出張報告in関西

今回は今月9日から15日まで、先月末のドイツに次ぐ1週間の出張中です。タイトルに「in関西」と書きましたが、兵庫県→滋賀県→大阪府ときて今は愛知県に来ています。

兵庫県の関西GTでは、先日行った「ドイツでの今の状況」や「保育園の次の課題」そして「見守る保育は人間論ではなく環境論」というお話をされていました。その翌日は、近畿ブロック保育協議会で基調講演をされてきました。会場がホテルのホールで広いなぁと思っていましたが、後で聴講者の人数を数えてみたところなんと1000人オーバーという事でビックリしてしまいました。その後の分科会では2園の実践報告の助言者としてお話をされていました。

滋賀県ではGT園の園内研修でした。午前中は保護者講演で、演題は「保育における子どもの育ちについて」という事でした。そこでは、「伝統的育児を通じてやってきた日本の保育」や「人類が共通して持っているもの」「多様性」「成功する人はIQよりSQ、EQが重要」というお話をされていました。午後の園内研修では、園内の環境を見ながら各クラスにアドバイスをしました。その後、研修室では「子どもを成長させるには120パーセントの力が必要。そのためにはその子がどこまでできるかを理解すること」「チーム保育とはそれぞれの先生の個性を出していく(多様性)」「異年齢保育とは、3~5歳を一緒にやることだけが全てではない。5歳がやっているのを羨ましそうに見ている4歳がいるのも異年齢」というお話をされていました。また、最近の園内研修では保育士さんが悩んでいることを直接アドバイスができるという事で質問タイムを多くとるようにしているそうです。今回保育士さんから上がった質問は、

・0歳児の慣らし保育はどのようにしていけばいいのか。

・子どもが物を投げたり荒れてしまう。どのように声掛けすればいいのか。

・園内見学をした際に言っていた「大小比較」はどのようにやればいいのか。

・異年齢のつながりについて。

・夢中になっていてなかなか話を聞いてくれない。次の活動に行くときにどのような声掛

けをすればいいのか。

・集団になかなか入れない子に対してどのような対応をすればいいのか。

といった質問をしていました。それらの質問に対して実際の例を挙げながら詳しくアドバイスをされていました。他にもいっぱい質問があったそうなのですが、園内見学をした際に説明があったという事でそこで理解したという事でした。

大阪では、外部塾生の邨橋先生がいる保育園の竣工式での講演でした。新しい保育園は、4年間新宿せいが保育園で働いた邨橋先生の経験を活かしながら建てられた園舎という事でした。見学をさせてもらい感じたことは、やはり新宿せいが保育園の園舎に似ているなと感じました。また、大阪で個人的に感じたのは、以前新宿せいがの研修旅行でお世話になった園の園長先生とお会いしました。そこの園さんにも男性の調理の方がいらっしゃり、とても頑張っているという事を園長先生から聞き、「私も頑張らないと!」と刺激を受けました。

そこの調理の先生に限らず、全国で頑張っている調理の方はいっぱいいると思います。そういった方々に負けないよう精進していきたいと感じました。(投稿者 柿崎)

GT関西

先日はGT関西や自園の竣工式など、イベントが盛りだくさんの一週間でした。そのため、藤森先生が関西にくる貴重の機会となりました。

 

GT関西はギビングツリーに参加している関西圏の保育園を中心に集まりを作り、より子どもたちにとって良い環境を作っていくための仲間作りができるように勉強会をしました。参加した園は保育園 15園、幼稚園 1園とこじんまりした中で行われました。

 

勉強会では藤森先生から「これからの保育」と題して話をしてもらいました。社会環境が日本に近いドイツの話から始まります。海外の保育と日本の保育を比べ考えていくと、いかに日本に課題があるのかということを常々感じます。まだまだ、日本は子どもは「なにもできない」という存在だとすり込まれている節があります。そして、学力重視であり、子どもの自主性や人格形成といった部分はどこか二の次になっている現状を改めて、自分の中で考えさせられる内容でした。そして、あるキーワードがそれは「見守るは環境論」というワードでした。本来、「子どもたちが落ち着いている環境」とはどういったものか。「触ってはいけない。」ではなく、触ってもいい環境。怒られるから褒められる環境を作ることが大切。ということが話に出ました。

