発達中の脳にとって

暑く晴れた日中

ぐんぐん組(1歳児クラス)のこの子の姿の何に感動をして写真を撮ったかというと、この子、着替えたい、中で遊びたい、と意思表示をして中に入って着替えをして、したものの、やっぱりもう一度水遊びがしたくなって出てきたのです。

それを当たり前のように受け止める先生方の包容力に感動してしまいました。

2019年7月9日『発達中の脳にとって』の中でこう書かれています。

指導計画の必要性を論じる中で、児童中心保育への移行において、また、白紙論が否定されたことによって世界的に幼児教育における「生活」と「遊び」において指導という言葉が世界的に援助という言葉に入れ替わったことをきちんと捉えなければなりません。

また、脳の機能を拡大するために保育における質の高さが影響するという研究があります。イギリスの研究では、質が高い施設の共通点として、保育者と子どものかかわりに特徴があることがわかりました。その一つが、「保育者の子どもへのかかわりが温かく、応答的である」ことが示されています。この研究を受けてでしょうが、今回の保育指針の中で乳児保育において「愛情豊かに、応答的に行われることが特に必要である。」と明記されています。また、1歳以上3歳未満の保育の中でも「温かく見守るとともに、愛情豊かに、応答的に関わり、適切な援助を行うようにすること。」と明記されています。

応答的援助、とはこのようなことを指すのではないでしょうか。

(報告 加藤)

「ハレ」の体験

2019/4/24

振り返ればここからお泊まり保育はスタートしていました。

塾頭山下先生による野菜の種植え指導

パプリカ、ズッキーニ、オクラ、トマト、などなど何種類もの野菜を、子どもたちはチームに分かれて植えました。

育てた野菜を使ってお泊まり保育のメニューを作る見通しです。

2014年1月23日『「ハレ」の体験』の中でこう書かれています。

「栽培」とは、日本では、稲は夏に田植えをして秋には刈り取るまでを言います。刈り取るということは、田は枯れた状態と同じです。これがケガレです。稲を刈り取った後に行われるのは豊穣祭です。五穀豊穣を神様に感謝するお祭りです。このお祭りがハレなのです。この祭りを大人も子どもも待ち焦がれます。それは、祭りが楽しいだけでなく、育てていた稲が実を結び、収穫があるからです。それを待ち、祝うということが生活リズムなのです。このリズムは、日本では四季が織りなしていきます。園で、栽培をしています、クッキングをしています、みんなで食事をしていますということではなく、子どもたちに「ケ」と「ハレ」の体験をさせることに意味があるのです。

準備の為の準備を重ねて、ハレの日はやってきますね。だからこそ待ち遠しいものなのだと思います。

(報告 加藤)

どう変えるか?

2019/8/1 お泊まり保育の前日

大工さんにご来園いただきました

お泊まり保育の今年度の製作の写真立てづくりに、先ず大工さんから手ほどきをいただこうという企画です。

トンカチの使い方

ノコギリの使い方

終わった子はそれをやすりにかけます

とても丁寧なご指導をいただきました。子どもたちにとって貴重な時間となったのではないかと思います。

2012年9月22日『どう変えるか?』の中でこう書かれています。

子どもたちは、将来社会に出ていきます。社会の中で、自己を発揮していかなければなりません。その子たちは教育する教師は、より広い視野が必要になります。また、新しいやり方は、社会の中から見つけていかなければなりません。ということは、社会は常に変化しているものですので、変えていこうとしない人は、社会を見つめ、社会から学んでいない人ということになります。その危機感は、社会を反映しやすい企業よりは、教育の世界は感じにくいかもしれません。

そんな社会だからこそ「ネットワーク力」が必要になるのかもしれません。時代は、より専門化し、細分化しています。その中で、個人の考えること、やれることには限界があります。そこで、多様な人たちとのネットワークが必要になるのです。「ネットワーク力」の説明として、「多様な背景や考え方を持つ人たちとの幅広いネットワークを通じて、アイデアを見つけたり試したりする」とあります。ここに、私の提案する「チーム保育」の意図の一つがあります。チーム保育とは、子どもたちをネットワークの中で育てるということなのです。そのネットワークは、園内にとどまることなく、保護者とも、地域ともネットワークをとる必要があるのです。特に、今後、保育、教育に求められてくるのは、地域の人々とのネットワークです。

