NHKスペシャル『人類誕生』2回目

今回は、NHKスペシャル『人類誕生』の2回目を鑑賞しました。

人類誕生の地アフリカから、世界へと旅立ったホモ・サピエンス。その前に立ちはだかったのが、ヨーロッパに君臨していたネアンデルタール人でした。両者は1万年に渡って同じ土地で暮らし、ライバルとして地球の覇者を争ったそうです。(実際にホモ・サピエンスとネアンデルタール人の間で争いはなかったとされています)

ところが、屈強な体と高い知性を持つハンターだったネアンデルタール人はなぜか忽然と姿を消し、私たちの祖先であるホモ・サピエンスだけが生き残りました。もし、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが1対1で戦えば、間違いなくネアンデルタール人が勝つでしょう。しかし、ネアンデルタール人は敗北していったのです。それは、人類進化における最大のミステリーとされています。

その謎を見ていきましょう!

700万年前、最初の人類が誕生して以来、様々な枝分かれを繰り返し、20種類ほどの人類が生まれては絶滅しました。そして、最後に現れたのが、ネアンデルタール人とホモ・サピエンス。ネアンデルタール人は主にヨーロッパで進化し、その後アフリカで誕生したのが、ホモ・サピエンスでした。つまり、ネアンデルタール人と私達ホモ・サピエンスは同じ祖先から全く別の場所で進化した、遠い親戚のような関係でした。また、同時代に地球上に住んでいた、最大のライバルでもありました。では、この2種類どんな出会いだったのでしょうか。

文明の交差点、中東エルサレム、ここで両者は出会ったとされています。現在も3つの宗教の聖地とされるエルサレムは世界中の人が集います。何か縁を感じますね。きっかけとなったのは、イスラエル北部にあるマノット洞窟での発見です。5万5000年前にホモ・サピエンスが暮らしていた痕跡が見つかったのです。実はこの遺跡から、わずか40kmの距離にネアンデルタール人が住んでいた跡も見つかっています。これまで、この時代にはサピエンスとネアンデルタール人は遠く離れて暮らしていたと考えられていました。ところが、日常的に顔を合わせてもおかしくない、とても近くで暮らしていたことがわかりました。

では、ネアンデルタール人とはどんな人類だったのでしょうか。まず、ネアンデルタール人の知能が見直されています。それは、発掘された遺跡や頭蓋骨からわかります。ネアンデルタール人の頭蓋骨はホモ・サピエンスより明らかに大きく、10%も大きい脳を持っていたことが明らかになっています。また、言葉を話すのに欠かせない舌骨や耳小骨などを詳細に調べた結果、喋る能力があった可能性も判明。さらに、ペンダントやブレスレットを身につけていたり、文化的な行動を行っていたことも分かってきました。動物の皮を加工し、身につけていた証拠も。従来、体は頑丈でも、言葉を持たず知能は低いと考えられていたネアンデルタール人ですが、本当は屈強な体に高い知能を併せ持つ人類だったのです。私たちが賢く優秀だったから生き残ってきたと考えられていましたが、それは大きな間違いだったのです。

次は、お互いにどんな暮らしをしていたのか、みていきましょう。まず、ネアンデルタール人が繁栄したのは氷期のヨーロッパで、冬の気温はマイナス30℃まで下がり、食料は乏しい時代でした。この厳しい環境を生き抜くために、独特の狩猟方法を編み出します。それは、骨の化石に残されている無数の傷跡から分かるそうです。骨に残された傷は、ネアンデルタール人の狩りが肉弾戦だった証拠で、彼らはとてもチカラが強く、接近戦で狩りをしていたのです。しかし、かなり命がけの狩りだったことでしょう。その一方で、私たちの祖先のサピエンスは、ネアンデルタール人に比べると、全身の骨は細く、力が弱かったため、全然違う方法で狩りをしていました。勇猛果敢に大型動物に挑む強い力はなかったため、小型動物を狩りし、何とか命を繋いできたのです。

しかし、ウサギのような小型動物を追っていた時代から数千年経った4万3000年前、サピエンスの狩りは様変わりしていました。このとき、道具の革命が起き、大きな動物を何匹も捕まえるようにまで、進化していたのです。その際に使用していた道具が、「アトラトル」と呼ばれるもので、サピエンスの暮らしを根底から変えました。アトラトルとは、槍を遠くまで飛ばすことのできる道具で、テコの原理を用いて、腕だけで投げる距離の2倍以上の距離投げることができます。これだと、近距離でなくても狩りが可能になり、サピエンスは弱点を補うことに成功したのです。(以前日本テレビの「世界の果てまでイッテQ」という番組でお笑い芸人のみやぞんさんが、このアトラトルを使用する回を観たことがあります。興味のある方は、そちらもご覧ください)また、画期的な道具は、アトラトルだけではなく、サピエンスは石器など様々な道具を革新させていったのです。それに比べると。ネアンデルタール人の道具は、25万年もの間、ほとんど変化がありませんでした。この違いは、両者の遺跡を比べることで分かります。

まず、サピエンスが暮らしていたフランス西部のカスタネ岩陰遺跡を見てみます。かつて、崖の下には500平方メートルの広大な空間が広がり、石器や人骨の数から、多いときには150人ほどが一緒に暮らしていたことが分かるそうです。その一方で、ネアンデルタール人の住んでいたとされる、スペイン北部のエル・シドロン洞窟を見てみると、出土した骨などから推測し、13人で生活していたことが分かるそうです。彼らの集団は多くても20人ほどで、さらに全員が血縁関係にあり、家族単位の小さな集団で生活していたことが分かります。この集団の大きさの違いが、道具の革新の差に繋がったと考える研究者が、イギリスのオックスフォード大学にいらっしゃいます。そう、ロビン・ダンバー博士です。

例えば、アインシュタインが何かを発見したとき、集団が大きければ、多くの人がそれを使えます。でも、ネアンデルタール人は新たな発見をしても、多くの人に広めることができなかったのです。画期的な道具が生まれても、ネアンデルタール人の家族単位の暮らしでは広がりません。一方、サピエンスのように大きな集団では、多くの人に広がり、改良も進んでいくのです。アトラトルという画期的な武器を手にしたサピエンス、その背景には集団での情報共有があったとされているのです。