 

自分が大阪の園に帰った上で、初めてしたこともまず「環境を変える」ということでした。そして、先日の日曜日、自園が新園舎になり、竣工式がありましたが、新園舎になったとき「環境」をどう作り上げていくかということがやはり問題になっています。この環境は子どもにとっても、大人にとっても非常に影響のあるものだと思います。この話はまたの機会にしていきたいと思います。

 

GT関西と竣工式、今年もいろんなことが立ち上がることになりました。しかし、なによりも重要なのは立ち上げることではなく、続けることが大切です。より発展していくことが大切です。一緒に活動している片山先生も「今回だけで終わらないようにしていかなければいけない」といっていました。一つの動きをもっと大きな事に、大きなうねりにしていくようにできればと思います。

(投稿 邨橋)

シンライカンケイ

毎週日曜日には欠かせない日課があります。
それは「大河ドラマ 軍師官兵衛」を見ることです。おそらく多くん人の日課でしょうね。
とは言っても実は大河ドラマを真剣に見ているのは久々です。
人生で初めて大河ドラマを見たのが小学5年生の頃で、
当時、社会の授業で戦国時代を学んでいた時に放送れていたのが「秀吉」でした。
その時の主人公 豊臣秀吉を演じていたのが竹中直人さんで、
今回の大河ドラマでも豊臣秀吉を演じているのが再度、竹中直人さんなので、
当時の記憶が蘇り、ワクワクした気持ちで毎週見ています。

そして先週の内容は、とうとう織田信長が倒される「本能寺の変」でした。
過去、色々な戦国時代を背景にしたドラマでも「本能寺の変」というのは、
誰もが注目する場所のような気がします。

さて、私の妻も一緒に大河ドラマを見ている??のかどうか分かりませんが、
少なくとも先に書いた3人の武将は知っていますが、それぐらいの知識です。
なので本能寺の変にしても、どうして起きたのか?など質問するのですが、私もそこまでくわしく説明はできませんが、

今回は皇族に仕向けられたような描き方をしているように感じます。
それまで信長にいじめられて、堪えられなくなったなど色々と説はあるようですね。


そこで妻が言ったのは
「あんなに強いのに、簡単にやられるんだね」と。

確かに戦国時代ではカリスマ性を発揮し、類を見ない強さを誇っていた織田信長も、
一人の部下の裏切りにより、簡単に倒されてしまう。

人数の多さ、不意打ちというのもありますが、
そもそも裏切られるような行為をしてしまった事に問題があるのかもしれません。
ただ歴史なので、本当かどうか分かりません。もしかしたら信長はとても優しい人物だったかもしれません。
描き方によってイメージが180度変わりますし、信長が主人公のドラマだとまた印象が違って見えるでしょうね。
話しはそれてしまいましたが、部下の信用というのは、とても大切という事で少し妻と議論をしました。
織田信長に比べると黒田官兵衛は部下からも慕われ、とても信頼が強く描かれています。
人から信頼される人物になるには、まずは自ら行動をする必要があると思います。
ドラマの中でも黒田官兵衛はできる限り自分で行動し、そして成果をあげています。
いくら力もあり、頭も良くても、自分で行動もせず、口だけの人というのは信頼が薄いと思いますし、
私自身もそのような人は信用できません。
逆に力もなく、頭も良くなくても、一生懸命に取り組める人の方が信用できます。
おそらく塾長はそんな姿を見て、人を判断しているように私は思います。
こんなことを言うのはおかしな事ですが、
塾長は塾生の私たちの事を心から信頼してくれていると思います。
ですから私たちも塾長を心から信じ、塾生としてずっと支えていくつもりです。
人間関係で大切なのは「信頼」だと思います。
ただ信頼もやはり、表面的な形ではなく、心と心がお互いに通じ合ってこそ成り立つ物です。
私は「信頼」でなく「心頼」という字が当てはまるような気がします。(投稿者 山下)

