暖かさ

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吐く息にまだ色はつかず、本格的な冬の訪れはもう少し先なのかな?なんて考えながらも風の冷たさにはかなわず、クローゼットから冬物のコートを引っ張り出しました。ふとポケットに手をいれると、小銭がチャラチャラと。ラッキーなハプニングに報告を書く手も進むというものです。

塾長は先日福岡に出張に行く際、空港でハプニングに見舞われたそうですが、たった一度の人生ですから、嬉しいハプニングもちょっと困るようなハプニングも全部楽しめたら良いなと思います。

11月18日の塾は臥龍塾セミナーのあとということもあり急げ急げと準備をしても落ち着いたのは夜も更けた頃でした。

最近は、冷凍食品の技術がかなり進化を遂げているようで、急速冷凍という技術を用いて、より安全により美味しく食べられるようになっているそうです。

手間ひまをかけて美味しいご飯と、手間ひまをかけずとも美味しいご飯、ブログ読者の皆様だったらどちらを食べたいと思いますか?

確かに、年越しそばをうって食べただとか、畑で自分で育てた野菜を使ったカレーを作っただとか、手間ひまが思い出となるような食べ物であれば、それはとても価値のあるものだと思います。

わたしも、未だに幼い頃指を切りながらも父に教わってはじめて作ったご飯の味は忘れられません。

しかし、日々のなかで、もし食材を買い、切り、焼き、蒸し、煮るという時間を大幅にカットできるとするならばどうでしょうか。その時間を自己研鑽に使えたら、我が子と触れ合う時間に使えたら、ゆっくり晩酌をする時間に使えたら、なんだか色々と出来そうな気がしてこないでしょうか。

もちろん料理をすることが好きという人がいたり、先のわたしの思い出のように家族でわいわいご飯を作るというのもとても楽しいですから、料理そのものを否定するつもりはないのですが、少し前の時代よりも、冷凍食品を食卓に出すということのハードルが、下がってくれば良いなと思うのです。

最近塾長は講演のなかで、見守る保育をしていると言いながら、見てばっかりで守っていない、ということをよく話されます。

わたしも少し前までは、例えばこどもが喧嘩をしていても、それも経験だし、そのなかで小競り合いをし、少し怪我をするくらいは問題ないのではないか、と思っていました。

しかし、小競り合いをしなくても、ただ話し合っているだけで子どもが十分な発達を遂げるのであれば、そこで起きた怪我と言うのは、我々の職務の怠慢ということに他ならないのです。

子どもが嫌な気持ちになったり、保護者が嫌な気持ちになったりすれば、信頼関係も部屋の中の空気もどんどん濁っていってしまいますから、何が本当に必要で、何がこどもの育ちをより促すのか、ということは常に考えなければいけないことだと思います。

代わりがきかないものは大切にして、そうでないものはどんどん改善していかなければいけませんね。

わたしも今夜は少しサボって美味しい冷凍食品をポケットから出てきた小銭で買ってこようと思います。

(報告 髙橋)

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