サピエンスは集団生活によって、やがてネアンデルタール人との運命を逆転していくことになります。モスクワの東200km、ウラジミールに残る3万5000年前のスンギール遺跡があります。この頃、サピエンスの集団は、さらに大きくなり、ここには400人にのぼる非常に大きな集団で生活をしていました。それは、血縁を超えた、もはや社会と呼べるものでした。なぜ、これほどに集団が大きくなったのでしょうか。その謎には、私が今勉強している「宗教」というものが大きく関わってきます。遺跡から、マンモスの牙でできた指輪やホッキョクギツネの歯で作られた頭飾りなどが発掘されるのですが、これらは全て死者のための埋葬品だったのです。つまり、この頃から「死後の世界」に思いを馳せ、原始的な宗教のようなものが生まれていたと推測されるのです。原子の宗教の痕跡は、このころのサピエンスの遺跡から相次いで見つかっています。フランスのショーヴェ洞窟では、洞窟壁画がたくさん描かれています。その中には、上半身は動物で下半身は人間のような絵や、ライオンマンと呼ばれる、顔がライオンで体は人間のように現実にはない不思議な生き物が多く描かれています。一説には、儀式を執り行うシャーマンの姿だと言われています。

この宗教こそが、人々を結びつけ、巨大な社会を生み出す原動力になったと言われています。先ほど出てきた、ダンバー博士も、宗教が人々の間に強い絆を生み出し、人類は宗教を使って非常に大きな社会を作っていったと言います。闇に包まれた洞窟の奥には、神秘的な世界が広がり、そこで人々は共に歌い踊り、儀式を行うことで繋がりを深めたと考えられています。このように同じものを信じることで生まれた強い連帯感で、強固な集団の力となり、それはその後のサピエンスを救うことになります。

ヨーロッパを襲ったハインリッヒイベントと呼ばれる気候変動が起こります。当時北アメリカを覆っていた巨大な氷の塊が海へと崩落し、その影響で海流が変わり、ヨーロッパの気温が急激に乱高下を繰り返したのです。極端な暑さと寒さが、ときには10年単位で入れ変わり、森は消え生き物も激減しました。サピエンスはこのおきな危機をどう乗り越えたのでしょう。その鍵となったのは、集団同士の交流でした。宗教は何千キロも離れた人々を結びつけ、数千人の社会が誕生します。例えば、食料が全く足りなくなったときも、宗教で結ばれた遠く離れた仲間同士が、互いに助け合って、この危機を乗り切ったのです。こうして、気候変動を生き延びたサピエンスは、ヨーロッパでの勢力を拡大する中、ネアンデルタール人の生息域は徐々に狭まっていきました。

小さな家族単位の集団だったネアンデルタール人は、仲間の助けを受けることなく孤立し、わずかに残った森で数少ない獲物に頼るしかありませんでした。また、その肉弾戦の狩りは常に死と隣り合わせで、狩りで命を落とす者も多く、ほとんどが30代までに亡くなったと推測されます。さらに、彼らは体が大きく大量のエネルギーを必要としていました。それは長い時間をかけて氷期に適応した体になっていたのです。しかし、それが結果的に仇となってしまいました。ホモ・サピエンスが大きな社会を築き始めていた頃、ネアンデルタール人はヨーロッパの南端、イギリス領ジブラルタルのゴーラム洞窟で最後のときを迎えたされています。彼らが、最後の日々に何を感じ、世界をどう見ていたかを知ることはできません。しかし、彼らにも私たちと同じように悲しみや怒りといった感情は持っていたはずです。おそらく最後の1人はとてつもない孤独を感じていたでしょう。絶滅の淵に追い込まれたネアンデルタール人が残した不思議なものが4年前見つかりました。ハッシュタグ(#)と呼ばれる、繰り返し石を削って刻まれたものです。なぜ、このようなものが描かれたのかわかりませんが、もしかしたら、一族が生きた証を残そうとしたのかもしれません。こうしてこの地球上には、私たちホモ・サピエンスだけが生き残ることになったのです。

これまで、ライバルという表現をしてきましたが、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが、直接戦ったり、殺し合いをしたことはなかったと言います。人類最初の戦争は、サピエンス同士で起こったとされています。生活が違ったからこそ、ネアンデルタールとサピエンスは戦うことはなかったそうです。宗教で集団の結びつきが強まった反面、争いも始まったのです。集団の力は、諸刃の剣だということが分かります。

そして、ここまでネアンデルタール人が絶滅した背景を見てきましたが、実はそのDNAが私たち現代人の中に受け継がれてきていることが最近分かったのです。ネアンデルタール人の骨からDNAを採取・復元し、世界各地の人々と比べたところ、アジアやヨーロッパの人々に約2%、ネアンデルタール人のDNAがあることが分かりました。最先端の技術すごいですね。一方で、アフリカのサハラ砂漠以南の人には、ほとんどありませんでした。この理由として、最初に書いたサピエンスとネアンデルタール人が出会ったのがエルサレムということが挙げられます。アフリカを出たサピエンスはエルサレムでネアンデルタール人と出会い、交配をしましたが、アフリカに残ったサピエンスは、ネアンデルタール人に出会うことなかったので、混血もなかったと考えられています。

ホモ・サピエンスに刻まれたネアンデルタール人の遺伝子は、私たちにポジティブな影響を与えてくれました。例えば、アフリカにはなかったウイルスに対する免疫遺伝子などです。私たち人類は、異なる人々と交わり様々な遺伝子を受け取って生きてきたのです。そしてその事実は私たちとネアンデルタール人がとても近しい存在だったことを意味しているのです。もし彼らが今も生き残っていたら、きっと共に生きることができただろうと言われています。

個人的には、人々を結びつけた宗教や集団の力をもっと勉強したいと思いましたが、それ以上に塾長が講演で話す内容に世間が追いついてきたように感じました。次回の人類誕生は、グレートジャーニーで日本にやってきます。それも楽しみですね。

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メニューはカツカレーとオニオンサラダでした。

以上、5月29日臥竜塾報告終わります。

西村 宗玲

近況報告と今後の課題

5月19日の臥竜塾の報告です。

今回はいつもより早く食事が終わり、特に出張報告もなかったので久しぶりに「最近自分が、クラスが園で取り組んでいること」について一人ずつ話していきました。

 

最初は3,4,5歳担任の天悠君からでした。

「3年目になって、今はまだ先輩の保育士さんたちがいろんなことを先に先にやっていってくれているので、とにかくそれにくらいついて自分も仕事を覚えられるようにしていきたいと思っています。」という事でした。

天悠君は現在3,4,5歳児クラスで、「1年目に担任をした子たちが4歳児になってどう感じるか?」という塾長からの問いかけに対して、「1年目の時のクラスでは、子どもたちの発達はゆっくりと聞いていたのですが、1年目なのでわからなかったですが、3,4,5歳の異年齢クラスに入って離れてみていると、その特徴がわかるようになりました。と答えていました。そして最近クラスで取り込んでいる事は、「同じクラスの加藤先生と環境をどんどん良くしていこうという話をしいています」とのことでした。「今は、一つのゾーンに集中してしまって遊べない子もいたりするので、どうにか各ゾーンを遊び込めるように、2階と3階の使い分けを明確にしたりとか、環境を変えて子どもたちにアプローチしていこうと考えています」という事でした。

