瓢鮎図 episode1

秋の風吹く臥竜塾。先ずはメニューの紹介から。

西村先生が作る「豚汁」

西村先生が作る「豚汁」

小気味好い音で刻まれる千切りキャベツは柿崎先生

小気味好い音で刻まれる千切りキャベツは柿崎先生

「キャベツから盛って、その後にメインを乗せるんだ」

「キャベツから盛って、その後にメインを乗せる」

盛り付けへのこだわり、流石です

盛り付けへのこだわり、流石です

その横では横田先生がご飯を盛ります

その横では横田先生がご飯を盛ります

メンチ、エビ、さんまの三色フライ定食豚汁付き

メンチ、エビ、さんまの三色フライ定食豚汁付き

丁度のタイミングで到着されました本多先生

丁度のタイミングで本多先生も到着

ソース、ケチャップ、マヨネーズ、お好みの味つけでいただきました。とても美味しかったです。

 

話題は、本多先生のご子息の通う園の保護者会の報告から。日々の保育の様子がパワーポイントにまとめられ、熱い思いの伝わる内容だったとのことでした。

その流れから「例えば保育参観、子どもの園での顔を保護者に見せていいのだろうか」塾長からの問いかけがありました。

ブログ『臥竜塾』2018年9月4日『社会的状況による言語』の中にこう書かれています。(太字をクリックすると塾長藤森先生のブログ『臥竜塾』にとび、この回の全文を読むことができます。)

「ウィリアム・ジェイムズは、社会的状況が変われば、人は「その都度自分の違う面を出す」と言及し、その一例として友だちと一緒のときには海賊のように威張りちらしますが、「親や教師の前では端然としている」青年の例をあげているそうです。」

子どもにも家での顔、園での顔というものがあり、それを保護者が知ることに良い面もあればそうでない面もあるのではないか、とは、最新の知見からくる問題提起のようで、とても考えさせられます。

「信頼していればお互いが知らなくてもいいのではないか」

それは、子どもを把握しよう、させようとする日本の保育園の風潮へのメッセージともとれ、「把握をして何がしたいかだよね」という塾長の言葉がとても印象的でした。子どもがどの部屋にいるのか、どこで何をしているのか、そんなことまで見ていなくてはならない保育環境というものが果たして適切な環境と言えるのでしょうか。

 

さて話の流れから、塾長が教員時代の話をして下さいました。

(報告者 加藤恭平)