Red floor philosophy episode 3 ちとち

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先日、動画を撮りました。

写真右手の女の子(ちっち組0歳児クラス、ボーダー柄のズボンを履いているので以下ボーダーちゃん)が泣いています。

写真右手の女の子(ちっち組0歳児クラス、ボーダー柄のズボンを履いているので以下ボーダーちゃん)が泣いています。

 その子に写真左手の男の子(ちっち組0歳児クラス、チェック柄の服を着ているので以下チェック君)が手に持っているオーボールを渡そうとしたように見えたところを見て、すぐにカメラを向けました。

バランスを崩したからのようにも見えるのですが、

バランスを崩したからのようにも見えるのですが、

 もう一度その子にオーボールを渡そうとしてクッションに阻まれているようにも見える先程の写真の6秒後です。

ボーダーちゃんを見た後、数回床をボールで叩きます。

ボーダーちゃんを見た後、数回床をボールで叩きます。

 音であやそうとしているようにも見えます。

チェック君の視線を追うべく、この辺りからカメラを寄せて行きました。

心配そうな表情ですね。

心配そうな表情です。

励ますように微笑みかけたりもする表情のチェック君。すると、次の瞬間、

ボールが手元を離れてしまいます。

ボールが手元を離れてしまいます。

 

それを追いかけるチェック君。

それを追いかけるチェック君。

それをきっかけにして、別の方向へ向き、ボールで遊び始めてしまったところで動画撮影を終了。その時は、ボールへの興味の方が勝ってしまったのだと思いました。

12年目に入られました藤森先生が毎日欠かさず更新されています『臥竜塾』ブログ2015年2月28日『最近の赤ちゃん研究』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回のブログの全文を読むことができます。)

「最近の赤ちゃんの研究の多くは、受動的な子ども観の見直しが多いような気がします。赤ちゃんをはじめとして、子どもは大人から何かをしてもらう存在であり、また、何も知らない白紙であるという認識がまだまだあります。しかし、実は、もしかしたら人生の中でもっとも能動的な時期かもしれないということが研究されてきています。そんな観点からの研究成果が様々なところで紹介されています。

昨年、2014年09月12日の毎日新聞に、こんな見出しの記事が掲載されていました。「赤ちゃんは、“教えたがり”…受動的な子供観見直しも」というものです。何も知らない赤ちゃんは、大人が教え、赤ちゃんは教わる存在であるということが言われてきましたが、実は、赤ちゃんは教わる存在というよりも、教えようとする存在でもあるということです。

この研究は、九大の橋弥和秀准教授(比較発達心理学)らが、生後13〜18カ月の赤ちゃん計32人を対象に行った研究で、米オンライン科学誌プロス・ワンに掲載され、子どもは大人から教わるだけという受動的な子ども観を見直す研究として注目されています。

 こんな実験をしてみました。ボールや鈴などのおもちゃ12個を準備します。そして、ボールで大人と1分間遊んだ後、その大人の背後にボールと鈴の二つを見せるなどおもちゃを替えて繰り返します。ボール遊びをした後は、鈴を指さすなど赤ちゃんは計64回のうち41回(64%)は遊んでいない方のおもちゃを指さしたそうです。一方、ボール遊びの後で、遊んだ相手とは別の人が来て背後にボールと鈴を置くなどしたところ、遊んでいないおもちゃを指さしたのは63回中30回(48%)で、遊んだおもちゃとの差はありませんでした。この傾向は、赤ちゃんがおもちゃに注視する時間から、おもちゃに関する好みとは関係ないことも確かめられました。

 この結果から、赤ちゃんは目の前の大人を認識し、相手にとって未知の新しい物を指さして教えているということが分かったのです。大人同士の会話で「これ、知っている?」と相手の注意を引くのと同じで、教えたがる欲求を持っていると考えられるようです。橋弥准教授によると、近年、乳児が教わる側として有能であることを示す研究成果は多くあります。しかし、今回の研究は1歳半の時点で相手の認識を推し量る能力を備え、自発的に情報を提供していることを示しています。橋弥准教授は「教えたがるという新しい子ども観を示すことで教育活動にも影響を与えるだろう」と話しています。

九州大の研究チームが初めて解明したのですが、実は、このような場面は、現場ではよく見かけることがあります。1歳半の赤ちゃんが「あのおもちゃ、見たことないでしょ」などと相手にとって未知の物を推測し、指をさして教えようとします。また、それを手に取って、渡そうとします。赤ちゃんは、いろいろなものを渡してくれようとします。「ちょうだい!」と言うと、手渡してくれることもありますが、渡すふりして、渡さずにじらすこともします。もらえると思って手を出すと、「あげないよ!」というかのように渡してくれず、何となく「にたっ!」とします。大人を、からかっているかのようです。

昨年10月ごろから「パパのくしゃみを全力でからかう双子の赤ちゃん」の動画が人気があります。おもちゃで遊んでいる双子の赤ちゃんの後ろにいたパパが、くしゃみをすると、片方の子がそのマネをします。その後ふたりして、くしゃみのマネを連発するのです。大人より、赤ちゃんの方が一枚上手ですね。」

このブログの内容と直接的な関係ではないのですが、一つの着想を得たのは、チェック君は、そろそろボーダーちゃんを泣き止ませるだろうと、カメラを向けている大人にその役割を渡したのではないかということでした。

考えてみれば、チェック君からみた撮り手はあまりにもボーダーちゃんの傍にいる存在で、しかも大人で、そしてアップを撮ろうとすぐ傍まで来ているのです。チェック君のボールを持つ手が緩んだのも、もしかしたら大人が傍にきたという安心感のようなものがそうさせたのかもわかりません。

「大人より、赤ちゃんの方が一枚上手ですね。」

本当にそう感じてしまったこの度の出来事です。

(報告者 加藤恭平)

Red floor philosophy episode 3 ちとち」への2件のフィードバック

  1. ハッとさせられるような内容に感動しています。藤森先生のブログにもあるように本当に「大人より、赤ちゃんの方が一枚上手ですね」というのはそうですね。この報告を見ると更にそう思わせてくれます。その瞬間瞬間を動画に収めるアンテナは見習わなくてはいけません。赤ちゃんの行動というのは「大人が来たから任せよう」という気持ちになるのは多くあるのかもしれないですね。

  2.  yakumiさん、コメントありがとうございます。
     「赤ちゃんの行動というのは『大人が来たから任せよう』という気持ちになるのは多くあるのかもしれない」本当にそうですね。赤ちゃんの持つ賢さや、主体性に驚かされますよね。そのように赤ちゃんを尊重するyakumiさんのような目線で赤ちゃんを見つめる眼差しこそ、赤ちゃんにとっては何よりの尊重であり、受容であるように思えてくるところです。人は認められた相手を認めるという性質があるのかもわかりませんね。

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