塾長は現在「子どもの参画」について考えていることから、「権利だから参画させるのではなく、参加させることでどう変わっていくのか。という事をすすめて行きたいと提案されていました。

 

2番目は2歳児担任の松元君からでした。

「散歩の道中でまだ並んで歩くのが難しいので、先ずは手をつなぎながら歩けることをしっかりとやっていきたいです」「ゾーンで言うと落ち着ける場所をつくったりしたいです」とのことでした。

2歳児について話をしていたところ、今、世間では2歳児の「イヤイヤ期」という名称が話題なっているという話題になりました。「イヤイヤ期」という名前だと子どもが悪者になってしまうような言い方に聞こえてしまいそうですが、塾内で話を進めてみると、逆に親の目線になってみれば、「今はイヤイヤ期だから仕方ないか」という気持ちになり、ある意味で「2歳児の親はみんな一緒なんだ」「自分だけじゃないんだ」と親は安心するのではないか!?という答えになっていきました。

3番目は1歳児担任の横田君からでした。

「まだ担任になって間もないので先輩の保育士さんにいろいろ教えてもらっています」「クラスでは噛みつきが増えてきているのでそれを注意しながら見ています」また、「部屋から出てしまう子が夕方に多くなってきているのでそういったところも注意しながら見ています」ということでした。それに対して塾長から「探索活動の時期もあるからあまり静止しすぎるとストレスが溜まって逆に噛みつきが増えるこがあるよ」というアドバイスがありました。

 

4番目は一時保育の本多君からでした。

「今日たまたま1歳児の先生に一緒にお散歩へ行かないかと誘われて行くことが出来ました。一時保育の部屋は他のクラスと階も違うし離れているので、一緒に行くことで他のクラスの様子がわかるのでとてもあがたかったし、誘ってくれた1歳児の先生にもお礼を言われた。

5番目は調理の柿崎からです。

「個人的に今頑張っているのは今月に入ってから今までほとんどやっていなかった17~8人分の離乳食を作っていて、それを時間通りに終わらすことを頑張っています。そして最近作るのが徐々に楽しくなってきました」また「全体的に言えば、5月から入ってきた新人さんに早くいろいろと覚えてもらうこと」という事を報告させてもらいました。

6番目は研究員の森口君からです。

「アメリカの保育の質を評価する指標を使い、項目が200個くらいありますが環境評価スケールを行いました。うちの園ではどの位当てはまるかを、今日の午前中に山下先生とチェックしていきました。」あと「個人的な事で言えば、徐々に園にも慣れてくるとすぐに調子に乗ってしまう癖があるので気をつけたいと思います。」とのことでした。

最後に塾頭からでした。

「今年から森口君と一緒に用務の仕事をやっているが意外とモノを知らないという事に気づきました。それは、年長担任と子どもたちとナスとトマトの種を植えたかったんですが、自分は用があってできなかったので森口君が「任せて下さい!」と一言。いざ子どもたちと種を巻いていたら年長の担任に「なんか雑だなぁ」と言われてしまったらしく後々話を聞いたら、1つの穴に種を3ついれていた(小学生の理科の授業で、1個の種だと発芽しないかもしれないので、穴を近くに3個つくりそれぞれの穴に種を一つずつ捲くというやり方)そうで、「ちゃんと教えていなかった自分が悪いんだ…」と反省しました(笑)とのことでした。また、この前の遠足の看板を作るときに布を切る際に30㎝のものさしを使って測って導き出した長さが、なぜか20㎝ものさしと勘違いして測っていたといううっかりがありました。

という感じで、現状の取り組みや、課題などを話し合っていきました。

後は、塾頭から今後のGTセミナーで販売する冊子についての話や、今後の臥竜塾セミナーの話をしました。

残りの時間は、最近の西村君の大学生活についての近況報告がありました。

「編入で3年生から入ってみたけど、1年生からいる人間に比べて知識量が違うので危機感が出てきてます。逆に編入で良かったのが、授業については全部が専門科目なので、全部が横つながりで学びが深く感じれた。仏教学部に入って思うのは、保育と仏教だったり宗教というのは近いものを感じるがまだ言葉にはできないので、それを学んでいくところで楽しくなってきている。という近況を聞き今回の塾は終わりました。

ちなみに今回のメニューは、個人的に大好きな麻婆豆腐丼、塾長から頂いた新玉ねぎでオニオンサラダ、ワンタンスープでした。

(報告者 柿崎)

今回の夕食

今回の夕食

 

本当の自立

5月1日の塾の報告をさせていただきます。

まずは今晩のメニューの紹介から。新年度も始まり、はや一ヶ月が経ちました。新年度の疲れもたまってきているだろうということで、元気をつけようと思い、納豆、オクラ、山芋、まぐろなどを入れたねばねば丼、それになめこを入れた味噌汁にしました。また、園長先生から愛媛県宇和島産のかまぼこをいただきましたので、ねばねば丼に入れて食べさせていただきました。ありがとうございます。食後には田崎先生から長崎のお土産でカステラを食べました。カステラ大臣(塾頭)曰く、卵の使い方(黄身と白身の配分?)が普通のやつとは違っていて、しっとり、しっかりした味付けになっていてとてもおいしいとのことでした。田崎先生、おいしいカステラをありがとうございます。また、塾長から鹿児島のお土産で西郷どんのお菓子も食後にいただきました。ありがとうございます。

宇和島のかまぼこ 塾長のお土産です

ねばねば丼

ねばねば丼

なめこ入り味噌汁

なめこ入り味噌汁

食事前 塾風景

食事前 塾風景

田崎先生からの長崎土産 高級カステラ!

田崎先生からの長崎土産
高級カステラ!

鹿児島のお土産 西郷どんのお菓子

鹿児島のお土産
西郷どんのお菓子

さて今回の塾では、まず、食事を食べながら田崎先生がGWで実家に戻っていましたので、その時の話から始まりました。休日はどこにも出かけずに家族の時間を大切にしたそうです。弟たちと買い物に出かけたりもしたそうです。「これかってよ~」と弟たちからのおねだりにも、「こんなときしかできないからな」と思いながら買ってあげたそうです。さすがお兄ちゃんですね。

また実家の園にも行かれたそうです。そこでは、職員さんからの質問をたくさん受けたそうです。いくつか受けた質問を紹介します。

Qピーステーブルを置いているが、子どもがピーステーブルに行けばいいんでしょ。ってなる。どうしたらいいですか?

A泣いている子がいて、その周りに声をかけそうな子がいたら、その子に任せる。でも自分(保育者)からどうしたの聞くことは悪いことではない。関わりすぎないように気を付ければいい。

 

Q食べ残しが非常に多いのですが、どうしたらいいですか?