必要なのは、子どもたちは、特定の人に育てられる時代から、人々のネットワークの中で育てられる保育への変化です。それが、「ソーシャルネットワーク論」なのです。

作った土台に、当日装飾をして完成させます。作品を作るだけでない、様々な学び、経験、体験がこのような取り組みの中にふんだんにあることを改めて感じます。

(報告 加藤)

支配的指導

2019/7/19

塗ることの諦められた塗り絵、少し使っただけで捨てられていた紙、それらを使って何か作れないか、と子どもたちに提案してみると、

「目はそっちにしよう」「それはこっちの色の方がよくない?」

話し合いながら、一つの完成形へと向かっていく姿を見せてくれました。

2020年1月13日『支配的指導』の中でこう書かれています。

人間関係の中で学び、協力し、助け合うことが日本人の特性であるとも言われています。欧米では、教師からの指導が中心になっているのです。この事実を私は知った時に、今までの保育カリキュラムは、欧米で考えられたものが中心で、特にアメリカでのカリキュラムは、保育者が子どもにどのようにアプローチするかということが中心課題になっていることが頷けました。しかし、この研究が小学校以降を対象にしていますが、実は、保育においても子どもたちの発達は、大人から教わるのではなく、人間関係から、子ども同士のかかわりから学ぶべきであろう私は考えています。しかも、それは、その方が効果的であるのは、もともと人類は人間関係の中で、協力し、助け合い、教え合うことで進化を遂げてきたからです。

『恐竜』

子どもたちだけで作り上げる作品に、いつも不思議な魅力を感じてしまいます。

(報告 加藤)

共食と乳幼児期の発達

2019/6/26 共食Day

塾長がテーブルへ来て下さったこの日。

席を子どもたちが自由に決め、「いただきます。」

すると、ぐんぐん組(1歳児クラス)の子が食べすすみません。

見かねたすいすい組(5歳児クラス)の子が身を乗り出して

すると食べます。

ぐるっと回って隣で

「もう隣に座ってあげたら?」との友だちのアドバイスを受け、

椅子も移動

最後まで食べさせてあげていました。

2010年11月23日『共食と乳幼児期の発達』の中でこう書かれています。

人の食事は、人の発達にずいぶんと影響を与えます。他者に食べさせるという人間の特徴である行為から、役割交代をし始め、次第に自己を知り、他者を知るようになると、次第に自己主張をするようになります。食について、北海道大の川田准教授が示した事例は、誰でも思い当たるでしょう。
「1歳を過ぎたころの子どもにスパゲッティと野菜を食べさせようと、「これは?」とトマトを差し出すと、子どもは顔をしかめてのけぞります。そこで、今度は、「じゃ、これは?」と青菜を差し出してみますが、より一層顔をしかめてみせ、不快そうに手を振って「あ゙?」と非難の声を上げてソッポを向いてしまいます。そこで、「どうしたのー?」とやや非難気味で、再度「赤いのは?」とトマトを差し出しますが、またもや顔をしかめ手で顔を隠してしまいます。そこで「じゃ、自分で食べる?」とプレートを差し出すと、子どもの表情が一変し、トマトに手を出し始めました。今度は、スパゲッティを食べる段になり、同じように子どもが自分でプパゲッティを食べようとしますが、うまくすくえないのを見かねて、箸でつまんで子どもの口元にもっていくと、子どもは拒否をします。その後、大人の差し出しを受け容れたかに見えた時でも、これ見よがしに吐き出し、自分で食べようとします。「なんでー、おんなじのよ?」といっても、更に、子どもは差し出しを拒否した後、今度は自分の方から大人に差し出して、役割逆転が起ってしまう」という事例です。
ここで、大人は「おんなじのよ?」と思っていますが、子どもにとっては同じではないのです。どこが違うかというと、おそらく、大人の意図、あるいは大人の意図の下で進められるという“手続き”に対する拒否感情が生じているのではないだろうかと分析しています。社会心理学には、心理的リアクタンスという概念だそうで、「態度や行動の自由が脅かされた時に喚起される、自由の回復をめざす動機づけ状態」(「心理学辞典」有斐閣)というそうです。このリアクタンスは、もともと説得理論のひとつとして、セールスなどでの押しつけがましい説得が逆効果をもたらすことの根拠とされてきたのですが、リアクタンスが生じるためには、自分自身の行動や態度の自由を認知している必要があり、自由を認知しているにもかかわらず強制されると禁止された行動が遂行されるのです。

