黄色い洋服の子、一番高い所から跳びたいものの怖い様子で、一番高い所へ行っては降りてきて、
よく見ると、
面白いですね。
ブログ『臥竜塾』2017年10月3日『社会を構成する他者』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
塾長から乳児期の探索活動が遊びの下見であると教わったことが思い出されます。子どもは自分で自分の許容範囲を理解し、拡げていくのでしょう。
(報告者 加藤恭平)
黄色い洋服の子、一番高い所から跳びたいものの怖い様子で、一番高い所へ行っては降りてきて、
よく見ると、
面白いですね。
ブログ『臥竜塾』2017年10月3日『社会を構成する他者』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
塾長から乳児期の探索活動が遊びの下見であると教わったことが思い出されます。子どもは自分で自分の許容範囲を理解し、拡げていくのでしょう。
(報告者 加藤恭平)
秋を感じよう、ということで、
コルクボードのところになんて書こうか、先生が子どもたちに尋ねると「ケーキづくりたのしかったよ、はどう?」と返ってきたり、とても楽しい様子です。
すると先日、ネックレスにしていたどんぐりがとれてしまったらんらん組(4歳児クラス)の子がいました。
接着剤をつけてあげようとしていると、ごっこゾーンのドレスの背中のチャックを上げてほしい、と数人から依頼がきました。
少し待っててね、と声をかけ、急いで接着剤を、としていると、らんらん組(4歳児クラス)の子がその子たちのチャックを全部閉めてくれたのです。
「やって、と子どもが頼んできた時に、すぐにやってあげる方がやってあげる子に育つ。大人をモデルにして子どもは育つから」
「やり方を教えてあげることもある。それだと自分でできるようにはなるけれど、やってあげる子には育たない」
幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿「自立心」の中で塾長が教えて下さった自立の考え方、それがそのまま目の前に起きた出来事と重なるように思え、感動しました。
ブログ『臥竜塾』2013年3月14日『自立的に行動する』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
枝にかけて乾かしていると塾長がその前を通られ、この出来事を伝えました。
いただいた一言が何とも印象深いものでした。
「それでは、これからもやってあげて下さい」
(報告者 加藤恭平)
数ゾーン、電卓が楽しいようです。
集中力が増すのでしょうか。
面白いのは、すぐに答えを持ってこないところで、取り組んでいる何人かが一緒にきます。
自然協力をするのですね。
ブログ『臥竜塾』2011年10月20日『数覚』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
現在、科学技術はある面において、人間の機能を大きく上回っています。過去において、科学技術は、人間に近づこうとしました。人間がすることを、機械が代わりにできないか、人間の手助けができないかと言うことで開発してきたのが、どこからか、人間のできないことをするような機能を備えています。
たとえば、計算をする能力は、どんなに安い、簡単な電卓でさえ、多くの人間の計算力をはるかに上回っています。では、計算力においては、電卓よりも人間のほうが劣っているのでしょうか。また、人間が今後進化をしていったら、電卓のような計算力を持つようになるのでしょうか。確かに、訓練すれば、たとえばそろばんを得意としてくると、少しは計算は速くなるでしょうが、コンピュータには到底及びません。
早く次の問題を出してほしい、と嬉しそうに言う子どもたちの姿を見て、数字の不思議を楽しむ力が本能的に携えられているのではないか、と思えてきます。
(報告者 加藤恭平)
ブログ『臥竜塾』2015年11月3日『日本の花』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
花や木の実など、季節のものを通して季節を感じる心もまた日本人にとって大切なものだと感じます。
(報告者 加藤恭平)
土曜日の夕方、園庭に出てみると、
遊んでいる内、らんらん組(4歳児クラス)の子が、
正面玄関へと続く道に流れる水が面白かったようです。
もっとやろう、ということになり、
とても楽しんでいました。