A子ども達の自分から食べる、食べたいという意識付けだけでだいぶ変わる。

 

Q保護者の意識が低い

A都会の人はトイレトレーニングなどがつがつ言ってくる人が多い気がします。田舎はゆっくりなのかもです。

 

など聞かれたそうです。応えられるところは答えて、そうでないところは、「どうしたらいいんだろうね」と一緒に考えていたそうです。

 

さて食事が終わると、今度は田崎先生の保育に対する心境の変化という話をパワーポイントを見ながら聞きました。

保育のモチベーションのグラフを作っており、最初はあまり高くなかったそうです。とりあえず資格だけは思い大学に入ったのですが、そこで、先輩から保育実習の話を聞くそうです。実習はただの地獄だと。そこで保育に対するモチベーションはものすごく下がっていったそうです。自分は保育関係の学校行っておらず、保育実習の大変さも苦しさも知りませんので、へえ、そうなんだぁと思いました。

 

ところが、そのモチベーションは実習をきっかけにグンと上がったのです。田崎先生の実習先は「新宿せいが保育園」でした。はじめは、どうせ地獄なら東京に出れるからいいか、くらいに思っていたそうです。実際に実習が始まると、聞いていた話とは真逆のことが多く、毎日が楽しくてしょうがないくらいだったそうです。実習では見られるというよりは、見せてくれているような感覚。集団とは決して同質を求めるのではなく、それを補いあうような。保育者同士は競い合う存在ではなく、互いに支えあうような存在であったそうです。それぞれに個性、特技があり、それを生かす保育を心掛けている。とても面白い話で、勉強になりました。

また主体性と自発性の違いについても話題になりました。

 

田崎先生の話が終わりと、次は自立の話に移っていきました。

5月の塾セミナーでは自立心をテーマに発表させていただく予定です。

一般的に自立と聞くとどうしてもなんでも一人でできるようなことを想像しがちです。実際、社会にでて働きだし、経済的に親元からはなれ、一人で生きていいく時に自立したと言います。しかし、塾長の考える自立の意味は違っていました。

例えば、無人島に行ったとしても、生き抜いていける力のことを自立というのではなく、社会の一員としてその役割をもって生きていくことを自立というそうです。これにはとても驚きました。実は新しく出た保育指針の人間関係のところに「他者と支えあって生きていくために自立心を育て」と記載されているそうです。指針にも社会(人と人の関わり)とのかかわりの中での自立と書いているんですね。

よく塾長が出張に行かれた際に質問をうけるそうですが、その中にこんな質問があるそうです。

 

Q子どもに何かを要求された時にすぐにその要求にこたえてもいいんですか?大人がやってしまったら、子どもは甘えて、大人に頼りっきりになったりしませんか?

 

自分はなんとなくよくわかるなと思いました。普段の保育でも、子どもにやらせてあげた方が、自分でできるようになるのかな、なんてよく考えます。自分がやってあげちゃっていいのかなと思います。しかし塾長の答えは違いました。

 

Aある研究結果で、子どもに抱っこを要求された時に、その要求にすぐに応えてあげた方が、抱っこをする総時間数は、要求に応えない群よりも減るそうです。実は、求められたらすぐに応えた方が、できるようになるのは早いそうです。

 

加えてこんな話もしてくださいました。

 

子どもが頼みに来た時に、大人が丁寧にやり方まで教える場合と、そうでない場合(大人がさっさとやっちゃう)では、丁寧に教える方が、技術の習得は早いかもしれないが、そうでない場合では、大人を真似して他の子にやってあげるようになるそうです。

自立(社会への貢献)を考えると後者の方がいいですね。すごく面白い考えだなと思いました。

よく挨拶しなさいと子どもに教えている様子を目にしますが、それよりかも何も言わずに大人が挨拶する方が、挨拶を返してくれる子どもは多い気がします。大人をモデルにしている例ですね。

4月5月は子どもも慣れていなく、大人がモデルを示すことが大切です。見守るためにも今はがっつり介入することが必要だ、という話で今回に塾は終了しました。

 

報告者 横田龍樹

人類誕生

大変、遅くなってしまいましたが、4月10日の臥竜塾の報告をさせていただきます!
(もう、1ヶ月も経ってしまっています!!すみません!)

この日はまず、ある番組を見ることから塾が始まりました。
その番組はNHKスペシャル「人類誕生」というものです。全3回から構成される壮大な番組(なんと言ってもCGがすごいです)で、僕たちが見たのは第1集「こうしてヒトが生まれた」という回です。
5月13日には第2集「そしてヒトが生き残った」
6月10日には第3集「ついにヒトは海を越えた」
が放送される予定ですので、興味のある方はチェックしてみてください。

Web

今、相次ぐ新発見により、人類の歴史が次々と塗り替えられているそうです。そんな新事実に基づいた内容になっています。
余談ではありますが、歴史というのは本当に分からないですね。今まで、そうだと思い込んでいたものが全く違っていたということがよくあります。だからこそ、おもしろいのかもしれませんね。

では、第1集「こうしてヒトが生まれた」の内容ですが…

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私事ですが、先日産まれた友人の子どもの名前が「一生」になりました笑

まず、なぜヒトは二足歩行をはじめたのかということからはじまります。
現在分かっているだけで、20種類もの人類が同時期に共存していたそうです。その中でも、アルディピテクス・ラミダス(なんだか、あれですね。横浜ベイスターズの監督みたいな名前ですね。個人的には去年のクライマックスシリーズで我が広島東洋カープは…あ、関係ない話になってしまいました)という類人が二本足で立っていたそうです。
それは、骨盤の形からも分かっているそうです。
しかも、従来の研究では二足歩行は草原ではじまったと考えられていたのですが、ラミダスは木の上で生活していたそうです。

そもそも二足歩行では歩く速度が遅くなってしまうので、肉食獣から逃げるのは不利だったそうです。
では、なぜ、そんな状況でもラミダスは生き残ることができたのでしょうか。
それはなんと環境変化によるものだったそうです。
地下のマントルの上昇に伴い、アフリカ大陸が持ち上がり、山脈が生まれます。その山脈が大きな壁になり、山脈の東側は遮られ、乾燥が進みます。そうなることで、木々がまばらなってなってしまいました。木々が少なくなったことで、果物などの食物が手に入りにくくなります。

しかし、そんな状況になったことで、たまたま、木の上で二足歩行をしていたラミダスが有利になったのです。
それは遠くからエサを運ぶことができるからなのです。そして、木登りが得意な猿から逆転し、ラミダスが生き残っていったそうです。

たまたまというのがおもしろいですね。
番組の中で、人類学の先生が
「進化は偶然に起きることがある」ということを言われていたのが印象的でした。
「こうなってやろう」という意志ではなく、偶然に進化したというのはおもしろいですね。