気持ちの余裕

先日3,4,5歳のクラスに入った時に、「気持ちの余裕の大切さ」を感じさせられる場面がありました。

朝の会が少しずつ始まり、みんなが片づけを頑張っている時、ある子がそんなことはお構いなしに絵を描いていました。その子は、朝の会にも遅れていくことが多く、今回も熱中して何か描いている様子でした。

何を描いているのかなと思いのぞいてみると、白い紙が見えなくなるくらい、いろんな色でいろんなものが描いてあり、重ね描きしすぎて何が何だかわからなくなっていました。

「なんでこんなに描いたかな」と一瞬、思ったのですが、その真剣さにこれはすぐには朝の会には参加できないなと思い、「もう一枚新しい紙をあげるから、それかいたら残りは続きにしようね」と声掛けをしました。

すると、その子は、嬉しそうにその紙を受け取り、また描き始めました。とても上手に家の絵を描いて、「すごい上手だね」と声掛けをすると、嬉しそうな顔を見せ、私に月を描いてと言ってきました。もう周りには、誰も残っておらず、ここまで来たらゆっくり付き合おうと思い、月を描いてあげると、その周りに点々と芝のようなものを描き始めました。「もしかして○○くんのお家を描いているの?」と聞くと、「うん」と、今まで見せたこともないような笑顔を見せてくれました。そして、「またあとで続きやる。一緒にやろうね」と朝の会へ走っていきました。

そこで気付いたのですが、初めに描いていた絵もよく見ると同じ絵が描いてあり、それが何回も描かれぐちゃぐちゃの絵になっていたのです。

ずっと誰かに見てほしかったんだろうなと感じると、少し申し訳ないような気持にもなりました。

今回の様に、ぐちゃぐちゃの絵に見えたり、朝の会に出なかったりといった子どもたちの行動にもちゃんと意味があり、それをちゃんと受け止めてあげる。気持ちの大切さを忘れないようにしようと感じた場面でした。   (投稿者 西田 泰幸)

遊び

今年のドイツ環境視察ツアーで「小さな研究者たち」という取り組みを取り入れている園がありました。

そこでは「遊び、遊ぶ、遊び」を全体のテーマに、オープン保育を実施していました。

視察に訪れた週のテーマは「多様な言語、コミュニケーション」です。

私たちはこの園を訪れてとても貴重な体験をすることができました。

それは科学実験です。

3つの実験を体験させていただき、大人である私自信童心にかえった気分で楽しませていただきました。

子どもたちはこのような自分にとって新しい事柄や興味関心をひかれる事柄との出会いによってこんなにも楽しく、ワクワクした気持ちになるのかと想像が膨らんだ、という意味でも貴重な体験でした。

また、異年齢保育でそれ相応の数の子どもたちがいれば、少なからず関係性が希薄である子も出てきてしまうと思っています。

そこでこのような取り組みはその希薄の関係性の仲でも同じことを一緒にやり、共感し、相手方の子の知らなかった部分を見出すことにも繋がり、コミュニケーション能力の向上をも図れるようにも感じることができました。

そしてその3つの科学実験のうちの1つをつい先日、私が勤めさせていただいている学童でも取り入れてみました。

030(1) 038(1)

