

「終わらない自問自答」

この作品には、このような説明書きがありました。

『私たちが生活の中で使うモノを「選ぶ」「買う」という行為は、「どういう暮らしをするか」という問いと表裏一体と言えます。モノと同じように理想の暮らしも買えるのか。買い続けることはできるのか。悩みのつきない自問自答とともに、「モノ」と「暮らし」の関係について考えてみませんか。』

私は、正直そこまで考えていませんでしたが、よく考えてみると、そのモノを選ぶ思考、その後の使い方によって日常は構成されていきます。それは、最終的にはその人の「生き方」そのものでもある気がします。

モノを選び、買う度に「自問自答」を繰り返している私たちから、自分に対してどのような問いを投げかけるかという点の重要性も感じることができます。よく、「この人とは話しが楽しい」「話が弾む」などと、コミュニケーションを楽しくとれた時というのは、この「質問力」の影響が大きいのではないでしょうか。物事の優先順位にも関連する質問力です。塾長は、この質問力についてこう言っています。

『幼児教育でも初等教育でも当たり前のように過去からやっていることについて、どうしてこれをするのだろうか、それによって、どんな力を子どもたちにつけようとしているのか、その力は、子どもたちが世の中に出たときに役に立つ力なのか、ということを私は常に考えてしまいます。どうも、これは、「質問力」という力のようで、どうして質問なのかというと、「物事の探求に情熱を燃やし、現状に異議を唱えるような質問を行う」ということのようです。また、取り組んでいる内容は、他のものに優先するものであるのかということも私はよく考えます。現状を変えるために、「そもそも、それは何のためにしているか?」という原点に戻る必要があります。』

「原点に戻る」作業によって、相手の根底にあるものを理解しようとするのですね。また、何を優先するべきか、そして情熱を燃やす方向性が身定まります。そして、物事の背景を捉える力も同時に養うことができますね。

2軒に1軒が空き家に?

2軒に1軒が空き家に?

自分の中に刷り込みのように形作られてしまった部分へ“問題提起”というアクションを起こし、自分が思い描いている理想の暮らしの背景にあるものを可視化してみようというのが、この作品「終わらない自問自答」の試みでもあります。

「お金よりも時間が大切か?」という問いは、その時々と場面によっても答えが変わってくると思いますし、考え抜いてもそこに答えがあるのか分かりません。それなので、「終わらない自問自答」なのでしょうね。つまり、『「答えがない」という答え』が存在すること、そして、そこに楽しみを見出してもいいのではないか、ということを伝えているようにも感じました。

「暮らし」を支えている自問自答をいかに楽しめるか、それこそ自分に対する人生の勝者であるように感じましたし、この日を境に、モノを選ぶ時・買う時には「自分はどのような生き方をしたいか?」という自問自答をするよう心がけていきたいです。

(報告者 小松崎高司)