また、他にもラミダスの特徴として、犬歯が小さかったということがあげられるそうです。
チンパンジーの場合はメスを巡って争うために犬歯が発達しているそうなのですが、ラミダスはそうではありません。
それは、ラミダスは一夫一妻制で、協力して生活するため、メスを巡る争いがなかったからと考えられるそうです。
メスを巡って争うことにエネルギーを費やすのではなく、メスの子育てを協力することにエネルギーを費やすことができ、生存競争に勝ち残ったというのです。
一夫一妻制の方が有利だったのですね。ついつい生存競争に有利なのは、一夫多妻の方なのかなというイメージを抱いてしまいますが、そうではないのですね。

そして、そんなラミダスからやがて、様々な人類が生まれていきます。
しかし、その中で、生き残ったのはアウストラロピテクス・アファレンシスという人類だけになります。
では、なぜ、アファレンシスは生き残ったのか。
それは乾燥が広がり、アフリカはさらに草原になっていきます。そんな大地で、ひ弱なアファレンシスが生き残れたのは、10人ほどの集団で行動していたからだそうです。数だけが肉食獣に対抗する術だったのですね。そして、仲間を持つヒトに進化したのです。

そして、さらに人類はそこから
ホモ属とパラントロポス属に分かれていきます。
パラントロポスは噛む力が強く、頑丈型猿人と呼ばれます。反対にホモ属であるホモハビリスはとてもひ弱な存在でした。しかし、そんなひ弱なホモハビリスが生き残ることになります。

ここにもたまたまという偶然があったのです。
それは、石器の発明でした。
顎の弱いホモハビリスはなんとかあがくことで、石器という道具を発明し、生き残ったのです。
弱い方がピンチをチャンスにすることができるのですね。
まさに、必要は発明の母!かつて、長嶋監督は「失敗は成功のマザー」という名言を残しましたね。

その後、ホモエレクトスという人類が生まれます。このホモエレクトスは「足が長くなり、体毛がうすい」ということが特徴でした。そして、狩りをしていたそうです。
ホモエレクトスは狩りをしていた。
体毛がうすいことで、汗をかき、体温の上昇を防義ながら、走ることができたので、長く走ることができたので、狩りに適していたのですね。そして、肉を食べることで、脳が大きくなり、知恵をもち、心を持つヒトになっていったそうです。

そして、
紆余曲折あり、さらにホモ・サピエンスという人類が生まれます。しかし、そんなホモ・サピエンスにピンチが訪れます。
それが氷河期の到来です。
アジアにいた人類には氷期の影響はあまりなく、ヨーロッパにいた人類はいち早く寒さに対応していたため問題なかったのですが、アフリカにいたホモ・サピエンスはもろにその影響を受けてしまいました。
アフリカの草原は砂漠になり、住処を追われ、ホモ・サピエンスはある岬に逃げ込みます。
そんな岬でなんとホモ・サピエンスは今まで口にすることがなかった貝を食べることで、生き残っていったそうです。

「見慣れない食べ物をたべるための好奇心が人類を生き延びさせた」のですね。

というよう流れで番組は進んでいきました。
私たち、人類が生き残ってきたというのは本当に不思議なことですね。
偶然があったり、逆転があったり、ピンチをチャンスにして生き残ってきたと思うと、生きるということを考えさせられるような気がしてきます。

そして、この番組の内容はまさに塾長が話をされることでもあり、塾長はそこから乳幼児教育の本質を見ようとされています。塾長のこの、あらゆる知識を関連させる力は本当にすごいです。物事をこのようにいろいろな方向から見ることを私も忘れたくないなと思います。

そして、この日は少し早いですが、4月15日が塾長の誕生ということで、みんなでお祝いをしました。
メニューもお祝いということで、いいお肉を使って、牛丼を作りました!!
塾生から竜のネクタイピンを塾長にプレゼントしたのですが、わたくし、写真を撮り忘れてしまいました!!

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数え歳で塾長は今年古希を迎えられました。そのような年齢を感じさせないパワフルさがあります!
「人類誕生」の番組と重なりますが、生きるということを改めて感じた塾になりました。

報告者 森口達也

「なぜか上海」♪

遅くなり、申し訳ありません。
4月24日の塾報告をさせていただきます。

まず始めに、メニューの紹介です。
先日、塾長と森口先生が愛媛県 宇和島に出張に行かれ、そこでお土産を買ってきてくださいました。

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今日のメニューは、じゃこ天ほたるじゃこ、手押してんぷら、ケンタッキー、ホタルイカ、ご飯、味噌汁です。

ホタルイカは山下先生のお父さんから頂きました。

ご飯を食べながらの話題は、上海出張の話です。

井上陽水の「なぜか上海」をBGMに…。

「上海での電車の取り合いがすごかった」そうで、降りようとしている人がいても、
関係なしに乗り込んでくるのが当たり前だったそうです。
日本ではなかなか見ない場面ですね…。

そして、上海でのご飯の話ですが、
上海蟹の食べ方が分からず、現地の人に聞いても「さぁー」という答えに、ビックリしたという話を聞き、

文化の違いといいますか、日本と中国でこんなにも変わってくるんだという印象を受けました。

海外の出張で必ず話題になるのが、飛行機のはなしです。
行きの飛行機で「家族はつらいよ」帰りは、「スターウォーズ」の映画を見たそうです。
そして、機内食も美味しかったそうです。
そして、機内での言語は中国語しかなく、機内食で何がいいか聞かれていたけど
「チキンヌードル」しか聞き取れず、チキンヌードルを選ぶしかなかったようです笑

なかなか、海外へ行くことがないので毎度、海外出張の報告を聞くたびに、自分も行ってみたいと思ってしまいます。

そして、話題は研修の話ですが、その時に上海の方が見せてくれた動画を見ました。

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お当番が食器を洗ったり、拭いたりする様子でしたが、一言を喋らず淡々と食器を洗って拭く動画でした。

その拭き方にも決まりがあるようで、一枚一枚丁寧に洗って拭く姿に、驚きました。
見ていて感じたことは、私語は禁止なのかなと思ったことと、どういったねらいからの取り組みなのだろうと感じました。

塾長の話を聞くと、その園はモンテッソーリの園ということでした。

◆モンテッソーリ教育誕生の経緯
モンテッソーリ教育は、イタリア最初の女性医学博士のひとり、マリア・モンテッソーリによって開発された教育法です。同氏はもともと障がい児教育に携わっていましたが、やがて「同教育法は障がいのある子どもの教育だけに限定されない」という考え方から、同氏監督・指導の保育施設で一般的に適用されたのが始まりです。

◆モンテッソーリ教育の考え方と目的
モンテッソーリ教育の基本的な考え方は「子どもは生まれながらにして、自分自身を成長させ、発達させる力をもっている。したがって保護者や教師といった大人は、子どもの成長要求をくみ取らなければならない。子どもの自由を保証し、自発的な活動を助ける役割を果たすべきだ」というものです。
この考え方にもとづいて、責任感と思いやりをもった自立的な人間、一生を通じて学び続ける姿勢をもった人間を育てることが、モンテッソーリ教育の目的です。