子どもたちの反応は期待通りで、やったことのない新しい事柄、興味関心をひかれる事柄との出会いを喜び、ワクワクしながら楽しむ様子が伝わってきました。

また、視察して気付いたコミュニケーション能力の向上も図ってみようと、通常は1人でできる実験を2人1組(普段はあまり交流がない組み合わせ)で行ってみました。

すると、普段あまり交流がないことなど微塵も感じさせないほど、共感し合いながら楽しんでいました。

つい先日のことなのでその後の関係性を測りきれてはいませんが、今後の関係性が楽しみになりました。

今回は「科学」という遊びを介しての取り組みでしたが、科学も子どもにとったら「遊び」の1つに過ぎません。

そろそろ学童の子どもたちは夏休みに突入します。

そこで学童ではスポーツやダンス、そして科学などのクラブ活動を実施していく予定です。

そのクラブ活動も子どもたちにとっては「遊び。」

「遊び」こそが子どもたちの豊かな個性や発育を伸ばす最善の取り組みなのでしょうね。

これからも様々な遊びを通して、様々なことを子どもたちが学び、そして何より子どもたちが興味、関心を持って、楽しく遊べるように保育者として環境構成に努め、見守っていこうと思います。(投稿者 若林)

新入園児

4月になると新入園児が入ってくることは多いのではないでしょうか。
私の保育園でも何名か入ってきて慣れ始めているところです。
 
幼児で途中から入って、新しい環境になるというのは実際にどんな心境なのか気になります。
あまり考えず流れに身を任せるのか、それともドキドキして色んなことを想像してしまうのか。
大人になると後者の方が圧倒的に多いように思います。大人だと様々なことが邪魔をして
環境に慣れるのに少し時間がかかるイメージですが、子どもは気づくとお友だちがてきていて、
お友だちの輪にすっかり馴染んでいるというこがあります。
こういった姿を見ると子どもは順応性が高いなぁとつくづく思います。
話は変わりますが、最近4月に入ってきた子どもと担任の先生が話をしていて、
私にこんな報告をしてくれました。
「○○くん保育園がすごい楽しいって言ってくれてるよ」と教えてくれました。
やはり見守る保育という環境は子どもにとって良い環境であることが確信できます。
ある日その話を聞いていたので一緒にいるときに保育園楽しい?と聞いてみました。
するとやはり楽しい!と返ってきました。楽しいと言っている顔があまりにも輝いていて驚きました。
「何が楽しい?」と聞いてみるとその子は、
「今これをしてることが楽しい」と答えてくれました。
これというのは今後、製作で使うために、短くなった色鉛筆を糸鋸で更に半分にし、
トゲトゲして危ない所を紙やすりで『ヤスリをする』という作業でした。
思わず、「え、これが楽しいの??」と聞いてしまいました。
しかし、その子は満面の笑みで楽しいと言っていました。
よく考えると普通に生活をしていたら紙やすりを使う機会なんてないのかなと思いました。
うちの保育園は様々なことを遊び以外でも手伝ってもらうことが多いように思います。
洗濯して干したテーブルクロスを畳んでもらうこともあれば金魚の水槽を一緒に洗ったりということもありました。
トイレ掃除も率先してお手伝いをしてくれる子もいます。
ただどれもやってほしいと頼んだわけではないのにやりたいということが多いです。
そんな経験は家庭ではあまりしないからでしょうね。
その子は新宿せいが保育園に来て様々ことが新鮮でやることやることに興味を持ってやってくれます。
様々な環境を用意することの大切さというのを肌で感じるともっともっと
頑張らなくてはいけないなと感じることができる出来事でした。
(報告者 本多)

出張報告in熊本県

7月3、4日と熊本県のGT園の園内研修に行ってきました。

が、熊本空港に降り立つ前に事件が・・・。

何とその日の熊本は大雨のためなかなか着陸ができなかったのです。熊本空港の上空をグルグルし何度か着陸を試みるもののグルグル・・・。結局熊本空港には着陸することはできず、福岡空港に着陸になりました。塾長曰く、「何年も飛行機を使い出張等に行っていたが初めての経験だった」との事でした。そして航空会社より熊本駅までの新幹線の無料チケットをもらい2時間45分遅れで無事に熊本駅に着くという事件がありました。

今回園内研修を行った園さんは保育園と幼稚園をやられていて、実は数年前に新宿せいが保育園の研修旅行で見学させていただいた園さんでもありました。そこの園長先生や職員の先生方とは何度かお会いをしていたのですが、園舎を見学させていただくのは研修旅行ぶりで、保育園の方は建て替えをされていたので初めての見学でした。