年上の子に年下の子のお世話をさせようと意図的に席を設定すると、意外とこちらの思惑通りにいかないこともあったりして、なるほど“手続き”に対する拒否感情が生まれてしまっていたのかも、と考えさせられました。

川田さんは、こうまとめています。「現代の日本社会では、共食の中で子どもが自然に食行動や食文化、対人関係や自他理解を発達させる環境に乏しいといえる。共感的な反応、役割の交替、自由の認識と自己主張性という、乳児期の発達における重要なアスペクトが、食事場面には凝縮されています。そして、いずれも生後9 ヶ月から12 ヶ月頃に質的な転換があるかもしれないと思われ、その転換は、“やりとり困難期”とも言われるように、子どもの行動が複雑になって、意図が分からないと養育者を困惑させるものでもあるだろう。今後、食事場面をより充実させることができれば、乳児の社会的発達を保障する土台を作ることができるのだとも言える。食と社会的発達の関連を探る研究が期待されていると言えよう。」

互いに育み合えるこういった行事が大切であることを改めて感じます。

(報告 加藤)

遊びと学び

2019/6/26 「何これ面白い」

ピーステーブルの方から聞こえてくる声を辿っていくと、こんな遊びをしていました。

「さっきはこれピッタリだったんだよ」

2012年7月18日『遊びと学び』の中でこう書かれています。

幼児教育の祖ともいえるドイツのフレーベルは、遊ぶということで直観的に幼児教育を行うという考えをもっていました。それは、遊びの中に学びがあり、幼児にとって、それは脳への刺激をもたらすものと考えていたからです。そもそも幼児教育にとって学ぶということと遊ぶということははっきりと分けられるものではなく、複合的に行われるものです。それは、幼児にとって楽しいことが遊びであっても、自発的に遊んでいるものであれば、そこには学習効果が多く含まれているのです。たとえば、折り紙を折ることで、直観的に図形認識をしていく脳の経路を作っていることが行われているのです。このように、幼児期の遊びとは、ほとんど学びと同義ではないかと思っています。

学ぶことを苦に感じているとすれば、それは遊びが足りないということなのかもわかりません。

(報告 加藤)

教育の意味

2019/6/17 「何だか凄くないですか?」

チームの先生が見せてくれました。

なるほど

しかもこれを書いているのはらんらん組(4歳児クラス)の子

夢中になって書いている様子はまさにゾーンに入っているようでした。

2017年5月13日『教育の意味』の中でこう書かれています。

「教育があるからこそ、私たちは過去という名の巨人の肩にのれるのだ。知識、特に科学的な知識は過去からの積み上げにほかならないとダンバーは言うのです。このような見解に対して、私たちはよく誤解をすることがあります。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込むことが重要ですが、それをより効果的なものにするために、また、その機能をより発揮することができるようになるために、段階が必要になります。突然、何かを教えるとか、覚えさせるとか、できるようにさせるということではなく、まず、知の世界を掘り下げ、探求しようとする態度を養わなければなりません。そのためには、知の世界の不思議さ、楽しさ、それを探求しようとする好奇心などが必要になってくるのです。その部分を受け持つのが幼児教育であると思います。

年齢的な刷り込みから評価をしてしまっていることを反省しつつ、彼の好奇心を育てたものについて、とても興味が湧きます。

(報告 加藤)