◆モンテッソーリ教育における「整えられた環境」
モンテッソーリ教育を実践する幼児教育施設は「子どもの家」と呼ばれます。「子どもの家」では、以下の4つの要素を満たす「整えられた環境」が準備されていることがポイントです。

1.お子さまが自由に教具を選べること。
2.「やってみたい」とお子さまが思えるおもしろそうな教具があること。
3.社会性や協調性が促される、年齢縦断型のクラス編成をすること。
4.お子さま一人ひとりの発達段階に応じた環境を整備し、お子さまの自己形成を助ける教師。

◆日常生活の練習
モンテッソーリ教育の基礎である課目です。大人が行う日常生活のさまざまな動作をまねします。たとえば、ひも通しによる縫う練習、まゆばさみによる箸を使う練習、金属磨きによる磨く練習などです。
日常生活の練習によって、お子さまは秩序立った体の動かし方を身につけるとともに、自立心や独立心を育みます。

◆感覚教育
感覚を洗練させ、ものの考え方を身につけさせる教育法です。感覚教具は、「対にする」「段階づける」「仲間分けする」という3つの操作法が組み込まれています。代表的な教具は、円柱さし、音感ベル、ピンクタワーなどです。

◆言語教育
言語発達を促す教育法です。絵と文字が書かれた絵カードや、文字を並べ替えて言葉や文章を作る文字カードを使います。語彙や文法、文章構成を学びます。

◆算数教育
数の概念の基礎、十進法、簡単な計算を学びます。代表的な教具は算数棒やビーズなどです。抽象的、論理的な力が身につきます。

◆文化教育
身近なものに触れながら、歴史や地理、生物、音楽について学びます。代表的な教具は世界地図パズルや時計などです。

モンテッソーリについて、あまり知らないので調べてみました。
塾長の話の中にも、もともとモンテッソーリは障害児保育に携わっていたこともあり、裕福な家庭には、障害児が少ないと言われていた。それは、裕福な家庭の方が家の手伝いをしていたから、それが、機能回復に繋がっていたと考えられて作られたということでした。

上海の園で子どもたちが取り組んでいたことも、そういった背景があり、皿洗いを通して、日常生活の練習から責任感と思いやりをもった自立的な人間をねらいに取り組んでいたのかなと思います。

そんな会話の中、山下先生が到着しました。
「ケーキ買って来たよー」と言いながら入ってきたのですが・・・
実は、森口先生の誕生日で、普段なら本人に気づかれないようにサプライズするのですが、
あえて、普通に持ってくるという(笑)そして、すぐに森口先生が「かくせかくせ!」とツッコミ盛り上がりました。

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みんなでケーキを囲み、森口先生の30歳の誕生日を祝いながらの会話は
「30の誕生日を東京で迎えると思っていたか?」という話題へ。

私もそうですが、実家にいた頃に目覚ましテレビで新宿やお台場など東京の映像を見ていた時の感覚と今とでは、すぐそこだったりするので、何度見ても不思議な気持ちになります。
かといって、東京生まれ東京育ちの塾生からするとその感覚がわからないという話があったりしました。
そんな話から、それぞれの地方の話やCMの話で盛り上がりました笑

そんな楽しい雰囲気の中の塾でしたが、
今日一に笑った場面が、
上海のお土産で、ライチ味のポッキーを頂きました。

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みんなが食べる前に塾長が食べて・・・「まずっ!」

塾生に一本ずつ配ってくれたのですが・・・「まずっ!」

その場面が今日一で笑いがおこった瞬間でした!笑
何人かは、意外と好きだったようで、ライチが好きな人にはおいしいかもしれません!
最後に、今年度の臥竜塾生の似顔絵が完成しました!!

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これで今回の報告を終わりたいと思います。

報告者 田崎 天悠

学び舎の日々 ありがとう

桜の花舞う臥竜塾。先ずは食事の準備から。

その手にキラリと光る包丁。

その手に一際輝く包丁。

『臥竜塾』

『臥竜塾』

今月より外部塾生となられた小松崎先生、若林先生からプレゼントしていただいた臥竜塾包丁。西村先生はその切れ味を堪能。小気味良い音を奏でます。

田崎先生は大量のうどんをボールへ。

田崎先生は大量のうどんをボールへ。

思わずにっこりの森口先生。

思わずにっこりの森口先生。

少し量が少なく感じられるのは、普段よりも塾生の人数が少ないからでしょうね。座る席にもゆとりがあり、寂しかったので、

小松崎先生のいた席に人の形の磁石を置きました。

小松崎先生のいた席に人の形の磁石を置きました。

そして完成。

そして完成。

春野菜のキャベツ、玉ねぎを使った焼うどんと即席スープです。

春野菜のキャベツ、玉ねぎを使った焼うどんです。

 ブログ『臥竜塾』2006年2月21日『焼うどん』の中で書かれている小倉発祥焼うどんのこだわりは相当のものですが、ここは流石調理師柿崎先生の腕の冴え渡るところで、この度の焼うどんもソース味、しょうゆ味と2種類をつくり、皆の舌をうならせてくれました。とても美味しかったです。

さて食べながら話題は4月より学生になった西村先生に。実家のお寺を継ぐ為、仏教学部へ編入されました。ということで、最初の報告は西村先生の学生再デビュー報告から。

先日行われたオリエンテーションでは、全学部合わせて100人規模、その殆どが年下ながら、所属する仏教学部の平均年齢は高く、最高齢は68歳。そんな中行われた懇親会では、「異性から言われて嬉しい言葉」などのトークテーマでディスカッションが展開され、「『も』から始まる嬉しい言葉」の際に「もう少し一緒にいたい」と絶妙な解答で周囲をざわつかせたのでした。

更にその日は、園へ戻ってアルバイト業務を完遂。初めての遅遅番(〜20:30)では、展示食の片付け方、生ゴミの出し方など、今までになかった経験をしたとのこと。これからこのような形で園に携わってくれる、何とも頼もしいことです。

食事も済み、片付けをしてデザートタイムへ。

食事も済み、片付けをしてデザートタイムへ。

「ニュージーランドアイスクリーム」の「ホーキーポーキー」

「ニュージーランドアイスクリーム」の「ホーキーポーキー」

バニラの中にふんだんに入ったキャラメル粒が魅力のアイス。ニュージーランドでは定番のアイスとのことで、コーヒーと合わせたり、またコーヒーフロートにしてみたりと堪能させていただきました。とても美味しかったです。