先ず保育園さんの感想は、2011年にそこの先生と私は、塾長が毎年行われている「ドイツ環境ツアー」で同じ回に参加し、ドイツで「来客者に対するおもてなし」の素晴らしさを学んできました。そこの園さんでは「おもてなし係り」という係りを作られていて、今回見学に行った際に「ようこそ藤森先生、柿崎先生○○園へ」という歓迎のボードが玄関前に設置されていました。そして手作りのコースターでお茶を出していただき、研修後の夕食もそこの保育園さんでいただいたのですが、そこでも手作りの箸袋や熊本名物の馬刺しにのっぺい汁、ちくわサラダを出していただきました。ちくわサラダというものを初めて食べたのですが、ちくわの中にポテトサラダを入れ、衣を薄くつけて揚げるという料理でしたがとても美味しかったです。「おもてなし」の素晴らしさの報告になってしまいましたが、保育園の環境は個人的には新宿せいが保育園にとても似ているという印象でした。また、園児数が多く新宿せいがでも来年度から人数が増えるということで、「とても参考になるね」と塾長と話しました。

翌日に幼稚園さんも見学をしたのですが、同じように1階と2階で様々なゾーンに分かれていました。ちょうど見学をし始めた時間に朝のお集まりをしていました。その様子を見ていると、その日のお当番の男の子と女の子が出席を取るために名前を呼ぶというお仕事をしていました。そして面白かったが、前日に子どもたちの間で問題になり話し合った結果をお集まりの際にみんなの前で発表していました。その内容が、前日に2人の男の子が1つしかない虫網を取り合ったということで話し合い、仲裁に入った子の提案により決まったのが、使用できる時間が40分だったという事で1人20分ずつ使おうと決めたそうです。私は計算ができていることに驚いたのと同時に、もう1人入ってきたらどうなるんだろうと思いワクワクしてしまいました。

そこの幼稚園さんでも昼食をいただきました。メニューは混ぜご飯、すまし汁、じゃがいものカレー炒めでした。少し甘めの混ぜご飯でとても美味しかったです。

保育園で出される食事を実際いただくことでその土地土地の味だったり、名物が出たりととても勉強になりました。(投稿者 柿崎)

心持ち

新宿せいが保育園から実家のある大阪に帰ってきて、あっという間に3年目を向かえていますが、ずっと続けていることが2つあります。

一つは藤森先生のブログにコメントを入れること、これは新宿せいが時代からやっていることですが、いかんせん遅筆で、いつも恥ずかしながら遅れてアップさせていただいています。とはいえ、保育についての最新の情報であったり、自分自身を高めていくためにもこのブログにアップしていく活動はこれからもやっていこうと思います。

それともう一つ日課になっていることは「致知」という雑誌のメルマガである「致知一日一言」を毎朝読んで、自分にあった言葉を見つけて、一つの自分の指針にしていこうとすることです。元々はあるとき藤森先生と出張に行くときにふとこの「一日一言」のことを聞いたからということと、大阪に帰ったときになにか自分を鼓舞する言葉と自分を見返すためのなにかを求めていたから始めたことでした。

そして、この「致知」を知ったのはギビングツリーの事務局でもあるカグヤの方々のブログに紹介があって、カグヤでは社員の方々でこの雑誌を使い、社内での研修にも用いているらしく、「人間力が高まる。仕事の成果があがる」といったことを目的に購買されている雑誌なのですが、そこに出てくる偉人方の言葉がメルマガで毎朝届きます。

さすがに出てくる人は脳科学者の茂木健一郎氏やダライ・ラマ、零戦のエースパイロットである坂井三郎氏など、その言葉を残す人は新旧老若男女でありますが、そこで感銘を受けて、初めて心に残った言葉が「天命」という題で

「天はなぜ自分をこの世に生み出し、何の用をさせようとするのか。自分はすでに天の生じたものであるから、必ず天から命じられた役目がある。その役目をつつしんで果たさなければ、必ず天罰を受けるだろう」