少年自治

2019/6/17 クライミングゾーンを開けます

少しの混沌を見守っていると、

すいすい組(5歳児クラス)の子が自然に

順番に遊ぶ段取りをつけてくれます

2009年7月11日『少年自治』の中でこう書かれています。

ある日、子どもたちはこんなことを言い出しました。「先生、どれを○にするかはもう自分たちだけで決めるから先生はいなくていいよ。」ということで、今は、子どもたちだけでどのゾーンを開設するかを話し合って決めています。ある朝、その横を通ったときにこんなやり取りが見られました。3歳児の子が「ねえ、ここを○にしてよ」「だめ、みんなここはきちんと片づけないから」と5歳児の子ども。「ちゃんと、片付けるよ」「じゃあ、もし片付けられなかったら、明日は×にするよ」
 こんなやり取りは、異年齢集団だから行われるのかもしれません。もし、同年齢児集団で同じようなことが起きるとしたら、力関係で命令してしまうことになってしまうでしょう。異年齢集団では、年長児が指示をしてもそこには思いやりが感じられます。

すると、すいすい組の子がいなくなっても順番で遊べるのですね

そういう毎日を子どもたちが自然と積み重ねられていることを思い、改めてこの保育の凄みを感じます。

(報告 加藤)

 

自分たちにできること・・・

新型コロナの影響で各園、対応に追われている日々かと思います。

新宿せいが子ども園も原則休園という通達が来ており、各家庭に家庭保育をお願いして、

ほとんどの保護者の方が登園を自粛していただいている状況です。

 

在宅で仕事をしながら子ども達を見るのは本当に大変なことかと思います。

私も妻と交代しながら職場に行っていますが、やはり大変です・・・。

先日一日中、雨で外にも出れず・・・次男は長男との喧嘩で何回も泣かされていました。

 

新宿せいがとしても、保護者の皆さまに登園自粛をお願いするならば、

こちら側も家庭で保育ができるように何か手助けはできないか・・・

と園長先生が提案されたのを現場の先生たちが、こんな物を用意しました。

折り紙の折り方の説明書、塗り絵、人気のレシピを封筒に入れて各家庭に送らせていただきました!

 

私の息子たちもそうですが、どうしても家の中だと、すぐにテレビやyoutubeを見てしまいます。

全くダメとは言えませんが、やはりずっと見るというのは変ですし、

藤森先生が言われるように、使い方の問題だと思いますが、なかなか上手くいかないのが現状です・・・。

「ずっと見るのはダメ」と言う前に「これで遊んでみない?」「一緒にやってみない??」

と代わりの物を提案してあげることが大切です。

 

まだまだ今の状況がしばらく続き、家庭保育も続きますので、

先生たちは次の一手を考えていました。

「一週間遊べるものは何かな・・・」「〇〇ならいいんじゃない?そしたら園に来ても繋がって遊べるし!」

など悩みながら、楽しそうに考えていました!!

藤森先生が

「こういう時だからこそ、自分たちでできることを考えて、どんどんやっていこう!」

と職員のみんなに話してくれましたが、本当にそうですね!

ネガティブになっても仕方ないので、できる範囲で楽しんでいければと思います!(報告者 山下祐)

貴重な体験

随分、遅れた報告になってしました・・・。

2019年8月末に私たち塾生にとって、とても貴重な体験をさせていただきました。

その体験というのは、「出張塾セミナー」です。

 

臥竜塾セミナーはご存知の方も多いかと思いますが、その塾セミナーの依頼が舞い込んできたのです。

 

鹿児島のGT園の園長先生から

「毎日、藤森先生から直に学ばれている塾生の方から話しを聞きたいのですが・・・」

という連絡がありました。

具体的にいうと、藤森先生の保育理論を実際の現場ではどのように実践しているのか?

というのを塾生から聞いてみたいということです。

ですので、去年の塾セミナーで「10の姿」を塾生が発表したので、

それを鹿児島でも行い、そして最後は質疑応答・・・という研修内容になりました。

日頃、新宿せいがで実践していることもそうですが、

何よりも現場の先生方を同じ目線で一緒に研修を行えたことが何よりも財産でした!

改めて鹿児島の先生方にお世話になり、ありがとうございました!

我々、塾生も本当に学びの多い出張塾セミナーになりました。

鹿児島と東京と離れていますが、目指す保育は一緒です!

今後もよろしくお願いします! (報告者 山下祐)