さて話題は「臥竜塾年間講座」へ。今年度より施行の保育所保育指針より「幼児期の終わりまでに育って欲しい10の姿」をテーマに取り組みます。2時間の内の前半は「健康な心と体」「自立心」「共同性」、などを1つずつ、座学として解説させていただき、後半はその「10の姿」に沿った写真を元にディスカッションを行うというスタイルです。

全11回の初日となる4/26(木)は今回の講座の流れの説明を兼ね、『子どもの権利条約』第12条を元に塾生が日々の保育の中からそのテーマに沿った写真を収集。どの写真がよりテーマに沿ったものであるか、また、それぞれの写真から見える様々な見方、感じ方などを共有しながら、最後に参加者の皆様に投票していただきます。

今年度も多くの方々と楽しい学びの時間を共有できることをとても幸せに思います。離れていても、同じ保育の下で、志の下で学び合う仲間の存在に胸を寄せたこの度の塾でした。

(報告者 加藤恭平)

最後に、

「今まで食べた分です」とのことで、若林先生より送っていただいたお米を塾生皆で等分させていただきました。

「今まで食べた分です」とのことで、若林先生より送っていただいたお米を塾生皆で等分させていただきました。

森口先生のリュックの重そうなこと。

 測ってみると10㎏。

測ってみると10㎏。

数値化すると見えてくるものもあるようですね。

2017年度最後

2017年度最後の臥竜塾の報告です。

今回で最後の先生が2人。小松崎先生と若林先生です。以前田崎先生から松本へのお別れ遠足の報告もあったと思いますが、2人とも、ご実家の園に戻る予定です。

今回は、豪華に手巻き寿司を食べました!!

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松本旅行でしっかり送別会のようなつもりだったので、今回の塾は、いつも通りの塾で、湿っぽくなりませんでした。正直思い出せないくらい、面白おかしくみんなで思い出を語り合った回となりました。また、松本旅行中、私はずっと動画を撮っていたので、それを編集し、40分ほどの大作?ムービーを作りました。それを真剣に観てしまうと、飽きてしまうので、食事をしながら、みんなで観ました。

塾生から、2人へのプレゼント贈呈。将来、園に戻って使う機会が増えるであろう、名刺入れのプレゼントです。色違いのモノを贈りました。

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そして、2人から塾へのプレゼントが!

なんと「臥竜塾」と彫られた包丁です。

大切に使っていきましょう!!

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楽しく、思い出話をしていたら、内容をメモする暇もなく、楽しいばかりで覚えてもいないので、2人へのメッセージをここに記します。

また、他の塾生からのメッセージはコメントに頂けたらと考えています。

塾には、2人と同じ立場で、将来は実家の園の園長になる人がたくさんいます。また同じような立場の先輩として、大阪、石川にも大活躍している先生もいらっしゃいます。臥竜塾で学んだ仲間は何があっても、助けてくれる仲間だと思います。現場の問題、管理職としての

問題、様々な困難なことがあっても、助けを求めれば、必ず力になります!そして、偉大な塾長もいらっしゃいます!鬼に金棒ですね(笑)なので、せいが、臥龍塾で学んだことを2人なりの表現の仕方で、思う存分発揮してほしいです!それを参考に、私自身も将来、自分の園で実践していきたいと思います。

お2人の活躍を心よりお祈りしています!!!!

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西村 宗玲

(追記)

実は、私も新宿せいがを退職する1人です。将来のために都内の大学で仏教を学びます。

そしてアルバイトとして再雇用して頂きました。本当に有難いです。

引き続き、よろしくお願いします。

意味場

3月19日(火)の生臥竜塾。

まずはメニュー紹介。

きのことそぼろ丼 キャベツとハムのレモンマリネ かぶの味噌汁

きのことそぼろ丼
キャベツとハムのレモンマリネ
かぶの味噌汁

旬なものを味わうということで、カブ・キャベツ・しいたけをチョイス。

〈旬なものを取り入れるメリット〉

  • 食品の生命力が強い
  • 栄養価が高い
  • 価格が安い
  • 免疫力・抵抗力を高め、丈夫な体づくりをサポート

などがあげられるでしょうか。八百屋やスーパーの目玉商品となっている旬なものから、四季の恩恵を感じることもできました。

【塾内容】

1、「教授者自作映像記録の教材としての可能性」動画の鑑賞

2、来年度臥竜塾セミナーの内容について

まずは、園の保護者(園児の祖父)から頂いた自作映像記録を皆で鑑賞しました。それは、祖父となった自分が、孫が生まれた時から記録をし始め、それが学び舎の教材としてどのような可能性を秘めているのかということを研究した記録でありました。新生児微笑等を映像としておさめていきながら、1歳10か月の孫がある時流した一粒の涙の意味を追い求めていく、一人の子の祖父でありながら一研究者としての視点で追っていったプライベートドキュメンタリーでした。

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一部抜粋

『「あの犬」と、「現前する犬」を「命あるもの」として同一とする小さな悟りは、たちまち目の前の元気な子犬を痛ましく思う心情を生みます。するとすぐ、自分自身にも未知の感情「悲しみ」が沸きおこり、幼い胸中を駆け上ったのでした。』

撮影者(園児の祖父)は、放送教育運動という教育運動のもと、学生たちにこのような映像を見せ終わった後、だいたい「○○くん、〇〇くんなら今のビデオになんていう題つける?」と聞くそうです。それは、そのような映像教材が主観的なものから、客観へと移す作業でもあり、教授自身が

「こうだ、ああだ」と引き連れていかず、学生自身に学習活動をさせる、そのための教材として映像を使うということが望ましいと考えているとのことでした。

また、映像となる教材を見終えた後の「間」を大切にしているそうです。それは「意味場」という、自らで意味を見出していく過程を味わってほしいという意図があるようです。

動画を撮り、他に発信する上で重要になる視点を教えていただきました。

次に、来年度の臥竜塾セミナーの内容について話し合い、指針に書かれている10の姿「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」に沿った実際の子どもの写真を、各園の参加者が持ち寄り、“ベストオブ姿”を決め、それを巨大ポスターにして提供しようという話が進んでいます。参加者で投票・議論していく過程を楽しみ、保育が深まっていく様子が「ポスター」という具体物を通して感じられるセミナーになっていくでしょうね。

乞うご期待!