という言葉で、儒学者の佐藤一斎さんの言葉でした。

僕はこの「天命」という言葉をとても大切にしています。

そして、自分に与えられた役目があり、そのための出会いや別れや仕事があるのだと思います。特に保育という職場は人と人、子どもと子ども、いろんな関わりが生まれる場所であります。人格形成という大切な時期です。だからこそ、子どもとも同じ職場で働く先生方とも何か一緒に働くことやその時々に起こる出来事にはなにか意味があるんだと常々思います。

こう考えると物事をプラスに捉えることができるようになってきます。自分自身でいうのもなんですが、私はとてもマイナス思考です。ですが、悩んでいるときや頑張ろうと意気込んでいるときに、この言葉を胸にすると、ただの悩みが今の試練に変わり、どうしていくかを前向きに捉えるようになります。目の前で起こる出来事にしっかりと目線を向けて、真摯に向き合っていくことは大切です。そのための意識作りや心持ちはとても大切だとも気づきました。人と仕事をしていく中で、こういった「天命」だと思う瞬間があるととても日々にやりがいを感じます。                (投稿者 邨橋)

論語

私事ですが、

7月6日をもって、とうとう30歳になりました。
新宿せいが保育園に就職し7年が経過し、8年目に突入しました。
就職当時はまだ大学卒業したての甘ちゃんだった自分が、
塾長と出会い、そして師弟関係を結んでいただき、
ここまで成長できました・・・。
この場を借りて感謝の言葉を言わせていただきます。
「園長先生、本当にありがとうございます。30歳という年齢を迎え、そして父親となりました。
もし先生と出会っていなかったら、どんな人生を歩んでいたのか、もちろん分かりませんが、
少なくとも、今以上の幸せは掴んでいなかったと思います。
新宿せいが保育園の職員、そして臥竜塾の塾頭として、まだまだ足りない部分がありますが、
これからも、ずっとずっと、見守っていただけたら幸いです。
私も先生の傍から離れず、ずっとずっと守っていきます」
さて、塾長の話しの中で「論語」の話しが出てくることが多いです。
そもそも「せいが」という言葉も論語からきているそうですが、
新宿せいが保育園の職員で、何人知っているか、気になります・・・。
・吾れ日に吾が身を三省す (私は常に自らのあり方を省みている)
我を省みる→「省我(せいが)」です。
またちゃんと勉強している人は「三省」という言葉でピンときていると思います。
そう「見守る保育の三省」です。
・子どもの存在をまるごと信じたか
・子どもに真心を持って接したか
・子どもを見守ることができたか
おそらく見守る保育をする実践する上で、この3つの言葉は根底です。
この言葉は塾長が数年前のドイツ研修の際に、行きの飛行機の中で考え出した言葉だそうです。
とても洗練された3つの言葉ですね。
実は私も塾長からオリジナルの「三省」をいただきました。
先ほどの「吾れ日に吾が身を三省す」には続きがあります。
人の為に謀りて忠ならざるか。 (人の為に心を動かされて、忠ならざる事はなかったであろうか)
朋友と交わりて信ならざるか。(志を同じくする友なるに、意に従うばかりで信ならざる事はなかったであろうか)
習はざるを伝へしか(己の身にもなっておらぬ事を妄りに発して、人を惑わせてはおらぬであろうか)
これを「師」という言葉に変えて
師に忠ならざるか
師に信ならざるか
師に習はざることを伝へしか です。
DSC_0160
これは手帳の一番最初のページぶ書いて、そして毎日復唱していた記憶があります・・・。
おそらくこの時の学びが今の私の原点になっているでしょうね。
もちろんこれは今でも、そして一生涯、忘れてはいけない言葉です。
その時は、これが何の意味があるのか正直、分かりませんでした。
ですので、塾長から同じような注意を何度も何度も言われ、怒られ・・・。
ただ塾長とずっと一緒にいることで、その真意が伝わり、初めて気づくのです。
どうしても新しいことを学ぶと、嬉しくてすぐに結果を求めてしまう癖が誰にでもあると思います。
それは決して悪くないことです。
ただ私が塾長と過ごしてきて一番感じたことは、
すぐに結果が出るような学びは、本当の学びでなく、表面だけを繕った学びで、すぐにボロが出てしまいます。
本当の学びというのは、長い年月をかけて身につく物だと思います。
それは答えを多く知っているという意味でなく、私の場合は塾長の考え方を学ぶということです。
こういう場合は塾長はどう答えるだろうか?どう考えるだろうか?
一緒にいることで、塾長の言葉を何度も何度も聞き、その考え方を知ることが大切です。
しかし、それには表面的な付き合いでは学ぶことは到底、不可能です。
その為には塾長が私にくれた「三省」が必要不可欠になってきます。
あくまで私の考えですが、真の学び、究極の学びというのは、自分が師と仰いだ人の考えを理解することのような気がします。
さて話しがズレてしまったので、戻しますね。
もう一つ論語で塾長がよく話す内容としてこんな言葉があります。
子曰わく、吾十有五にして学に志す、
三十にして立つ、四十にして惑わず、
五十にして天命を知る、六十にして耳順がう、
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
これは人の年齢を表し、孔子が自分の人生を振り返り弟子たちに言った言葉です。
30歳を迎えた私に対しての言葉、
・三十にして立つ
これは独立、自立という意味だそうです。
もちろん解釈の仕方は様々なので、何とも言えませんが、
私の今の状況を振り返ると、自然とこの言葉があてはまっています。
30歳になって一番変化したのは、
息子が産まれて、父親という立場になったこと。
そして初めて後輩が出来たということです。
父親としての自立、先輩としての自立、
自分の立場が家庭でも職場でも変化していく中で、
今までのように、自由に振舞っていては、おそらく信用を失ってしまう恐れがあります。
塾長の30歳の時を話しを聞くと、
とてもじゃありませんが、真似できない30歳です・・・。
ただ、少しでも塾長の30歳に近づけるように努力していこうと思います。
30にして自分の学問で自立し、
40にして迷わず、
50にして天命を知り、
60にしてどんな人の話しでも聞けるようになり
70にして心の思うままに行動しても道を外すことはない
こんな人生を歩んでいけるように、これからも日々精進していこうと思います。
あっ・・・80代からないようです。
80歳を過ぎると、どうなるのですかね??
神様の領域にでも達すのでしょうか・・・。(投稿者 山下)