ブログ『臥竜塾』2016年4月28日『成功の見通し』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
子どもたちの姿を見て、なるほど失敗は失敗と思うから失敗なのであって、それを失敗と思い込むようになってしまったのは、それを失敗と思い込ませた何かが、もしくは誰かの存在が在ったのではないか、と思いました。子どもが自発的に、自主的にやってみようと思いついたこと、その中で生まれるささやかな目標へ向けて何度もやってみようとすること、そこで達成される日常の中の素朴な成功体験が積み重ねられることで、成功の見通しというものは静かに確立されていくのではないかと思いました。
そんな先のことまで見通して遊んでいるものなのですね、驚いてしまいます。
(報告者 加藤恭平)
夕方、クラスの先生から「座禅を組んでいる子がいる」との情報が入りました
見られていることに気付き、少し照れるような恥ずかしい気持ちとが入り、輪が乱れると、まるでそれを邪念とするかのように、
中心人物と思われる子から叱咤が入ります。
笑ったり、笑わせ合ったりしながら30分程の間、この遊びを楽しんでいました。
ブログ『臥竜塾』2009年6月24日『集中力』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
誰が何の目的で始めたのかわかりませんが、電気の付いていない薄暗い場所を利用して子どもたちは集中力を高め合っているようでした。在る環境から遊びを発展させ、いよいよ神の領域に踏み込まんとする子どもたち、思い掛けない光景に、集まった先生方全員がシャッターを切っていました。
それにしても、見ようによっては何とも奇妙な光景のようにも思われるところですが、座禅、塾長の教員時代にはもっと身近なものだったのですね。
2006年2月27日『一休さん』の中にはこう書かれています。
今度皆で観てみても面白いかもわかりません。
(報告者 加藤恭平)
所々に工夫を感じます。
見守る保育10ヶ条の第1条にこう書かれています。
『『子どもが自発的、意欲的に関われるような環境の構成と、そこにおける子どもの主体的な活動を大切にすること。(生活と遊び・ゾーン)』~子どもが自らやろうとするのを見守る~』
日々自然といる環境がどれだけ子どもたちに影響を与えているか、子どもたちの見せる姿から感じることができるように思えてきます。
(報告者 加藤恭平)
「なんで取るんだよー!」
怒っている声がしたので行ってみると、わいわい組(3歳児クラス)の子がらんらん組(4歳児クラス)の子の玩具を取って行ってしまうところでした。
ところがその場所から離れないわいわい組(3歳児クラス)の子。すると、側に落ちていた木のブロックをおもむろにらんらん組(4歳児クラス)の子に渡しました。
「ありがとう。」
思いがけない一言に、嬉しそうなわいわい組(3歳児クラス)の子。そうか、一緒に遊びたかったのですね。
完成を二人で手を叩いて喜んでいました。
ブログ『臥竜塾』2014年1月13日『積み木と社会性』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
それは幼児においてもそうなのだと思いました。
物の取り合いだと、喧嘩の仲裁をという姿勢で声をかけてしまうことがとてももったいないことであると改めて感じた出来事でした。
(報告者 加藤恭平)
ブロックゾーンに絨毯、マットが敷かれていることが主流のようです。
少し厚みがあり、防音効果も期待できます。
今まで通りブロックが積み上がるか、少し心配していたのですが、
自然と靴を脱ぐ子もいて、可愛いですね。
これからまたどんな作品とドラマが生まれていくのか、楽しみです。
(報告者 加藤恭平)
帰りの会をやろうとすると、すいすい組(5歳児クラス)の子たちが「みんなの前でしたいことがある」というので、任せてみました。
最近できるようになったことを皆に見てもらいたかったようです。すると、
隣に座っていたすいすい組(5歳児クラス)の子が嬉しそうに言います。
前には出ないけど、僕もその一員なんだという、その子の意識を感じるようでした。
ブログ『臥竜塾』2018年6月27日『ドイツ報告12』の中でこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)
参画、ということを、体現する子どもたちの姿と照らし合わせながら、少しずつ理解していきたいと思います。
(報告者 加藤恭平)