(報告者 小松崎高司)

「そもそも」って面白い

3月13日(火)今日の生臥竜塾報告

今回は塾の前に職員会議があったため、いつもより遅めのスタートとなりました。ですので、メニューは簡単に塾長が買ってきてくださったお惣菜とご飯とお味噌汁です。

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今回は簡易メニュー

 

スタートは塾長がパソコンを購入したらノベルティとして、Google Homeミニが付いてきたそうで、その機能性で盛り上がりました。

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これは普通のGoogle Home

 

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こっちがミニ

まず登録者(塾長)の声を認識し、年齢や星座、住所を伝えると、覚えていくそうです。ですので、天気を聞けば教えてくれますし、星座占いも教えてくれます。また、歌手名や曲名を伝えれば登録されている曲が流れます。驚いたのがその音の良さです。もうコンポなどのCDプレーヤーが必要ない時代なのかもしれませんね。さらに、Bluetoothでテレビや照明につなげるとON・OFFを伝えるだけでやってくれるそうです。このような機能性は人工知能の触りなのでしょうが、改めて人工知能の可能性の高さと同時に末恐ろしささえ感じました。ちなみにTSUTAYAで「Google Home」のレンタルができるそうなので、興味が出た方はぜひ(笑)

次に森口先生から塾長への質問です。

そもそも「見守るって何?」「ゾーンって何?」という原点に立ち返り、それにどう答えたらいいかというものです。

まず、ゾーンとコーナーの違いです。

そもそもゾーンは塾長が考えた造語だそうです。

コーナーは「区切られた場所」という意味合いもあり、コーナーと呼ぶよりかは「保育室は遊びのミュージアム」と思っていたので、もっとダイナミックなイメージがあったそうです。そこで、最初は「エリア」などを考えたそうですが、建築用語にある「ゾーニング設計」から「ゾーン」という言葉を思い付いたそうです。

また、これは後付けになるそうですが、スポーツなどでよく用いられる、集中したりワクワクすることを通して無我夢中になることを「ゾーン体験」と呼ぶことがわかり、より「ゾーン」と呼ぶことに意味が出てきたそうです。よって、お支度など、日常的にこなすような場所を「コーナー」、子どもたちが自ら遊びを選び熱中して遊ぶ場所が「ゾーン」となるそうです。 

次に「見守るって何?」に対してです。

これはとてもタイムリーで、3月12日「シンガポール報告14」により詳しく書いてありますので、こちらをご覧ください↓

http://www.caguya.co.jp/blog_hoiku/ 

次にシンガポール講演で2回見せて欲しいとリクエストがあった動画を塾生でも見ました。

シンガポールでは、その動画に映る子どもの姿が「見守る保育10ヶ条」のどれに当てはまるかを考えたりしたそうです。

動画の内容としては、5月の動画では食事後にエプロンとタオルを1人で袋に入れられない子が先生に頼みに行っていたのに徐々に月日が経つにつれて、その時期にまだできない子が先生にではなく、お友達に頼んでやってもらう姿がありました。そして、手伝ってもらった子が自分も他の子のお手伝いをしている姿もありました。

これは、やってもらう、手伝ってもらうレベルに応じてお友達に頼めることなのか、先生に頼まないとできないことなのかを区別しているように感じました。

そこで塾長が「自立とは自分ができることの理解とできないことの理解の区別である」とおっしゃってくださいました。

最後に西村先生から塾長への質問がありました。

「見学者の方々などに0、1から子ども同士の関わり、異年齢の必要性を伝えているが、2歳児クラスだけ別個になっていることの意味をどう伝えるか?」

それは、2歳児クラスは同僚性ピアソーシャルスキルが最も発達するからだそうです。その裏付けとして塾長がよく講演の際に使う写真を見せてくれました。

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紫色がピアソーシャルスキル

 

ピアソーシャルスキルのスペルは「peer social skills」で、peerは「仲間」という意味で、social skillsが「社会技能(社会で共に生活していくための能力)」ですので、直訳は「社会技能を仲間と共に育む」という意味になるようです。

このように、そもそもに立ち返ることで、より理解が深まり、「そのためには…」を追求していけるなと感じました。

(報告者 若林)

マーライオン

藤森先生「シンガポールの本当の名称知ってる?」
塾生「シンガポーラー!」
シンガー =ライオン
ポーラー =島
ということでマーライオンが存在している国、シンガポール出張を終えた藤森先生、西村氏本当にお疲れ様でした。
今回の臥竜塾はシンガポール報告が中心でしたので報告させていただきます。
しかし、藤森先生の臥竜塾ブログで「シンガポール報告」がされています。
詳しくはそちらをご覧ください。
重複してはいけないので個人的にシンガポールの動きとしてすごいと思ったところをのせていきたいと思います。
サクッとご飯から…
柿崎氏とシンガポールの様子から塾長と西村氏はあまりパスタを食べていないかもしれないからパスタにしよう!と決まりました。
しかし、サラッと「たくさん食べたけどね。」とおっしゃられました。
すいません!!!
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ブロッコリーとキノコのペペロンチーノ

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菜の花のお吸い物

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加藤氏が随分と飲みたそうにしているのがシンガポールのビールです。

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シンガポールのお土産の乾いたお肉でいたが味がしっかりをついていて美味しかったです。 甘辛い醤油味でした。

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説明がもはや不要だと思いますがシンガポールで有名な紅茶だそうです。

では…

1.以前シンガポールの方々が教育を変えるために動き始め、世界各国で様々な教育方針がある中で見守る保育に目をつけ、去年5月に新宿せいが子ども園を見学に来られました。その中心にいる方が非常に有能な方であることから正確に見守る保育をシンガポールに伝え、一人一冊藤森先生の本をテキストにし学んでいるというところ。

 

2.去年来たばかりなのに今回保育室をみるとドイツの保育室のような雰囲気があり、環境が整っていたこと。

 

3.環境を設置するだけでなく見守る保育の本質を捉え、環境を設置することで子どもたちのどんな部分が育つかをしっかり理解しているというとろ。

 

4.去年の4月に視察にきてから今年の2月までに様々な園の完成度が高いところ。浸透率の高さがすごいとろ。

 

5.見守る保育の進め方が上手なところ。ここに関しては少し説明をしたいと思います。見守る保育をするにあたってまず保育を変えることを保護者に伝えると思います。これからこんな保育をしますよ!と大々的にいうのではなく、それぞれの園が自信を持って出来る環境から変えていくことをしていること。そして一つ変えてみたところで子どもたちがどんな姿に変わったかというのを保護者に伝えるそうです。「こんな環境を用意したことでこんなに子どもたちが変わりましたよ。」ということを保護者に伝え、さらにほかの場所も…という流れだそうです。無理なくできるところも魅力的ですし、大きく変えますと保護者に伝えず子どもの姿から理解してもらうというのが保護者に一番理解してもらえる方法なのかもしれないですね。

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ただ単にピーステーブル儲けるだけではなく、その意図を理解した上で自分を落ち着かせるためだったり、少し気を紛らわすような道具が置かれ、自分たちで解決できるような環境が用意されていました。

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実際に喧嘩をしている?ところです。

 6. 暑いので1日に何回かシャワーを浴びるところ。(個人的な意見です)
その他にもたくさんの報告がありました。どれも面白く夢中になって塾生共々聞いておりました。
番外編を載せようと思いまたがキリがなくなりそうなのでここまでとさせていただきます。
報告者 本多悠里