子どもたちが決めたルール

先日ある記事で「フィンランドの子供達が作った議論における10のルール 」というものを見ました。

その内容は

  1. 他人の発言をさえぎらない
  2. 話すときは、だらだらとしゃべらない
  3. 話すときに、怒ったり泣いたりしない
  4. わからないことがあったら、すぐに質問する
  5. 話を聞くときは、話している人の目を見る
  6. 話を聞くときは、他のことをしない
  7. 最後まで、きちんと話を聞く
  8. 議論が台無しになるようなことを言わない
  9. どのような意見であっても、間違いと決めつけない
  10. 議論が終わったら、議論の内容の話はしない

というもので、フィンランドの小学5年生が自分たちでまとめたものだそうです。

これだけのルールを考えるのは大人でも難しく感じますが、これを見た時ひとつ思い浮かんだものがありました。

それは、新宿せいが保育園のピーステーブルです。

このピーステーブルは子どもたちがケンカをしてしまった時や、意見が合わなかった時などに、話し合いの場として使っている場所なのですが、ここで話す時に、1404483817582があります。

それは

  1. あいてのはなしをさいごまでしっかりきこう
  2. はなしをきくときはあいてのかおをみよう
  3. じぶんのきもちをことばでいおう

というものです。

ルールの数は少ないものの、内容はなんだか似ていますね。

人との関わりにおいて大切なもの。それはどの国においても共通。そして、子どもでも気付くことができるもの。大人の私たちが忘れるわけにはいきませんね。

自分に言い聞かせたくなる記事でした(笑)              (投稿者 西田 泰幸)